そうしてナリーンは自由になった

瑞多美音

前編

 ある日、突然空からまばゆい光が降り注ぎ……それに包まれた小さな農村の大家族の一員として暮らしていた少女ナリーンは悟った。


 「え、愛し子?」


 まさしく愛し子が選ばれた瞬間であった。

 周囲も巻き込む騒動となりつつも数十年ぶりに平民出身の愛し子と認められ、神殿で暮らし聖者と呼ばれることになる。


 しかし、双子神たちは競いあうかのように次から次に愛し子を選ぶ。そう、年に何度かは……愛し子は珍しいけれど唯一無二ではなかった。


 そして聖者は短ければ数年、長くても10年ほどで力は衰えていく。


 なぜ愛し子と呼ばないのかといえば、聖者は要は役職みたいなもので神殿長とかそういうのと同じ。だから愛し子であり聖者なのだ。


 かつて聖者は王族と縁をつないでいたが人数が増えると圧倒的に王族が足りない。

 次第に聖者のなかでも血筋が釣り合うものや圧倒的美貌でその他をカバーできるものが選ばれるようになったのは当然の流れと言えるだろう。

 そして、王族と縁を持たずとも高位貴族へ嫁いだり聖者同士で結婚するものも増えていった。

 結婚後もそのまま活動するかどうかは半々といったところか……特に高貴な家の出身者は力が衰えるまでに婚姻相手を見つけ婚姻と同時に引退する傾向がある。不思議と未婚の者しか愛し子に選ばれることはなく、比較的年齢層は若い。

 なかには引退後に地元に戻って結婚したり、僅かだが他国へ行ったひともいる。慰労金をもらって悠々自適に暮らすことも可能だ。



 しかし、ここで誰もが予想だにしないイレギュラーが起きた。

 当然、今後も王族と釣り合う身分や目を見張るような美貌だとかを持ち合わせた聖者が誕生すると思っていたのにナリーンが聖者となったその後数年間、選ばれた愛し子は男か親子ほど年の離れた者、もしくは平民出身者ばかり。

 さらに年の若い聖者たちはすでに婚約、婚姻済み……第5王子の相手が決まってすぐに縁組みが相次いだ為だ。要は第5王子の相手に選ばれるかもしれないと待っていた者達なのだ。

 

 ただでさえ第6王子より歳上なのに、後に誕生する若い子に鞍替えされる可能性もあると天秤にかけ、少しでも自分が若く力の使えるうちに良い条件を選びたいと考え現時点で最良とされる家とさっさと縁組みをしたというのも仕方あるまい。


 そうして気付けば第6王子と年齢が釣り合うのは平民出身のナリーン以外いなくなっていた……完全な誤算である。


 揉めに揉めて本来より時間はかかったが、慣例に従い一旦はナリーンと第6王子を婚約させることが決定した。もちろん裏ではふさわしい血筋の新たな聖者が現れたら解消する前提でのことだったが当人たちに伝えられることはなかった。


 しかし、元々甘やかされて育った王子は他の兄弟のように素晴らしい相手を迎えられると信じていたのに裏切られたという気持ちが大いにあった。当然、末っ子王子は平民出身で地味な聖者を気に入ることはなかったという……


 

 そうして月日は流れ結婚宣言がされた。



 □ □ □



 ナリーンは聖者となった7歳から10年間、毎日休みなく働いていた。


 双子神が過去に選んだことのない地味な聖者は仕事を押し付けたり蔑ろにしても構わないと考えるものが多数だった為、仕事を覚えた途端に走り回ることとなった……

 毎日、神殿へやってくる怪我人、病人を癒し続けた。


 王族や貴族は平民出身者より貴族出身者を望みそれなりの血筋や家柄のものが担当した。

 その上、平民を癒すことを嫌がるものが多く平民には平民を。とかつては平民を担当していた下級貴族出身者まで投げ出した。

 神殿内にもそれを是とする者が多かったため暗黙のルールが出来上がってしまい、数少ない平民出身者たちはかなりの無理をすることになったのだ。

 いつからか貴族出身者は『高貴な聖者』平民出身者は『平民出身』または『平民聖者』と呼ばれるようになっていた。


 


 平民出身者は扱いやすいのか騎士団の訓練や演習に連れていかれることもある。他の高貴な聖者にはさせられないって……あと、あの美しい顔に傷がついたらどうするんだ!って一部の平民出身者も除外されている……私の顔には傷付いてもいいのか!って思うけど、客観的には納得してしまう自分がむなしい。


 正直、汚いし危険だしきついことだらけだが食事は朝昼晩しっかり食べさせてくれるからプラマイゼロだと信じてる。

 怪我しても自分で治せるし傷は残らないからプラマイゼロ……あれ?この理論だと美人さんでも問題な……あ、なんかこれ以上考えてもよくないことしか浮かばないからやめとこ。


 ただ最近は元々騎士を目指していたという聖者さんが志願してくれたのでだいぶ頻度は減っていて助かっている。



 内心で文句を垂らしつつ、ナリーンは今日も人々を癒す……

 仕事場は礼拝堂とは別の建物の自然光が多く入る神殿の大部屋が割り当てられ、基本的に癒しを求める平民しかこない。

 貴族用は専用の入り口があり、豪華な小部屋がいくつもあるが平民出身者が行くことはほぼない。

 でも、みんな切羽詰まってない限りは大人しく並び順番を待ってくれるのでやりやすい……貴族は爵位で横入りとか優先されるのが当たり前なので。


 「はい、どうされました」

 「え、聖者様?」

 「そーですよ?あ、食あたりみたいですね」

 「は、はい」

 「ではいきまーす」


 病人の体がぼんやりと光る。


 「はい、これで終了です」

 「あ、ありがとう!」

 「はーい、次のかたー」

 「……聖者さま?」

 「そーですよー!あー、切り傷ですね」

 「お、お願いします」

 

 というか『え、聖者様?』ってほとんどの人が言う……ちゃんと制服着てるのになぁ。名札でもつけるべきだろうか。


 確かに聖者といえばいつも笑顔で癒し内面も外見も美しいというイメージを持っているからなぁ。

 いつもヘロヘロで猫っ毛の茶髪がチャームポイント以外目立った特徴もないぽやんとしたのが聖者だと信じられない人も多いだろう。残念ながら背はあまり伸びなかったし体型もスットーンとしている。ベテランなのにいつまでも侮られるのはこの体型のせいか……

 せめてもの聖者らしさを笑顔で補うのだ……ツーンとしてて絵になるのは美人さんだけ。私がしたら感じ悪いって思われちゃうからね。それなら笑っといた方がいい。処世術ってやつだ。


 「まずはきれいに洗い流しますね。痛いけど根性で我慢ですよ!」

 「は、はぃ……」


 おぉ、洗い流すのってかなり染みるはずなのに大人しく我慢してる……えらい。暴れるひともいるからねぇ。


 「はい、よく頑張りましたー!ではいきまーす」

 

 ぼんやりと傷口を光が包み、光が収まるときれいに塞がっていた。



 「ありがとうございました!これ、よかったらどうぞ」

 「わぁ、ありがとうございます!」


 早速、もらった果物にかぶり付く。


 「美味しい……よし、次のかたー」


 夜明けとともに起床、泉で身を清め双子神に祈りを捧げ朝食。

 朝食はかなり重要で早起きすれば普通の食事が食べれるからここでしっかり栄養補給しておく必要がある。

 その後は神殿に来る人たちを癒す。

 昼食は食べてる暇などない為、いつもお腹はペコペコだ。軽く食べれる時だって神殿に来た人からの差し入れがあった場合のみ。


 そうして日が落ちる頃、疲れた体を引きずりまた身を清めて、夜のお祈り。そして待ちにまった夕食……しかし、ほぼ残り物である。うん、食べられるだけマシ。体力回復のために早めの就寝。そんな繰り返しの日々だ。

 

 ほとんどの聖者たちはお寝坊さんだし、昼過ぎにん?仕事したの?って聞きたくなるほどの短時間で部屋に引っ込んじゃうことも多い。

 毎日顔を会わすのは平民出身以外だと数えるほどだもの。

 お祈りきちんとしてるのかな?って思うけど……私たちがいない時にやっているのだろう。たぶん……え、やってるよね?

 


 ちなみに聖者には専属のお世話係がいる……が高貴な聖者にはゾロゾロといても平民出身者にはいない……平民なら自分の世話はできるだろうって。

 確かに着替えとか部屋の掃除は出来るけど高貴な聖者のお世話係に用事をいいつけられるのは勘弁してほしいのが本音……あんたらお茶してるだけじゃん!って言えない自分が情けない。権力こわい。


 ただ……いないといっても身の回りの世話をする人がいないだけで神殿でお仕事するときには助手っぽい立ち位置の神官と神殿騎士は存在している。



 多くの人が目にする場所に聖者をひとりで放り出したら体裁が悪いってことだろうけど……まぁ、その人達も平民聖者につけられるくらいだから下っ端らしく色々と押し付けられてて、互いに大変ですねって視線でやりとりするぐらいだ。

 神官騎士は基本的に護衛なので緊急時以外はじっとしているし、お手伝いの神官(見習い)たちは平民聖者の場合、仕事場に数人だったりするので下手したら私たちより動き回ってるかも……こちらの世話なんて到底期待できない。


 多分、仕事場は神官見習いや神官が。

 私生活のお世話係は侍女とかメイドの扱いなんだと思う。

 管轄が違うとかそういうことかな?もしかしたら貴族出身の聖者たちのお世話係には自分の家で雇ってるひとが混ざってるのかも。


 

 え?婚約者とはどうって?

 うん。年に1度の行事の時にしかお目にかかれない希少生物ね。しかも完全無視。

 元々平民出身で気に入らない上に美人でもないから顔もみたくないってさ。

 婚約の挨拶にいかされたときに側つきの人にそう言われた。

 私とは口も聞きたくないしふわふわとまとまりのない髪も嫌なんだって……貴族では髪をつやつやサラサラに保つことが一種のステータスらしい。そんなこと言われたらいくら恋に憧れる12歳だった私もこれはないわーって目が覚めた。


 それに第6王子は顔がめちゃくちゃ良い。そしてスタイルも抜群。正直、横に並びたくないので無視はありがたいとすら思う今日この頃……

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