第11話 糸操り人形


事件発生から4週間が経過した。

5月13日以降、女子大学生殺人事件の捜査は表面上は進展しておらず、膠着したままになっている。実行犯が本当にいるのか、あるいは死体遺棄容疑を認めた小野田容疑者による単独での犯行なのかまだ全容は明らかにされていない。


ここ数週間の俺はというと、本庄がいないせいか、仕事が捗り成績が新入社員の中でもトップ。肉体改造に加え、ファッションも意識するようになった。前世では同じ柄のスーツをただ着まわしていたが、今は違う。オーダースーツで身を固め、スキンケアや髪型も気にするようになった。外見は単なる装いではなく、自分という人間をみせるための道具であり、人は必ず外見という本の表紙を見るところから始まるのに似ている。せっかく良い物語が中に詰まっていても表紙で開いてもらないこともあるからだ。自分磨きをしたことで、営業の成績も少し変化が出てきた気がする。


土曜日に本庄紗和の告別式に参列した。

マスコミも斎場入り口に押し寄せ、物々しい雰囲気の中で執り行われた。


焼香をあげる複数の列の端っこに並ぶ。

この列からだと並んでいる間に家族の顔を見ることができる。


メガネをかけて髭を生やしたお洒落な父親と30代にしか見えない若くてきれいな母親。そして本庄が妹の遺影を抱えて魂が抜けたように呆けて座っていた。


あの様子だと、もう会社には来ないと思っていたが……。


「ちゃーっす! 本庄拓弥、ただいま戻りました!」

「ほっ本庄くん、もう家の方は大丈夫なのかね?」

「だーいじょうぶですよー課長ぉぉ。ケシシシッ」


本当に大丈夫なのか?

課長と話している本庄の首と目が忙しなく動いている。怖いのは首の方向と目が揃っていないこと。これって大丈夫じゃないんじゃ……。


午前中様子を見ていると、仕事はなんとかこなせているようだった。

ただ、笑っていたかと思えば数秒後に悲しそうな顔になり、突然無表情になったりしていて、とてもまともには見えない。


「営業3課甲田です──はい? ええっわかりました」


警察……。

今、ロビーの受付に来ていて、下に降りてくるように頼まれた。


「課長、実は……」


課長に小声で事情を話し、デスクの引き出しにしまっている社員証を取りに自席へ戻る。


「あれーどったのー? 甲田くぅーん?」

「──っ!?」


本庄。

いつの間にか背後に回り込んで俺の顔を覗くように見ていた。


「あっ、ああ、ちょっと野暮用でな」

「そなのー、行ってらっしゃーい!」


不気味だ。

ニタリと笑って廊下に出たところまで俺を見送る。


首のあたりがひりつく感じがする。

何気なく振り返った瞬間、背筋に冷たいものが走った。

鬼のような形相のまま口だけ笑みを浮かべている本庄……。


あまりのことに思わず目を背けてしまった。

足早にエレベーターホールへ向かい、1階へおりる。


「いやー、お手間を取らせてしまい、すみませんねー」


無地の白シャツにネイビーのチノパン、ブラウンのレザーローファーとオフィスカジュアルに身を包んだ30代前半の男性。


「私、こういうものです」


警察手帳を見るまで私服の刑事だと気づかないくらい、世の中に溶け込んでいる。


「私になにかご用ですか?」

「またまた~。とぼけてないで自分で仰ってくださいよ~」

「さて、なんのことかさっぱりでして」

「これですよー。【本庄兄妹に被害を受けた者たちの会】」


例のサイトの中を開いた状態のものをタブレットPCで見せられた。パスワードを解除できたということはサイトを運営したものにも捜査の手が伸びた後なんだろう。


まさか殺人事件に発展するとは思ってなかったので、自宅PCのメールアドレスを使ってしまった。そこからIPアドレスを特定し、ISP……インターネットサービスプロバイダーに照会をかけ、ユーザ情報を取得したのだろう。


「彼女がお兄さんの方に寝取られたんですかー?」

「いえ、興味本位で覗いただけなんです」


本庄の手癖の悪いことを刑事に説明し、それで検索してたらたまたまあのページに行き着いたと嘘をついた。パスワードを開くためにサイト運営者に本庄兄を恨んでいると嘘をついて、パスワードを教えてもらったと話す。


「で、その後、HP上で兄妹を出演させるよう企画書を出したと……」


全部わかってて話しているあたり怖いな。だが。


「いえ、その話は別問題です。あくまで会社の広報として企画を考えました。人選も企画会議で本庄さんが選ばれたわけですし」

「巧妙な手口で驚きました。まあ、甲田さんを逮捕するつもりはありませんから」


刑事の話では、まだ直接手を下した犯人が見つかってないらしい。

その人間が例のサイトの運営者で、匿名性の高いサイトから発行されたメールアドレスを使用しているため、犯人の特定には至っていないという。


「その人物が殺人の実行犯だと睨んでいます」

「なぜわかるんですか?」

「それは捜査中なので教えられないですねー。それより……」


刑事の男がこれまで以上に声を潜めた。



「甲田さん。あなた操られていないですか?」












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る