にーい


 更に父と母はハッとした。

 フィネの誕生日は、長兄の次の日。そして、奇遇にもその次の日が次兄の誕生日なのである。

 フィネが生まれた時、「三日三晩パーティーだな!」と喜びに沸いたというのに、三日間続くはずの毎年の祝い事は、いつも中日なかびがあった。


「誕生日は……フィネの誕生日はどうしていた!?」


 父が報告をして来たフィネの乳母に尋ねると、乳母は汚物を見るような目で伯爵を見て(侍女の証言)、「ご家族からの贈り物を喜んでいらっしゃいましたよ」と頭を下げた。

 家令の裁量で贈られた物をご家族からだと毎年渡し、フィネが喜ぶまでが一連の流れだった。

 フィネは毎年の贈り物については、家令が手配してくれていることを知っていた。

 知っていたからこそ、茶番だとしてもフィネはきちんと喜んだ。


 長兄と次兄の誕生会にはフィネも毎年参加している。

 参加しているが、時には壁がぶち抜かれ、家の間取りが変わる程にはしゃぎ回る兄たちからの避難を余儀なくされ、いつも短時間の参加だった。

 最短記録は秒である。挨拶やお祝いを言う間もない。


 汚物伯爵を見ると嘔吐えずきそうになるので、乳母は下げた頭を上げなかった。「クソが」という内面がダダ漏れまくっている顔をこれ以上伯爵に見られたらさすがに不敬だと侍女に目で合図され、わきまえたのである。


「フィネのパーティーは……」


 行われていないことを知っている父と母は更に青ざめた。


 長兄の誕生会

 ↓

 邸内めちゃくちゃ(高確率で父負傷)

 ↓

 総員で片付け(高確率で父昏睡)

 ↓(←ここ、フィネの誕生日)

 総員で次兄の誕生会の準備

 ↓

 次兄の誕生会

 ↓

 邸内壊滅寸前(高確率で父入院)

 ↓

 今年も無事に生き抜いた喜びにひたる父と母


 コレが毎年のことだったからである。

 もちろん、使用人たちは中日がフィネの誕生日だということを知っていた。

 だが、指示がないのである。誕生会を開けという指示が父からないため、唇を噛みしめ頭を下げながら長兄の誕生会の片付けと次兄の誕生会の準備を行っていたのである。


 別館は別である。

 別館ではフィネの誕生会は毎年行われていた。

 ささやかだがあたたかい、本当にフィネの誕生を祝う会がちゃんと行われていた。


 父と母は慟哭どうこくしながら別館に突撃し、怯えるフィネを拉致して夫婦の寝室に連れて来た。

 二人の間に寝かされたフィネはひたすら緊張していた。

 ここに来てもまだ自分は指導されるとフィネは思っていたのである。


「あの、ご指導は素直に聞き入れます。私はなぜ寝かされているのでしょうか……」


 フィネ以外の子どもたちは、寂しくなると前触れもなく夫妻の寝室に突撃しては皆で雑魚寝ざこねをしていた。


「今日はお父様とお母様と一緒に寝よう」


 父がフィネの頭を撫でながら優しく言うと、フィネは益々混乱した。


「あの、なぜでしょうか」


 なぜ。


 フィネの一言が父を打ちのめした。

 どんなに長兄次兄との戦いで負傷しようとも未だ膝を突いていない父が、泣き崩れた。


「すまない、フィネ。あの子たちにかまけるばかりに、お前にだけ寂しい思いをさせてしまった。手がかからないからと甘えていた……すまない。これからは今までの分、それ以上にお前の側にいよう。だから、どうか家族が一緒にいることを疑問に思わないで欲しい」


 父も母も泣きながらフィネを抱き締めた。


 フィネは正直に「あ、やっと自分の順番が回って来たんだ」と思い、それが口から出てしまったため、父と母は息絶えそうになっていた。


 フィネは、家族については「もういいや」と思っていたが、心のどこかにはやはり諦めきれずに手を伸ばす自分がいたことを自覚し、心が喜びに染まるのを感じていた。

 これからは、家族として一緒にいられるのだと、心の底から嬉しく思った。


 が、翌日。

 フィネの喜びは混乱に変換され、フィネは朝食の場で無表情だった。


 長兄クラウスと次兄カール、妹のアリシアがフィネを凝視していた。


 父と母に挟まれながら赤子のように世話をされているフィネを、三人も無表情で、じぃと見ていたのである。


 ソレ、どういう感情なの?


 奇しくも、兄妹四人、お互いに同じ感想を抱いていたのである。


 フィネにしてみたら、昨日までと今の落差が激しすぎてついていけず、心を無にしている状態である。

 兄妹たちは「幻の妹(姉)」が食卓にいることも驚きだが、父と母の「フィネたん、おいちいでちゅか?」にどう反応して良いか微動だに出来ず、無表情で「あーん」を受けているフィネをこれまた無表情で見るしかなかったのである。


 かくして、この光景が日常であると子どもたち四人が諦める頃、フィネに婚約話が舞い込んだ。


 長兄クラウスの学園の同級生で、レーナー侯爵家の三男のダリウスである。

 年頃も良く、三男のダリウスは侯爵家は継がないものの、侯爵の持つ伯爵位を継ぐ予定であり、婚約はの後、とんとん拍子で結ばれた。

 フィネが十歳、ダリウスが十五歳の時に婚約は成立し、フィネは学園を卒業したらダリウスと婚姻することになった。


 ダリウス・レーナー。

 彼を一言で語るとすれば、兄たちと同類、である。


 兄たちは『神還かみがえり』と呼ばれる人種だ。

 この国の初代国王は神の一柱であった。その血を受け継ぐ子孫には時々、神の性質そのままを発現する子が生まれる。それが『神還り』。

 兄二人は神の怪力と、神の心を発現させた。

 怪力は言葉のとおりで、兄たちは素手で壁をぶち抜き、素手で魔物を狩ってくる。討伐には一個師団が必要な魔物や魔獣でも、拳で語り合い、和解出来なければ仕留めてくるのである。

 神の心は、人間社会のことわりなどには囚われない自由な心……有り体に言えば、好きなものはスキ、嫌なものはイヤ、という他人の話など聞こえない自由な心のことである。


 そんな子どもが一人でも大変なのに、年子で二人。

 伯爵家の苦労がどれ程のものだったか想像にかたくない。


 『神還り』の子どもたちのほとんどは、大人になる前に「スン」と大人しくなる。

 あ、自分は『人間』だったと思い出すのである。

 思い出すと、人間としての性質が表に出て神の性質は奥に引っ込むことになるので、長兄も次兄も今ではきちんと人間である。怪力もなりを潜めて他人の気持ちもおもんぱかることが出来る。


 この国では『神還り』の子どもが生まれると、国へ申告の義務があり、国から国民に向けておおやけにされる。

 それはかつて、神の性質を知らず、異質な者として子どもたちを排除した歴史が少なからずあったためである。

 知っていればどんな子どもでも神の性質ならば仕方ないとして受け入れられやすい。


 ダリウスの神の性質は魔法であった。

 『神還り』でなくても、魔法使いは存在する。だが、ダリウスの魔法は段違いの規模だった。まさに思ったことが事象として発生してしまう神の力だった。

 また、それが自分の願ったことではなく、思わずに動いた感情に連動したという。

 嫌な行事だなと思えば大雨が降り中止となり、花が綺麗だと思えばその花だけが咲き誇り、この野菜が美味しいなと思えば、その野菜だけが豊作になる。

 ダリウスの感情は自然をも曲げるものだったため、自分のせいで自然災害が起こることを恐れたダリウスは、どんどん引きこもるようになり、感情を動かさないように無口で無感動になっていった。


 やがて『人間』として落ち着いても、その無口で無感動はあまり変わることなく、無表情がプラスされて今に至る。


 元々フィネもあまり話す方ではない。

 月に何度かフィネとダリウスはお茶会を行っているが、ほぼ無音である。


 だが、フィネはそれが別に苦ではなかった。


 フィネは別館で過ごした幼少期のせいか、他人の感情の機微に聡い。これ以上自分の立場を悪くしないように先回って立ち回る癖もついていた。

 ダリウスと会う時、嫌悪感も忌避感も感じなかった。むしろ、ダリウスもフィネと会うとホッとしたような柔らかい空気となる。

 暑苦しい程に父母から構い倒されている現在のフィネにとっては、かえって落ち着くことが出来る時間となっていた。


 ちなみに、長兄と次兄、妹からも現在のフィネは構われている。彼らは、自分たちのせいでフィネだけ別館で離れて過ごしたことを大変に申し訳なく思っているのである。関われば関わっただけ迷惑かと思っていたらしいが、挨拶するだけでも手紙を書くだけでも、関わり方はいくらでもあったのに、自分の事に精一杯で、言い方は悪いが放置していたという罪悪感があるのである。


 現在の伯爵家では、九割がフィネ事案だ。


 そんなフィネも十六歳になり、まもなく学園を卒業する。

 友人は多くはないが、気の合う一生の友人を見つけることは出来た。成績は上の下。問題を起こしたこともない。大きな波風もなく、はっちゃけて楽しかったわけでもなく、つまらなくもない。劇的な出来事があったわけではないが、友人たちと過ごした時間は確かに大切な青春だとフィネは思っている。


 そして、卒業してすぐにダリウスとの婚姻式があり、準備に忙しくしていた中での『おまえの秘密を知っている』であった。

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