丸眼鏡おじさんの事件簿

環 次郎

第1話

今年一番の冷え込みになるでしょう」


お天気お姉さんが爽やかに言う。


「今年一番の冷え込みは一年に何回あるんだろうか...」

そんな 事を呟きながら僕は年季の入った黒の革張りソファに腰掛けながら珈琲に手を伸ばす。


僕、鳥丸藍路(とりまるあおじ)は依頼があれば何でもやる所謂なんでも屋である。なんでも屋と言っても浮気の調査だ不倫の証拠を見つけて欲しいだの何日も掛かりそうで尚且つ外で何時間も張り込む事をしなきゃいけない事はしない。一度この仕事を始めたばかりの頃に依頼を受けてしまい死ぬほど後悔した事があるので基本的に受けない、単純に面倒なのである。探偵事務所に行ってほしい。いやほんとに。


庭の掃除をして欲しい、家具を動かしてほしい、犬の散歩をして欲しい、引越しを手伝って欲しい、探し物をしてほしい、など一日で終わりそうな依頼を基本としている。一緒にテーマパークに行って欲しいなんてのもあったな。依頼だというのにいい歳したおじさんがネズミの耳のカチューシャを付けてはしゃぎすぎて依頼主に引かれてしまったのはいい思い出だ。


こんな感じで嫌だ面倒だなどと言ってるせいで閑古鳥が鳴いてる。近所のじいさんばあさんや友人知人、リピーターのお客さんに支えられて何とかやってる状態だ。依頼がない時はフードデリバリーで日銭を稼いで暇を潰していたのだが、最早こちらが本業なのでは?と思うほど閑古鳥が鳴きまくってる。当然の様に僕も泣いている。


珈琲を飲み干しフードデリバリーを始めようと準備をしていると事務所兼自宅のインターホンが鳴る。


「おじさーん!鳥丸さーん!遊びに来たよー!」


...


遊びに来なくていい。依頼をくれ。


ドアを開けると太陽より眩しい笑顔を向けてる少女がいる。肩までありそうな髪を後ろでまとめて真冬だというのに薄手のランニングウェアを着ている。寒くないのか?

そんな事を考えてると「横を失礼っと」と言いつつ事務所のさっきまで僕が座ってたソファにどかっと座りストーブに手を当てている。寒かったようだ。


「僕は人におじさんと呼ばれるのは嫌なんだよ、鳥丸さんと呼んでくれと言ったはずだけど?」


「ちゃんと鳥丸さーんって呼んだじゃーん」


「第一声をよく思い出して欲しいね、霞ちゃん」


「私からしたらおじさんなんだもん!」


細かいんだからと霞ちゃんは言いながらストーブの前で手を擦り合わせてる。この子は近くの大学に通う岡崎霞(おかざきかすみ)ちゃん、近所に住むおじいさんの孫娘だ。大学入学に合わせてこの街に引っ越してきた際に霞ちゃんのおじいさんに引っ越しを手伝って欲しいと依頼を受けた時からの付き合いだ。この子からすると30後半の僕はおじさんという事らしい。若さという凶器を平気で振り回してくる。


「霞ちゃん、遊びに来たんじゃなくて休憩しにきたんでしょ」


えへへバレたかーと笑う。


「良い天気だし、ランニングするか!って外に飛び出したはイイけど思いの外寒くて良いとこないかなーと探してたら烏丸さんの事務所があったから」


カフェか何かと勘違いしてる様だ。言いたい事はいくつかあったが無敵の若さで弾かれると思い、飲み込んで僕は聞く。


「岡崎のおじいちゃん元気?」


あっ、そうだ!と言わんばかりの思い出した表情で

「そうそう!おじいちゃん鳥丸さんにお願いしようかなーって言ってたけど連絡なかった??」


「今のところ連絡はないけど何かあったの?」


不思議そうな顔して霞ちゃんは首を傾げてる。


「あれー?昨日電話で言ってたんだけどなー、なんかね、大事な物?盗まれたかもしれないって言ってたよ」


「大変じゃないか、それはもう警察の仕事だよ。僕に依頼する前に110番だよ。しよって事はまだ通報はしてないの?」


どう考えても僕の仕事ではない気がする。


「してないみたい!なんかね、もしかしたら知り合いな人が盗んだかもしれないって事でとりあえず警察は避けたいみたいよ?鳥丸さん、そういうの得意じゃん」とにっこり。


得意という程ではないが子供の頃から推理小説やら丸眼鏡の少年の推理アニメやら池から逆さまに足が出てるミステリー推理ドラマやらを食い入る様に見て、探偵への憧れからか近くで何かある度に探偵の真似事をしてきた事は確かだ。丸眼鏡少年に憧れすぎて子供の頃から丸眼鏡をかける程には探偵というものに憧れてきた。


形から入るタイプなのである。


でも探偵業と言うものは実際には殺人現場に呼ばれて颯爽と事件を解決なんて事もなく、目の前で殺人事件が起きて巻き込まれるなんて事はない。浮気不倫の調査とポスターで見た事はあるだろうか?あれが全てを物語っている。憧れてた者からすると夢も希望もない。実際そんな事件が頻繁にあって職業として成り立ってしまってても夢と希望はないが。


治安が悪過ぎる。


そんなこんなで探偵という職業に絶望した僕は今のなんでも屋で落ち着いた次第だ。稀にだがこういう依頼が舞い込む事がある。こういう依頼に関しては何日かかっても何時間外で動く羽目になっても苦にならないのだから不思議だ。


「なるほど...詳しい話も聞きたいし、岡崎のおじいちゃんの家に寄ってみるよ」口にはしないがとてつもなく暇だし。たまには押しかけて依頼をとりに行くのもいいだろう。


「楽しそー!私も一緒に行く!これはとてつもない事件の匂いがするね、ホームズ君!」


楽しそう...とんだワトソン君もいたもんだ。


「準備するから少し待ってて。」

はーい!と元気に返事をして霞ちゃんはテレビを見だした。本格的にくつろがないでほしい。


僕は霞ちゃんの来訪で止まった準備を再開した。

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