09.守りたいから

 そう叫んだ途端、リーザックから強い波動が出た。

 見えれば一抱えはあるだろう空気の玉が放射線状に飛び、飛び掛かってきた山犬達を直撃する。

 地面に叩き付けられたり、勢いで近くの木まで飛ばされた山犬もいた。切り傷のようなものはなかったが、巨大な石を投げ付けられたようなもの。

 山犬達は全てダメージを負い、相手が悪いとばかりによたよたと逃げ出した。

 すぐに、周囲に静寂が戻る。

 山犬の姿がなくなると急に力が抜けて、リーザックはその場に座り込んだ。竜から人間の姿に戻る時は疲労感があるが、今はひどい脱力感があった。

 今のはやっぱり魔法……になるのかな。使ったっていう手応えはあんまりないけど。この変な力の抜け方は、きっといきなり力を使ったから、なんだろうな。

「リーザック……ありがとう」

 クミルが後ろから、リーザックの首に腕を回した。

「クミル、ケガはない? あ、さっきくじいた所以外って意味だけど」

「うん、ないよ。何か光ってるって思ってるうちに、山犬がいっぱい現れて……あいつらの目が光ってたの。びっくりして、声が出ちゃった」

 ちょっとやそっとでは動じないクミルも、さすがに獣に囲まれれば恐怖に震える。

「叫んでくれてよかったよ。でなきゃ、ぼくにはクミルの状況がわからなかったんだから」

 言いながら、泣きたくなってくる。

 何なのだろう、この状況。こんな危険だらけの所に、子どもだけでいるなんて。あまりにも無茶すぎる。ふたりだけで村から離れるなんて、やはり無理なのだ。

 しかも、自分達は何一つ持ってない。ランプはもちろん、食料も水も。今のようなことがあった時のための、小さなナイフ一本すらもなく。

 近くに水があったとして、それを何で汲めばいい? 手ですくっても、リーザックがクミルのいる場所へ戻るまでに、全てがこぼれてしまう。

 そう、水すらもまともに飲めないのだ。

 クミルは、リーザックが湖に沈められてしまうから……殺されるかも知れないから、と言って村を出ようとした。

 このままだと、死ぬまでにはならないとしても、クミルの方が死にそうな目に遭うかも知れない。

 すでに足を傷めてまともに歩ける状態ではないし、少し離れた隙にまた獣や魔物が現れ、クミルを傷付けることもある。

 クミルがぼくを守ろうとしてくれるなら、ぼくもクミルを守りたい。守らなきゃいけない。だけど、このままだと守れない。……ぼくには、クミルを守れない。

 だったら、リーザックがするべきことは一つだ。

 リーザックが心を決めた時、かすかにふたりの名前を呼ぶ声が聞こえた。

 戻って来ない子ども達を、村人が捜しに来たのだ。

 ふたりはわかっていなかったが、バロに戻らずの穴の所へ連れて行かれた時点で、かなり村の近くまで来ていた。離れるつもりが、村へ近付いていたのだ。

 そこからふたりで歩いてさらに戻り、今ではそのまま降りればすぐに村へ帰れる、という所まで来ていた。

 来たことのある場所からわずかに離れていたので、ふたりにすれば見覚えのない場所だった、というだけにすぎない。

「追っ手だわ。やっぱり焚き火はしない方がよかったのよ。早く消さなきゃ」

「消さなくていいよ、クミル」

「でも」

「追っ手じゃない。助けが来たんだ」

 自分の首に回されていた少女の腕を、リーザックはそっと外した。

「ちょっと待っててね」

「リーザック? まさか……ダメよ。戻っちゃダメ」

 すぐにクミルは、リーザックが村へ戻るつもりだ、とわかった。

 必死に止めようとするが、リーザックはゆっくり立ち上がる。クミルも一緒に立ち上がろうとするが、足の痛みが邪魔をした。

「クミルはぼくを大切にしてくれる。ぼくもクミルを大切にしたい。さっき、ぼくが大切だって、ぼくの命が大切だって言ってくれたよね。ぼくはクミルの命が大切だから、クミルを選ぶんだ」

 クミルの額に軽くキスをすると、リーザックは少女の止める手をすり抜けて走り出した。

「ダメよ、リーザック。ダメーッ!」

 少女の声が響いたが、リーザックは振り向かなかった。

☆☆☆

 子ども達を捜す村人の前にリーザックが現れたことで、クミルもすぐに村人達に見付けられた。

 道中も家に入ってからも、クミルはずっと泣いている。それを見た村人達は、怖かったのと足の痛みとで、気持ちが高ぶっているのだろう、と考えた。事情を知らなければ、そう思われるのが普通だろう。

 ダイハとシュミルが何度も礼を言い、村人達も「無事に見付かったんだからよかった」と言って、それぞれの家へ帰って行った。

 村人が言うように、無事に見付かったからよかったものの、ダイハとシュミルはふたりを前にしてどこから聞いたものか悩む。

 昼食だからリーザックを呼んで来るように、と言ってから、クミルがなかなか戻って来ない。

 シュミルが不審に思って隣家へ向かったのだが、子ども達の姿はなく。

 時間だけはどんどん経つのにふたりが戻って来る気配もないので、さすがにおかしいと思い始めた。

 ダイハとシュルミがふたりを捜していると、クミルにリーザックの行き先を教えたワイトが、彼らにも湖の方へ行ったと証言する。

 じき夕暮れになる、という時間帯でもあったので、手のあいている村人で子ども達を捜し回ることになったのだ。

 クミル達が最初に歩いていた北へ向かう道は、馬に乗った村人がずっと先まで走り、彼らがいないことを確かめた。

 だとすれば、山へ入ったのでは、ということになり、暗くなってきたこともあって、懸命の捜索が続けられた。

 そうして、リーザックが見付かり、クミルも見付かった……。

 ダイハとシュミルがわからないのは、なぜふたりがこんな家出まがいのことをしでかしたのか、ということだ。

 山へ行く理由はない。薬草の採取なら、リーザックが黙って行くことはないはず。クミルが一緒なら、なおさら。

 今朝のリーザックはいつものように食事をしていたし、クミルは本で勉強していた。昨日も、それらしい素振りはなかったはず。

 いきなり家を飛び出した理由が、どうしても思い付かなかった。

「ごめんなさい、ダイハおじさん。ぼくがちゃんと、クミルを止めるべきだったんだ。それでこんなことに……」

 出されたホットミルクのカップにも手を付けず、リーザックはうつむいていた。

 長イスに座ったクミルは、腫れた足の手当をシュミルにしてもらっている。

「リーザックは、どこもケガはしてないか?」

 ダイハの言葉に、リーザックはうなずく。

「クミルはぼくのために、村を出ようって言ったんだ。だから、クミルを叱らないで。お願い」

「事情がわからないと、何とも言えないよ。村の人達にも、たくさん心配をかけているんだからね」

「うん……クミルはぼくが」

「リーザック、ダメ!」

 リーザックの言葉を、クミルがさえぎる。

「クミル、もういいってば。ぼくが水竜だから」

「ダメーッ!」

 クミルが叫ぶが、リーザックの言葉はダイハとシュミルにしっかり届いた。

「水竜、だから……?」

「父さん、お願い。リーザックを湖に沈めないでっ」

 首をかしげるダイハに、クミルは必死に頼む。

 もうダメだ。リーザックが自分から正体を明かしてしまった。

 こうなったら、父に頼み込むしかない。父さえリーザックに眠りの魔法をかけなければ、彼は村から逃げられる。

 つまり、リーザックの命は今まさに、父の手の中にあるのだ。その手を握りつぶさせてはいけない。絶対に。

 クミルの頭の中で、色々な考えが飛び交う。

「湖? あ、竜祭りのことか」

 ダイハのつぶやきに、クミルはびくっとする。

 もしかして、失敗した? あたしが湖に沈めないでって言ったから、逆に父さんに竜祭りのことを思い出させた……とか。

 自分の発言が、むしろリーザックを追い詰めることになった、と思ったクミルは青ざめた。

 あたしが大人で賢かったら、もっとうまく話してリーザックを危ない目に遭わせたりしないのに。

「クミル、リーザックが湖に沈められると思って、村から出ようとしたの?」

 母の問いかけに、クミルは小さくうなずいた。

「そういうことか。だから、子どもの前で悪い冗談を言わないでくれって……」

 娘の様子に、ダイハは苦笑した。

「クミル。それから、リーザック。心配しなくても、湖に沈めたりなんかしないよ」

 うつむきかけていたクミルは、父の言葉に顔を上げる。

「……ほんと? 父さん、ほんとなの?」

「ああ、本当だよ」

 ダイハは大きくうなずいた。

「だけど……村の人達には何て話すの? どうしてぼく達が村を飛び出したかってこと」

「それは全部話すよ、こういう事情だったんだって」

「え……でも……」

 しかし、それをしてしまうと、村人にも「リーザックは水竜だ」ということが知られてしまう。

 ダイハにリーザックを湖に沈める気がなくても、村人もそうだとは限らない。竜の本物がいたら、という話が出ていたのは今日の昼間だ。

「みんな、知ってるんだよ。リーザックが竜だってことは」

「え……?」

 子ども達の目が丸くなる。

 しかし、すぐにはダイハの言葉が理解できずにいた。

 みんな。みんな、とは村人のこと……だろうか。みんな、というのは何人くらいなのだろう。でも、その中にクミルは入っていないから、大人だけ、ということなのか。

 知っている。何を? リーザックが竜だということを。なぜ、村人がそのことを知っているのだろう。

 ザジから教えられていたものの、リーザック自身でさえ、本当にそうだとわかったのはザジが亡くなる半年くらい前なのに。

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