第43話 疾風怒涛の日々


11月1日、いよいよ楽曲デビューとなった。


予告していたこともあり、通販サイトの予約が実行された。

また、各種サブスクサービスでも曲が解禁され、動画サイトでもビデオがアップされた。


ノイセレのデビュー楽曲、「スイート Sweet ノイズ」はCDが売れな言われるこの時代に、初速で50万枚のCDを売上、加えてダウンロード、サブスクでも一位を獲得、動画のPVもあtっというあに100万回を越えた。


10月中に撮っていた番組も11月になって次々と放映され、TV,ラジオのコマーシャルもガンガンかかるようになった。


そして、またたく間に日本中の皆がその名を知ることになったのだ。




「大ヒットおめでとう!」

3人の寮になっているマンションのリビングで、甘楽が言うと、


「でも、何か実感わかないわね。」

となじみが答える。


ちなみに、風呂上りということもあって、全員麦茶で乾杯している。


「まだ始まったばかりだもの。それに、レパートリーを増やさないと、ライブも出来ないわよ。まだまだ頑張らないと。」

リーダーの爽香が釘をさす。


「サーシャ、そんな格好で言われてもあまり説得力がないよ。」


小柄なツインテール少女、杏奈がちょっと笑う。


今は寮のマンションなので、爽香も風呂上りのラフな格好、ありていに言えばジャージの上下姿だ。

ロングの髪の毛は後ろで束ねている。


すでに風呂上がりなので、三人とも化粧はしていない。

もちろん爽香の顔は整っているので、化粧をしていなくても美人なのだが。


「どんな格好でも常在戦場よ!」爽香が決め顔で言う。


「え?お薬で洗うの?錠剤じゃすぐには溶けないよね?」

童顔の杏奈がちょっとボケをかます。


わかった上でからかっているのだ。


「アーニャ、やめてよそういうの。おバカな振りはナージャの役割でしょ。」

爽香が返す。


「私、おバカじゃないよ。成績優秀者だし!」

なじみが口をとがらせる。


「さすがに今度の期末テストはどうなんだ?」甘楽が突っ込む。


「うーん。頑張るけど。」なじみもちょっと歯切れが悪い。



「まあ、授業のノートはちゃんと集めてあるから、何とかはなるだろうけどな。」

甘楽が言う。


「ホント、それはありがたいよね。甘楽くんと織田くんに感謝だね。」

杏奈が甘楽をねぎらう。


「ま、それもスタッフの仕事だよ。」甘楽が薄笑いしながら言う。


そこへ、智香がやってきた。

仕事帰りのスーツ姿だ。今日はこのまま泊まるのだろう。



「年末年始の予定が決まったわ。」

智香が三人に言う。


「どんな感じですか?たしか29日から3日か4日までお休みですよね。」なじみが問いかける。


「クリスマスイブとクリスマス当日の夜は、『アイドル集合クリスマスカーニバル』に参加ね。さいたまスーパーアリーナだから、場所は浦和。」


「終わりが遅くなりそうだね。」杏奈が言う。


「あなたたちは未成年だから、八時の出演で、そのまま帰っていいことにしてもらったわ。でも両日とも昼間はテレビ出演ね。正月明け放送の番組の録画よ。で、29,30,31はあけてあったけど予定が埋まったわ。」


「年末3日間の予定がはいったんですか。」 爽香が聞く。


「そうよ。リハーサルと本番。紅白ね。」

智香が答える。


「「「きゃー」」」

三人が歓声をあげる。


「あれ、紅白のメンバーってもう発表されてたよね。」

甘楽が確認する。


「ええ、そうよ。だけど、途中にスペシャル枠があって、そこで呼ばれることになったの。



ソロ歌手やグループなんかで7人と馬車道43の選抜メンバー10人、、あとあたたっちで総勢20人でパフォーマンスよ。ちゃんとリハーサルしないと恥をかくから、しっかりよやらないとね。 あと、もちろんスイートSweetノイズも歌わせてもらうわ。」


「すごい…」なじみがつぶやく。


爽香も言う。

「さすがにデビューしてすぐに出場者発表だから、載ってないのは仕方ないって思ってたけど、そんな追加があるんですね。」


「そんだけボクたちに勢いがあるってことだよね。頑張ってアピールしなきゃだね。」

杏奈も嬉しそうに言う。


「三が日はオフにするわ。初めてのちゃんとした休みね。ご家族と過ごしてちょうだい。」

智香が笑顔で言う。



「新年の動画配信はいつから始めようか。

年内に録画番組は撮っておくとして、生配信は5日からでいいかな?」


「四日からよ。その日にファンに新年のご挨拶ね。」

智香が言う。


「とりあえず三が日はゆっくりできるね。」なじみh沿いう。



、そんな所ね。」智香も合意する。






リハーサルの二日目、甘楽はアムールの浅利と交代で会場に入った。

今回は所属事務所、アムールのスタッフとしてだ。


ただし入館証の名称はKANNにしてもらった。

身分証明書は淀橋甘楽なのだが、アムールから芸名の証明書を貰っている。



さすがに国民的な番組だ。セットも大がかりだし、芸能人も知った顔がたくさんいる。

甘楽はノイセレの3人の付き添いとして、智香とともに観客席で見ている。


休憩になり、3人は化粧直しに行く。

甘楽は自動販売機へ缶コーヒーを買いに行く。


「KANNさん!またお会いしましたね!」

弾んだ声がする。


もう声でわかる。馬車道43の中川ひとみだ。


「通路にKANNさんらしい姿が見えたんで、急いで追いかけてきました!」

ちょっと息をはずませながら中川ひとみは言う。


目がキラキラと輝いている。さすがはアイドルグループ、馬車道43の次世代エース候補だ。


「KANNさん、今日もスタッフなんですね。」


「そうだな。リハ見てたよ。中川はBパートのところで、もう少し下手(しもて)に出たほうがいいかもな。」


ひとみの顔がぱっと明るくなる。

「よく見てくださってるんですね。振付の東流石先生にも言われました。」


「まあな。」甘楽は適当に誤魔化す。 


(お前があそこにいると、後ろの列の杏奈が見えなくなるんだよ。杏奈は小さいから、列の後ろにいるときは、人の間に立たないとカメラから見えないし、自分もプロンプターや客席のカンペが見えなくなるんだ。)


心で思っても口には出さない。ちなみに、プロンプターというのは、歌詞や指示が表示される画面だ。文字などが表示されるが、逆側からは透明になっている。


また、カンペとは元は「カンニングペーパー」から来ている言葉で、客席からスタッフが指示を各画用紙のことだ。


「KANNさん、来年は二人きりで会ってもらえませんか?いろいろ聞きたいですし、ゆっくり一緒の時間を過ごしたいです。」


ひとみが甘楽の目をまっすぐ見つめてくる。



「いや、忙しいから多分無理だな。俺は仕事で5足くらいのわらじを履いてる。なかなか時間がとれないと思う。」


「それってセフレの数のことですか?」ひとみはいたずらっぽく笑う。


甘楽はちょっと呆れながら返事する。

「一人は本命だって。いや、そんなことはどうでもいい。本当に仕事で忙しいんだよ。カメラマンやら映像編集やらウェブサイトの運用から現場のADまでホントにいろいろやってるんだ。」


これは本当のことである。あと、言ってないがノイセレ連中の食事の世話やら洗濯やらもやっている。


「ええ?いつお休みなんですか?」

ひとみが驚いて聞く。本当に忙しいことを理解してくれたらしい。


「まあ、好きでやってることだからな。この前、原宿に居たのは、その前の青山のスタジオの仕事が早めに終わったからだ。


趣味の人間ウォッチングなんだが、流行を掴んだり映像の撮り方や写真のアングルを考えたりするのに役立つんだ。」


「それも仕事みたいなものじゃないんですか? それじゃ、女性たちにもなかなか会えないでしょ?」


「その辺はノーコメントだって言ってるだろ。」

甘楽は焦りながら言う。


「四人も五人も一緒ですよねえ?」ひとみは甘楽の目を見ながら挑戦的に言う。


「俺から増やす気はない。」

甘楽は断ったつもりだった。


「じゃあ、美沙さんみたいに、女性から求められたら応じてくれるんですね。来年、二人っきりで会ってください。約束ですよ!」


ひとみはそう言い残すと、そのまま踵を返して走り去った。


(参ったな…まあ、断ればいいんだが。)(


甘楽は缶コーヒーを何とか買って一気飲みする。

もうすく休憩が終わる。


そんな甘楽を、廊下の陰でじっと杏奈が見つめていた。





大晦日当日、ノイセレの3人は最高の出来だった。


スペシャルコーナーのタイトルは「あま~いひと時」だった。

最初にノイセレがデビュー曲「スイートSeet ノイズ」を歌い、そのあと二十人でお菓子をテーマにした曲を歌い踊る。


童謡もあれば、テクノ風の「キャラメルディスコ」などもある。

4曲メドレーで歌い踊り、ノイセレのメンバーは溌剌と輝いた。


そして、カメラマンはなぜかノイセレの3人と中川ひとみを重点的に映していた。


これは、甘楽のアドバイスでカメラマンや現場スタッフにも挨拶してカードを渡して覚えてもらったことが要因である。ただ、生放送の時点では気づきようがなかった。


出番が終わるとすぐ、3人と智香と甘楽と浅利は智香の運転するアルファードに乗り込む。


「やっと終わった~! さすがに疲れたよ~でも楽しかった!」なじみが言う。


「そうね。楽しかったわね。」爽香も同意する。」


「さいっこうの気分だね。」杏奈も言う。


アルファードはすぐに渋谷のホテルの前に止まる。


杏奈の両親が、このホテルに滞在しているのだ。


杏奈は、個人的に決意して、静岡にはまだ帰らない。それを知っている両親が静岡から会いに来たのだ。紅白のチケットは確保できなかったため、両親はホテルの部屋で紅白を見ながら応援していた。


「じゃあね、みんな。よいお年を!」杏奈が手を振る。


杏奈を下ろすと、次は爽香の家だ。

そこそこ大きな家で、両親と弟が待っている。


そしてなじみのアパートでなじみを下ろし、浅利も途中の駅まで送る。


その後、甘楽はアルファードの助手席に移り、智香とともにマンションへ戻る。


もう11時になっている。

紅白はどうせ録画で見直すので、とりあえず二人は別々にシャワーを浴び、小さなワインボトルを開けて乾杯する。


「素晴らしい一年を過ごせたことを祝して、乾杯!」

「サルーテ!」


二人はグラスを音を立てて合わせ、ワインを飲む。

甘楽は一応形だけで、残りは智香が飲み干す。


そして、二人は見つめ合い、そのままベッドの中で年を越すのだった。




新年の1月4日の昼。ノイセレの三人、智香、甘楽、浅利そして織田がアムールの事務所に集まっていた。女性陣は全員振袖、甘楽と織田は羽織袴である。



この日のために、智香が着物を準備し、着付けのできるスタッフを揃えたのだ。


「生配信の前に、みんなで写真撮るわよ。」

智香が言う。


「写真撮影は任せてください!」声を上げた品のいい中年男性がいた。

杏奈の父親だ。


4日に杏奈が晴れ着で生配信をするというので、その場を見ようと仕事を休んでついてきたのだ。

杏奈の父親は会社員だが、娘大好きパパだ。今までも杏奈を撮りまくっていて、写真撮影はセミプロ級である。



スタジオには爽香の両親と弟、それからなじみの母親もいる。


(父兄参観みたいだな~)なじみは思う。


晴れ着と紋付の皆が並んで笑顔になる。


杏奈の父親が言う。

「行きま~す! 3,2,1,はい、チーズ!」


皆の笑顔が一枚の写真に切り取られる。


(さあ、一年の仕事の始まりだ。こいつらをトップアイドルに押し上げる一年だな。忙しい日々は続くぞ!)

甘楽は思う。


なじみが近づいてきてささやく。

「甘楽、去年は本当にありがとう。今年もいろいろよろしくね!」


爽香も言う。

「甘楽くん、今年もサヤって呼んでね。」

そう言いながら顔を赤らめる。 サヤというのは特別な意味があるのだ。



あのハンバーガーショップでの出会いからまだ半年しか立っていない。

だが、甘楽の生活も、なじみたちの生活も一変した。


杏奈も来る。

「甘楽くん、今年もよろしくね。あまり女の子を泣かせちゃだめだぞ!紅白のリハでもちょっかい掛けてたよね。ほどほどに! ボクもかわいがってね。」


(何だ、見てたのかよ…まあ誰かには見られれうよな)

甘楽はそう思いながらも、杏奈の頭をちょっとなでる。


杏奈は気持ちよさそうに身をゆだねている。



甘楽は回想する。

(あの時、なじみに声を掛けてよかった!)

甘楽はしみじみ思う。


甘楽のスマホが震える。メッセージが来た。


ひとみから「あけましておめでとうございます。約束通り。二人きりで会ってくださいね。人目につかないように、ホテルを取りますので、ゆっくりお話しましょう。できれば撮ってほしいです。」


(…なんだか妙にぐいぐい来るなあ。)甘楽は思う。


♪何度でもぶつかれ、何度でも立ち上がれ。欲しいものは自分で勝ち取るんだ…


馬車道43の歌の一節が甘楽の脳裏に流れる。



またスマホが振動する。


「あけおめ! あーし、今年は5番目の女からの昇格をめざすからよろ!」

金髪ギャルの美沙だ。



(今年も、ハーレムだか女難だかの一年になりそうだな。)

甘楽は苦笑しながら、ノイセレの生配信の準備を始めるのだった。




(第一部終了)


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アイドルはセフレ持ち:地味子がセフレを作りアイドルになった件 愛田 猛 @takaida1

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