第32話 露呈
オリジナル曲が完成した。
正確に言えば、オリジナル曲の仮歌のデモが届いた。
一般的には、流行歌は音楽が先に作られ、それに詞をつけるという、「曲先」で作成される。
演歌などでは「詞先」も多いが、できた曲に合わせて歌詞をあとで変更するケースが出てくるため、業界ではあまり好まれない。
ただ、詞と曲を同時に作る場合には、クリエイターの才能によってはすごい作品ができることもある。
作詞作曲を同時に行う前山川先生が、ついでに一部のアレンジまでつけているので、練習にはこれで支障は無いはずである。
タイトルはNoisy Celebration だ。三人に合わせた明るくポップな曲になった。・
数日のうちに、川石先生が振り付けを仕上げてくるだろうから、それより前に、歌を暗記しなければならない。
3人はスマホに音源を入れ、聴きながら覚えていく。
爽香と杏奈は、楽譜を見ながら練習している。
音楽の授業でちょっとやった位で、あまり楽譜が読めないなじみは、歌詞を見ながらひたすら耳コピである。
爽香と杏奈は、学校へ行っても、教室で楽譜を見ながらぶつぶつ言っている。
「事情があって、みんなとあまりしゃべれません。私たちが見ているものは皆さんに見せることができません。申し訳ないんですが、数日間はあまり話しかけないでください。」
爽香が皆に宣言する。その横で杏奈も頭を下げる。
一方、正体を隠しているなじみは、教室の隅っこで、ひたすらスマホを眺めながら、イヤホンで音楽を聴いている。
実はマスクをかけ、その下で口を動かしているのだが、そこまでの事はほとんどの人間にはわからない。
甘楽だけが、なじみを見ながら、頑張れと心の中で励ましている。
そんな感じで1日が終わる。
放課後、そろそろ事務所へ行こうかと、爽香がなじみを探すと、なじみが見当たらない。
トイレにでも行ったのかと、少し待ってみるが、なじみは戻らない。
不審に思い、トイレに行ってみるが、なじみの姿はやはりない。
爽香は、杏奈だけでなく甘楽のところに行き、なじみを見なかったかと聞くが、甘楽も知らないと言う。
なじみのカバンがあるので、学内にいる事は確かだ。
突然、甘楽のスマホが鳴った。発信者はなじみだ。
甘楽はすぐに電話を取る。「どうした?」
「正体ばれたの!助けて。」
なじみの慌てふためいた声が聞こえる。
「とりあえず相手を逃すな。お前今どこにいるんだ?」
「4階の角の空き教室よ。お願い急いで。」
1年生の教室は1階にある。なぜ4階まで行ったのか。甘楽は不審に思いながらも、
「今すぐ行くぞ。待ってろ。」
そう言って、走り出す。
爽香と杏奈も、慌てて後を追う。
ついてきそうになるクラスメイトがいたので、杏奈が、「ちょっと教えられない事があって、ついてこないでください。」と言う。
クラスメートは、素直に従ってくれた。
甘楽はすごいスピードで4階へ駆け上がる。爽香と杏奈は遅れてしまうが、甘楽の足音が聞こえるので、ともかく、追いかけて上に上がっていく。
目的の4階の空き教室にたどり着き、甘楽はドアを開ける。
「どうなった?」
中にいたなじみに。甘楽が声をかける。
見ると、なじみのウィッグがずれていて、茶髪が剥き出しになっている。なじみはメガネとマスクを手に持ったまま、素顔で呆然としている。
そして、その前に、やはり呆然とした顔をして、床に座り込んでいるアイドルヲタの織田通がいる。
甘楽は織田の横に行き、彼が逃げないようにする
そして、なじみに話しかけた。
「とにかく、ウィッグを直して、メガネとマスクをつけろ。」
なじみはやっと気がついたように、ウィッグを直し、メガネをかける。杏奈が新しいマスクを差し出してくれたので、マスクもつける。
これでいつもの地味子のスタイルに戻る。
「お前、何をされたんだ?」
甘楽はなじみに聞く。織田をとっちめるのはその後だ。
なじみは、ゆっくりと話し始めた。
時間は昼休みにさかのぼる。
弁当を食べ終わって、集中するために自席へ戻り、曲を聞こうとしていたなじみは、突然織田に声をかけられた。
かなり真剣な顔している。
「野島さん。大事な話があるので、悪いけど、放課後、4階角の空き教室に来てくれないか。」
織田の目が、あまりに真剣だったので、なじみは思わず黙ってうなずいた。
(ノイセレのことだろうな~。大事な話って、何か気づいたのかな?)
なじみには、理由がよくわからなかった。
放課後すぐ、なじみはこっそり4階の空き教室に行った。練習もあるので、さっさと終わらせたいと思っていた。
4階のこの部屋にはほとんど誰も来ない。校舎の4階は、、逆の端の教室以外使われていないからだ。
織田がやってきた。ちょっと緊張した顔をしている。
「大事な話って何ですか?私この後用事があるんですけど。」
なじみが言うと、織田はちょっと黙っていたが、やがて決心したように、真剣な顔で話を始めた。
「ノイセレの2人と、野島さんは仲良くなったよね。それに僕も仲良くなれたと思ってる。」
「…それはそうですね。」
とりあえず同意する。
「これからも、僕たちは、あの2人を盛り立てていきたいと思っている。そうだよね?」
「そうですね。」
ここまではその通りだ。何が大事なんだろう? なじみにはわからない。
ここで織田はちょっとためらった後、切り出す。」
「…僕たちは、一緒の目標を持っている。だったら、一緒に行動してもいいと思うんだ。」
「… .」
「お願いです。野島なじみさん。僕と付き合ってください。2人で仲良く、ノイセレを応援しましょう。よろしくお願いします。」
織田はそう言って、右手を出して頭を下げた。
なじみは、あまりの予想外のことに、アワアワするだけで、何も言えなかった。
(え? 告白? しかも、好きですの一言もなく? 応援友達?でも付き合う?)
絶賛混乱中である。
それを見た織田は、行けると思ったのか、畳みかけてくる。
「お願いします。僕と付き合ってください!」
織田が再度声をかけ、なじみの目の前に手を伸ばしてくる。。
なじみはやっと我に返り、答える。
「ごめんなさい。それはできません。」
織田は、信じられないと言ったような顔をした。
「ど、どうして?一緒にイベントに行ったり、一緒に応援したり、僕たち楽しくやれると思うんだ。」「
「ごめんなさい。」
なじみはまた頭を下げる。
「織田くんとはこれからも仲良くしたいと思うけど、それは友達としてで会って、お付き合いするとか言う事はできません。」
なじみは何とか答える。
ぁ
絶対オーケーされると思っていたのだろうか、少なくとも速攻で断られるとは思っていなかったようだ。織田は取り乱した様子で聞く。
「なんでだよ、いいだろう!」
織田はそう言って、なじみに詰め寄る。
なじみは逃げようとする。
織田は、「待ってくれ、もっと話し合おう。」
そう言って、逃げようとするなじみの肩をつかむ。
なじみはそこでバランスを崩し、転んでしまう。何とか反転して、手をついてうつ伏せに倒れた。
織田は慌てた。
「野島さん、ごめんなさい。転ばせたりするつもりはなかったんだ。」
そう言って織田は、取れてしまったなじみのマスクとメガネを拾い、うつぶせになったなじみを起き上がらせようとする。
そこで、織田が見たものは、ウィッグがずれて茶髪を見せ、かつメガネとマスクのない素顔をさらしたなじみ、いや、野間奈美の姿だった。
織田は驚愕し、
「ナージャ」
とつぶやいて、その場で座り込んで固まってしまった。
そこでなじみがふと我に返り、急いで甘楽に電話して今の状況になったと言うことだ。
甘楽は状況を大体把握した。爽香と杏奈も状況を飲み込んだようだ。
さて、これからどうするか。
甘楽は溜息をついた。
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こんにちは。お急ぎですか。
…バイトしてる子もいるよ。
作者です。
ついになじみの正体がバレてしまいました。
織田はどうなる?
甘楽によって東京湾に沈むのか?(たぶん違います。)
それはさておき、お楽しみいただければ幸いです。
ハート、★、感想いただければ幸いです。もちろんレビューも。
特に★が増えると作者は喜びますので、まだの方はお気軽にお願いします。
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