第23話 新学期の登校


新学期が始まる9月1日、なじみは電車通学で学校に向かうことにした。


タクシーで登校するのにはちょっと抵抗があったし、今まで通り黒いおかっぱ頭(ウィッグ)とメガネ、ついでにマスクをした地味子スタイルだったので、本人としても大丈夫と思ったのだ。


9月1日でまだ暑い。なじみは制服の長袖ブラウスと丈のあまり短くないスカートを着ている。半袖と長袖があるのだが、日焼けを防ぐため長袖を着ることにしたのだ。


(暑いし、日焼け止めを塗って半袖のほうがいいかな。)などと思いながら、なじみは駅に向かって歩いていった。


ちなみに甘楽はマンションからずっと、少しだけ離れて付いてきた。


連れではないが、監視役兼ボディガードみたいなものだ。


マンションの最寄り駅から学校までは3駅だ。乗っている時間はそれほど長くはない。


新学期のスタートということもあり、電車はかなり混んでいる。

1駅目を過ぎたとき、なじみはふと違和感を覚えた。


自分のお尻に、誰かの手が伸びているのだ。

手はおずおずと、しかし着実になじみのお尻に触れ、撫でている。


甘楽かな、と一瞬なじみは思ったが、甘楽はちょっと離れている。

その瞬間、なじみは気づいた。


(痴漢だ!)


痴漢だとわかった瞬間、なじみの体に嫌悪感が走り、鳥肌が立つ。


なじみには初めての痴漢経験だった。


(嫌だ。気持ち悪い。だめ。)


おそるおそる右に振り向いて手の持ち主を見ると、それは中年のサラリーマン風の男だった。


糊のきいたワイシャツときっちり線のついたスラックスだが、髭のそり残しと出た鼻毛がアンバランスだ。汗もうっすらかいている。


その男がなじみのスカートの上からお尻を触っている。振り向いたなじみの顔を見た男は、目をそらした。だが、手はそのままだ。



(やめて!助けて!)


なじみは、涙目で甘楽を見る。


すると、スマホを見ていた甘楽は、なじみの変化にすぐ気づき、スマホを持ったまま、人をかき分けてなじみの方へ動いてくる。


男は甘楽の動きには気づいていない。


そして、甘楽は無言で男の手首をつかんだ。

男が驚愕したところで、電車は2駅目に着いた。


ドアが開くと、甘楽はそのまま無言で男の手首をつかんだまま引っ張り、電車を降りた。


学校より一駅前だが、なじみも当然一緒に降りる。



甘楽は、人の少ないところに男を連れていく。


絶望的な顔をした男に対し、甘楽がドスの効いた低い声で告げる。


「現行犯だな。私人逮捕だが、画像を撮ったから逃げられないぞ。」



「お願いです。見逃してください。ほんの出来心なんです。こんなのは初めてなんです。」

男は必死に謝る。泣きそうな顔で、汗も噴き出している。


甘楽はまだ男の低首を持ったままだ。


「まずは名刺を二枚見せてくれ。」甘楽はいう。


「わかりました。」中年のサラリーマンの男は観念したのか、名刺入れから名刺を出す。甘楽は二枚受け取り、一枚をなじみに渡す。


朝日というその男は、有名なお菓子メーカーの商品部の課長という肩書だった。


甘楽は名刺を確認し、スマホで写真を撮ると、なじみに言う。


「さあ、どうる?被害者のお前が決めればいい。」甘楽はなじみにいう。


「お前の選択次第で、このおっさんの人生が決まるぞ。」



「お願いです。見逃してください!本当に初めてなんです。いろいろあって、つい出来心で! 


許してください!妻も娘もいるんです。 お願いします!」


朝日は必死に頭を下げる。土下座でもしそうな勢いだ。


「あまり目立つことはしないほうがいいぞ。人目が多くなると、いいことはない。」

甘楽が警告する。


朝日はそれでも頭を下げる。「お願いです。見逃してください。」


なじみはちょっと考えていたが、朝日に聞いた。


「朝日さん、Noisy Serenityって知ってる?」

なじみは突然聞く。


「いいえ。」朝日は頭を掻く。


「デビュー発表したばかりのアイドルグループなんだけど、友達がやってるの。私の押しアイドルユニットよ。」


「すみません、不勉強で。中学生の娘なら知っているかもしれませんが。」


「娘とあまり年の変わらない女の子に痴漢するのか。最低だな。」

甘楽は冷たく言う。


「ちょっと黙って。」なじみは甘楽を止める。


「そのノイセレの子たちは、みんなチョコレート大好きなの。アムールって事務所に所属しているから、その子たちに山ほどチョコレートを贈ってくれるなら、許してあげてもいいよ。」


なじみは朝日の目を見ながら告げる。


「もちろんです。トラック一杯でも贈ります。」朝日は必死に答える。


「3人で食べられるだけでいいよ。3人が喜ぶと、私も嬉しいし。 新学期から警察沙汰で朝日さんの人生を狂わせるのは、私も後味悪いし。」



「ありがとうございます!ありがとうございます!Noisy Serenity さんに贈ります!」

朝日は頭を下げる。


「ついでに、お嬢さんにもノイセレを宣伝しておいてね。じゃあ、これで。」


なじみはちょうど来た電車に向かって歩いていく。甘楽もそれに従うが。立ち止まって振り向きざまに朝日に声を掛ける。


「おっさん、二度とするなよ。」甘楽ははそう言って、なじみと一緒に電車に乗った。


朝日は呆然と駅のホームに立ち尽くしていた。


電車の中で、甘楽はなじみに小声で聞く。


「あれでよかったのか。」


「うん。これでチョコレートゲットだし、警察沙汰になると面倒でしょ。時間がかかって遅刻しちゃうし、身分もばらさないといけない。学校だけじゃなくて、事務所もお母さんも関わって来て、大事になっちゃう。」


甘楽もうなずく。

「そうだな。賢明な判断だ。」


「でも、知らない人に触られるのって、すごい気持ち悪いね。甘楽だったら問題ないのに。」

なじみはいたずらっぽく言う。


「まあ、あのおっさんもこれで懲りて、二度としないだろう。何か、ストレスたまってる感じのおsっさんだったからな。人生棒に振るのはちょっと可哀そうだ。 まあ、だからといってあんなことしていいわけはないけどな。」


甘楽がそう言ったところで、電車が学校のある駅に着く。

この駅には大きな学校が2つあるので、結構な人数の学生が降りていく。


なじみと甘楽は少し離れて学校へ向かう。


(新学期の初日だよね。みんな、結構変わってるかな? 経験しちゃった女の子もいるかな。


それに、今日はいろいろありそうだよね。楽しみだな。)


マスクの中でにこにこしながら、なじみは教室に向かうのだった。



============================

こんにちは、お急ぎですか。

〇〇〇〇が戦えと言ってる。


作者です。

第23話をお届けします。

甘楽が名刺を二枚要求したのには理由があります。

身分を偽らないように、です。


他人の名刺を渡して逃れるなんてことはさせません。

通常は他人の名刺を二枚持つことはないですからね。


まあ、動画もあるし、逃げられないことは確かですが。


その一方、なじみも甘楽も名乗っていません。



続きは…待つ間に★や??でもつけてくださいね(笑)


お楽しみいただければ幸いです。

ハート、★、感想いただければ幸いです。

特に★が増えると作者は喜びますので、まだの方はお気軽にお願いします。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る