ダンジョン高校の無能な俺は、最強無敵な妹を警護する

はいそち

入学式前夜

「校長に直談判して兄様を私と同じクラスにしてもらいます! 」

「それは無理だ……Sクラスに“無能”の俺が入れるわけないだろ」


 国立ダンジョン高校の入学式を明日に控えた兄妹二人が、リビングで言い争っていた。


 妹の結菜ゆいなは、セミロングの髪がかかった耳を真っ赤に染めて兄である颯太へ食ってかかる。結菜の大きな瞳は少し涙ぐんでさえいた。

 国民的スターでアイドル的な人気を誇る美少女の怒った表情を間近に見ると、妹なのに圧倒されてなんでも言うことを聞きたくなる。

 そんな気持ちをなんとかこらえて、颯太そうたは必死に言葉を紡ぐ。


「……俺はモンスター討伐テストで討伐スコアも支援スコアもゼロだったんだ。Fクラス入りは当然のことだ」


「結菜と組んでテストに臨まれたわけではありません。兄様と組めば、結菜はやる気に満ち溢れ討伐スコアは十倍になります。それなら兄様あにさまも支援スコア満点でSクラス入り余裕です」


 颯太は、「それは支援の意味合いが違うよね」と言いかけたがあわててその言葉を引っ込めた。結菜は瞬きひとつせず颯太の目を射抜くようにじっと見つめ、口元はきゅっと締まっている。結菜は本気も本気で言っている。そう悟らざるを得なかった。


「……とにかく悪かった。結菜と同じクラス分けに出来なくてごめん」


 結菜は少しだけ表情を緩めると、怒りを鎮めるように深呼吸をしてからゆっくりと口を開く。


「兄様を困らせているのはわかっています。ですが、結菜は兄様と同じ学校に通ってクラスメイトになるのが夢だったんです」


 結菜は、Sランク冒険者として小学一年生のときから飛び級でダンジョン高校にずっと在籍している。義務教育が終了した中学卒業のタイミングで、高校を卒業してダンジョン探索管理庁直属の冒険者となることを庁の上層部から一度打診されたが、結菜は断固拒否した。


「卒業など有り得ません。それなら冒険者を辞めます」


 しかも新年度から、高校一年生として在籍することを希望したのだ。幼い頃から最強の冒険者として国民的スターである結菜のほとんど初めてといってよい強い要望わがまま

 驚いた上層部は、慌てて卒業の打診を撤回し、結菜が高校一年生として在籍するのとを認めたのだった。


 だが結菜の要望はそれだけにとどまらなかった。兄の颯太を自分と同じクラスに配属することも要望したのだ。


「兄の颯太と同じクラス分けになることも強く希望します。彼は、冒険者として私の最高のパートナーです」


 兄の颯太もスキル“精霊使い”を持っているため、ダンジョン高校への進学はすんなりと認められた。ただ、颯太がダンジョン内でスキルを使用できない事が問題となる。


 ダンジョン高校のクラス分けは、冒険者としての強さに応じて割り振られる。最上位のSランク冒険者ならSクラス、それ以降Aクラス、Bクラス……と順に割り振られ、Fクラスが最下位となる。


 冒険者としての強さ≒ダンジョン内の強さと評価される現状、颯太はFランクどころかスキルなしむのうと判定されても仕方ないくらいだ。


 それでもダンジョンの外でスキル“精霊使い”を使用した時に高威力ならそこまで問題視されることはなかっただろう。十年前に起きたモンスタースタンピードのように、モンスターがダンジョンの外に出てきてしまう可能性はあるからだ。


 ところが、颯太のスキル“精霊使い”の威力は、ダンジョンの外でも最弱レベルだった。ダンジョン高の入学前に行われたスキルテストでも、颯太は全受験生中最下位。


『討伐スコアゼロ、支援スコアゼロ、スキルスコアゼロ』


 前代未聞の劣等生ぶりにその場に居合わせた受験生から「無能」、「トリプルゼロ」、「出がらし兄貴」などと陰口を叩かれていたほどである。


 颯太は、学校関係者から「颯太君のSクラス配属はこの成績では難しい。Fクラスならなんとか……」との打診を受けていた。妹の意向に反するとわかっていても、この成績では入学拒否されないことを感謝してFクラス配属を飲むほかなかった。


「結菜の希望を叶えることが出来なくて悪いと思ってる。ただ、無能の俺が特例でSクラスに入るのは不自然すぎる・・・・・・


 結菜は、はっとした表情をみせる。たしかに兄にとってその類の疑念を抱かれないように振る舞うことはとても重要なことだ。

 それでも幼い頃からダンジョン高校に在籍してる結菜としては、懸念を口にせざるをえない。


「ダンジョン高校は冒険者ランク至上主義者ばかりです。きっと兄様を馬鹿にします。私はそれが我慢なりません」

「言わせておけばいいさ。かえっていい隠れ蓑になる」


 颯太は、同級生から馬鹿にされることなど気にも止めない風にさらりと言った。本人にそこまで言われてしまうと、結菜もこれ以上食い下がることはできない。


 リビングに重苦しい空気が流れる。とはいえ、明日は二人にとって記念すべき門出の日である。颯太は、クラス分けのことで揉めて重くなった空気を変えようと話題を振った。


「明日、生徒代表として結菜が新入生の前で挨拶をするんだよな。結菜の晴れ姿をみるのが楽しみだ」


 一年生でありながら生徒を代表する立場である結菜は、最初の、そして最強の冒険者なのだ。

 挨拶慣れしているはずの結菜が珍しく気合を入れて準備していることを颯太も知っていた。


「兄様、明日の結菜の挨拶する姿、ちゃんと見てくださいね」

「もちろん。目に焼きつけるさ」

「結菜も、壇上から兄様を見つけてその晴れ姿を心に刻みます。おじ様おば様もきっと天国からご覧になってますよ」

「ありがとう、結菜。その通りだな」


 十年前のダンジョン出現とその直後に発生したモンスタースタンピード。研究者だった颯太の両親は、スタンピードに巻き込まれて亡くなった。身寄りのない颯太を引き取り養子にしたのが、颯太の両親の親友である結菜の両親だった。


「パパとママは、結局いつもどおりオンラインで入学式に参加するって連絡来てましたね」

「仕方ないさ。ダンジョン保護団体がいよいよ不穏な動きを示してるらしい。幹部の二人は大忙しだろう」


 父はダンジョン研究の第一人者でダンジョン研究所の所長、母はダンジョン探索管理庁の局長である。

 ここ数年、モンスター討伐を虐待とみなしてダンジョン探索を規制しモンスターの保護を求める意見と、モンスターから採取される魔石の需要の高まりを受けてモンスター討伐の加速を求める意見の対立が、急激に高まっていた。


 対立激化の煽りを受けて、両親二人とも仕事に追われており、颯太と結菜の住む自宅には帰らず出張や別宅暮らしが続いている。

 オンラインで両親とやり取りしているし、たまの休みにみんなで食事する程度には家族仲は良好だ。それでも普段は兄妹二人の生活なので、二人の結束は特別強い。


「私は明日もダンジョンに潜ります」

「うん。身の回りのことは俺がやって置くよ。無理はしないようにな。無事に帰って来てこれたらそれでいいんだから」


 明日入学式が終われば、結菜はいつも通りダンジョンでモンスターを討伐するつもりだ。百を超えるダンジョンが発見され、しかも時の経過とともに内部構造が変化していく摩訶不思議な存在。


 スキルを持つ人間は現状千人程度しか存在しない。


  『スキル持ちしかモンスターを倒すことができない』


 この鉄則があるため、スキルを持つ人間のほとんどを冒険者に仕立て上げて、フル回転でダンジョンへ投入している。

 それでもダンジョンからモンスターから溢れそうになるのを防ぐので手一杯なのだ。

 

「危険なダンジョンから、冒険者を保護してもらいたいくらいなのに」


 結菜は、ポツリと呟く。


 凛々しくストイックな最強で無敵の冒険者というのが、世間からみた結菜のイメージだ。

 実際にそのイメージに恥じない働きをしている結菜だが、最近の冒険者批判の高まりにどっと疲れを感じてしまう時がある。


 それでも、結菜は地道にモンスターを討伐していく。その積み重ねがモンスタースタンピードの悲劇の再来を防ぎ、みんなを守ることになると結菜は信じているのだ。

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