第3話 如月家





「――それじゃあ今回の配信はこれで終わるね。もし時間に余裕があれば年越し配信もするつもりだけど、念のために言っておくね。一年間お疲れ様でした。それじゃあ皆、来年もよろしくね~。良いお年を~」


 :乙~

 :一年間お疲れ様~

 :こちらこそ来年もよろしく~

 :良いお年を!

 ・年越し配信期待してる!


 堰を切ったように流れ出すコメントに相好を崩し、カメラ越しに手を振りながら如月咲良は配信を切った。

 ほへぇ、と程よい疲労と達成感を含んだ吐息を零す。

 だらりとゲーミングチェアの背もたれに身を預けながら、ぼんやりとサブモニターを眺める。


 そこに映っているのは、自分と同じようにだらしなくゲーミングチェアに座るアニメキャラクター。

 桜色の髪の頭上には、毛先だけが黒い獣耳。

 赤のマフラーにやはり咲良色の和装と、桜色の尻尾を生やしている。

 とても愛嬌のあるデザインだった。

 

 何となく手を振ると、モニターのキャラクターも全く同じ動作をした。瞬きのタイミングすら同じだ。


 それもそのはず。

 目の前にいるキャラクター――双葉桜華は、咲良のアバターなのだ。

 

 つまり咲良はVtuberの中の人だった。

 それも今をときめく『プリズマアーク』という女性Vtuberタレントグループに所属するVtuberだ。


 未だデビューから半年にも関わらず、登録者数は五十万を超えており、同期の中でもトップを記録しているのは密かな自慢である。

 グループの恩恵を存分に受けているのは重々承知だが、それでも咲良が頑張った証には変わらない。


 今日は一年を振り返る雑談配信だったため、いつも使っているVRマシンはお休みだ。

 ヘッドホンをフックに掛けて、改めて一年を反芻する。

 すると、スマホからトーク音がした。


「うげ」


 母親からだ。

 要約すると『配信が終わったのなら降りて来なさい』というものだ。

 つまり配信を見ていたというわけであり、未だ身内に見られていることに不慣れな咲良は羞恥に悶えた。


 いや、母親の立場を鑑みれば当然なんだけども。


「……はあ」


 咲良はパソコンをスリープにして席を立った。

 非常に気は進まないが、夕飯を抜かれるのはしんどいので致し方ない。

 内心ひんひん嘆きながら階段を下りる。

 重い足取りでビングに向かうと、既に自分以外が勢揃いしていたので尚更しんどかった。


 普段ならこんな気後れすることはない。

 母親に祖父母を加えた四人暮らしのままなら、咲良も普通に入って行けるのだが、年末年始は叔父と従姉が帰省するのだ。


 ちなみに父親は離婚済みのため家にはいない。


 原因は浮気。咲良が最後に父親を見たのは、母親の血祭りワッショイにより下半身の何かがプチュリと潰され、ボロ雑巾のように打ち捨てられた姿だった。


 それはともかく。

 咲良は叔父と従姉が苦手だった。

 エリート思考・エリート主義・エリート街道まっしぐらな二人の怜悧な瞳が怖いのだ。


 あの目に見つめられると、どうしても心臓がキュッとなる。

 咲良は生粋のナードだった。


(なんだぁ? こっちは登録者数五十万の有名Vtuberぞ? 十五歳なのにしゅごい稼いでるんだぞお。来年は絶対百万行ってやるんだからなあ!)


 ――と言えば良いのだが、もちろんそんな度胸はない。

 咲良は内弁慶なのだ。

 クラスメイトと話すにも一苦労するレベルだ。

 最初の一言は、必ずどもる。

 リスナーの前でしかイキれないザコだった。


 そもそも苦手な相手だからと暴言を飛ばすのは普通にダメだし。


 そそくさと母の隣に座り、コタツの温かさに身を震わせる。

 テーブルには、ほかほかの年越しそば。

 でっぷりとしたエビ天もセットだ。


「「「いただきます」」」


 如月家の年越しは、他の家とは趣が異なる。

 粛々とした雰囲気から始まるのだ。

 咲良はこの空気が苦手だった。


 ちゅるちゅると麺を啜りながら、テーブルの脇を見遣る。

 そこには年越しそばではなく、焼肉と白米があった。

 が、それに手を付ける者はいない。

 代わりに手前には、咲良と同い年くらいの少年の遺影があった。


 二十年前。咲良が産まれるより前に事故死した母の兄――つまり叔父だ。

 その人は今日が誕生日であり、同時に命日なのだと言う。


 誕生日祝いと、そもそもエビとそばの両方がアレルギーというアンチ年越しそばみたいな体質のせいで、毎年焼肉を食べるのが決まりだったらしい。


 つまり今日は年末であり、故人を偲ぶ日でもあるのだ。

 それが尚更、咲良の居心地を悪くしていた。


 食事が終わると、ようやく砕けた雰囲気が戻ってくる。

 一年間こんなことがあったという報告と労い。


「ほう、楓はずっと学年主席だったのか。流石じゃな」

「……ありがとうございます」


 祖父の称賛に、ほんのり嬉しそうな従姉。

 クールな人だけど、この時だけは年相応に見えた。


「咲良は結構忙しそうじゃったな。配信? というのは良く分からんが」

「ん。でも、凄く楽しい」


 コクコクと頷きながら言う。

 半年前にVtuberとしてデビューした咲良にとっては、人生で一番大変な年だった。

 初配信の時、緊張のあまりオロロロロとゲロを吐き、初配信ならぬゲロ配信となったのはさておき。


 やり甲斐に恵まれた年でもあったのは間違いない。

 来年はそろそろ歌の方にも手を出してみようかな、なんて新年の抱負を抱いていると、


「フン、配信業などという安定しない職の何が良いのやら」


 眼鏡をクイッと押し上げながら従姉の父――慎一が吐き捨てた。

 冷たい物言いに咲良は縮こまった。

 同時に『ハゲろリストラに遭えバーカバーカ!』と心の中で罵った。


「兄貴のそういうとこ、ホント良くないと思うわよ。というか、私もVtuberだし、この子の事務所を起業したのも私なんだけど?」


 呆れながら母の三希が言う。

 そう、三希も他ならぬVtuberなのだ。

 同時にプリスマアークのCEOでもある。

 つまり咲良は超縁故採用だった。才能あったのでヨシ!


「上場もしているし、これから配信以外の仕事も入る。地に足の付いた生活は送らせるつもりよ」


 三希の苦言に心の中で『そうだそうだ』と同意する。

 同時に『ハゲろ』と神に祈り、『え? 配信以外もしなきゃアカンの?』と軽く絶望した。


 咲良は自分に甘く、優しい世界が大好きだった。


 ハードルとは即ち――――潜り抜けるもの。

 アンダースタン?


 ダメ? ……ダメかー。ひん。


「事実を述べただけだ。人気商売は旬が過ぎれば落ちぶれるだけ。過去の水準を捨てきれず破滅の道を辿った愚か者が何人いると思っている。その年から楽して金を稼げる感覚が備わると、将来苦労するのは咲良本人なんだぞ。お前はこの子が成人になっても面倒を見続けるつもりなのか?」


 え? 生涯脛を齧るつもりだが??? と咲良は思った。

 一人暮らしとか寂しいし。

 その後も三希と慎一のやり取りは続いたが、慎一の考えが変わることは無かった。


「はあ……こんな時に兄さんがいてくれたらなぁ……」

「何を言うかと思えば。例えあいつがいようと俺が意見を翻すことはない」


 母曰く、死んだ叔父――如月悠二が相手だと慎一も形無しなのだとか。


(次男に負ける長男ププ~)


 それが咲良のせめてもの抵抗だった。

 トイレ、と席を立ち、リビングを出た瞬間である。


 ピンポーン!


「――――」


 何というタイミング。

 咲良の顔が絶望に歪んだのは言うまでもない。

 コミュ障に来客の対応は、つらたんなのだ。


 念のためにリビングにいる面々へと振り返ったが、誰も心当たりは無さそうだ。

 慎一なんかは『こんな時間に非常識な』と憤っていた。興味なし!


 仕方なく。

 仕方なーく咲良が対応に向かった。

 内心ひんひんと悲鳴を上げながら玄関の扉を開ける。


 そこにいたのは、目を見張るほどの美少女だった。

 

 月明りに映える白銀の長髪。

 背中辺りでふわりと優しいウェーブを描いており、頭上には薔薇のコサージュをあしらった黒のカチューシャを乗せている。

 

 長い睫毛を上下に侍らせた大きな瞳は、神秘的なアメジスト。

 鼻筋の通ったメリハリのある鼻に、小さくもふっくらとした桜色の唇。


 こんなにも可憐な容姿をした人間と会ったのは、初めてだ。

 絶世の美少女というのは、きっとこういう存在のことを言うのだろう。

 佇まいにも気品があり、浮世離れした神秘的な雰囲気が少女の容姿を最大限に際立たせていた。


 ――が。


 それはさておき。

 咲良は混乱の真っ只中に遭った。

 めちゃんこ可憐な来客は良い。

 問題は、彼女がどこからどう見ても日本人ではないことだ。


(銀髪。銀髪て。アニメでしか見たことないがーっ!?? チチでっか! と言うか外国語とか喋れませんがーっ!!?)


 混乱の極地に達した咲良は、目をグルグルさせながら、

 

「ア、アイキャンノットスピークジャパニーズ!!」


 ――やっちまった。


「……イングリッシュでは?」

「――――!」


 案の定のツッコミに、咲良は奇声を上げた。

 ――ツカ、ニホンゴシャベレンジャンカーッ!



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