【短編】魔術師と剣士と迷宮と

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魔術師と剣士と迷宮と

白を基調とした清潔そうな部屋で、魔術師が負傷した冒険者を治療している。


「腕を繋いだ、具合を確かめて」


じっと治療の様子を見ていた男が、信じられないと言った表情で恐る恐る腕を治療台から持ち上げた。


「す、すげえ。お、お、動く!指も!治ってる!信じられねえ…!」


「うん、良さそうだ。何日かは様子を見て、なにか違和感が出たら報告を」


「ありがとうございます!この御恩は働きでお返しします!」



********



治療室を出た通路で、魔術師が冒険者のまとめ役と話をしている。


「3層の探索の調子はどう?」


「モンスターの手ごわさが段違いで。危険は大きいですが、稼ぎが倍近く違ってきますね」


「さっきのはコカトリスに腕を食い千切られたんだっけ?処置は良かったよ。腕を拾って持ってきてくれて。イチから生やすのは大変だ」


「へい。ご指示の通りに」


「うーん。手足が飛ぶくらいなら何とでもなるが、死なれると色々と手間がかかるな。蘇生の触媒代とかも要るし」


「…本当に、蘇生の魔術を使えるので?」


「もう何回も復活させたことがある。いまのところ失敗はないよ」


「すさまじい腕前ですな。蘇生の魔術を使えるのは魔術師の中でも一握りですぜ」



********



ダンジョンへ向かう道すがら、魔術師と剣士が連れ立って歩いている。


「うんうん。蘇生の魔術が使えると、随分と押し出しが利く。回復の魔術も練習しておいて良かった。目の前で腕を繋ぐところを見せれば信憑性がぐっと増す」


「…自分で試すようなやつは、お前以外には見た事がない」


横を歩く魔術師と出会った日のことを思い出す。

ギルド併設の酒場のカウンターで飲んでいた時の事だ。



――――――――

―――――

――…



扉を潜り、建物に入って来た瞬間に分かった。魔術師だ。


高価な装い。複雑な文様の織り込まれたローブ。

魔術の行使を補助する煌めく装飾品の数々。

何よりその身にまとう独特のオーラ。


(装備だけじゃない、かなりの魔力だ。腕利きだな)


冒険者の習性として身なりや振る舞いを観察しながら考える。ただの冷やかしか?なにかの依頼に来たのか?それとも、まさかの冒険者志望か?

 

ざわめいていたギルド内の喧騒がいくらか収まった。

自分と同じ様に値打ちを勘定しているのだろう。


魔術師というのは、とにかく金をもっているし、金になる。…腕があって、話が通じる、まともなやつなら。


受付まで悠然と歩いて行く。自然と人が避けて道を空けた。


暴力沙汰に慣れている冒険者が気圧されている。


不躾にならない程度に目鼻立ちを観察する。まだ若い。それに、恐ろしく整った顔立ちだった。造り物のようにすら見える。


辿り着いたカウンターで受付係と会話を交わすと、礼を言って振り返り、こちらのカウンターへ向かって歩き出す。


目線が合った。


(俺に用、か?)


「どうも。いまギルドにいる人間の中ではあなたが一番の腕利きだと聞いた」


凛とした、よく通る声。


面倒なやつがギルドに居ないか、さっと辺りを見回す。


「…剣に関しては。確かにそうだ」


魔術師は軽く頷くとローブの袖をめくって腕を突き出した。


「僕の腕を斬り落としてくれないか?ああ、礼は払うよ」


「あー…。頭は大丈夫か?」


「ん?頭は斬らなくても大丈夫だ」


「…そうか」


会話に聞き耳を立てていたギルドの職員が、血相を変えて駆け寄って来るのが視界の端に見えた。



********



「ここがダンジョンか、さすがに空気が澱んでるな」


「ダンジョン内なら刃傷沙汰が起きても大した騒ぎにはならん。…人死にが出なければな。この辺りは人通りも少ない」


「ふーん、なるほど。それじゃ、スパっと。よろしく」


「あ。斬る前にこれを刃に振りかけてくれ、浄化の聖水。処置はしてあるけど念のためにね。小さな悪魔が傷口から入るとあとが厄介だ」


手渡された小瓶を受け取る。話が本当ならこれ1本でも値打ちものだ。小瓶の周りに煌めく靄を見ると実際に何かしらの力がありそうだ。


鞘から払った剣の刀身へ慎重に聖水を垂らす。


「腕にもかけて、と。ここ、手首と肘の中間辺りで頼む」


ちょうどそのあたりに、目印のように紋様が浮かんでいた。


目測をつけながら剣を構える。白磁の陶器のような腕だと考えながら、一太刀で断ち切った。


ぼとり。と音を立てて床に腕が落ちた。血は噴き出なかった。代わりに淡く揺らめくような光が断面を包んでいる。


(止血と鎮痛の魔術か、見事なものだ)


腕を落とされた魔術師は涼しい顔で落ちた腕を拾い上げた。


「断面が綺麗だ。よく切れる得物で、腕が立って、そのうえ太刀筋にまったく迷いが無い」


「…そうか」


魔術師は拾った腕の、切断面同士を合わせている。


「何度か人を斬った経験がありそうだ」


魔術師はどうやら返事を求めているわけでは無く、自問自答しているだけだと気付いて今度は口を開かなかった。


「ええと、模様の位置を正確に合わせて。順番に…」


腕の合わせ目から魔術行使の兆候が現れた。炎のように強く煌めく光が零れ落ちる。


「血の管を繋ぎ、骨を接ぐ、肉と筋を合わせ、神経をより合わせる…」


光が重なり合って収束し、輪になってゆるやかに傷口へと吸い込まれていく。


「あとは皮についた傷を塞げば処置は終わり、と」


魔術師が指先で傷をなぞると、後を追うようにして光が走り、傷が消えていった。


処置を終えたのか、感覚を確かめるように腕を曲げ伸ばしし、手を握ったり開いたりする。


(繋いですぐに動かせるのか、信じられん技量だな)


「よし、完治した。あとは経過の観察だな」


繋いだ腕で、流れるような動作でローブの袖を払う。


「良い腕だ。これは後払い分の報酬」


薄暗い迷宮内であってもくすむことのない、陽の光に照らされた麦穂のような輝きを持つ貨幣が指先に挟まれていた。


「事前の約束より多い」


「間違えてはいないよ。見事な剣の腕に対してだ」


「余分には受け取れない」


「律儀だね。ではこれを」


繋いだ方の腕で白銀色の貨幣を取り出すと、指で弾いて寄越した。空中でつかみ取ると、さっと改めてから懐に収める。


「今後も、ちょっとした仕事を頼んでも?」


「報酬次第だが。なぜ俺に?」


「えーっと。腕が立つ、気が回る、余計な質問はせず、報酬に関してもキッチリしている」


「納得した。今後ともよろしく―――


「それじゃあ、今からダンジョン潜れる?」



********



金属的な鳴き声、ごわついた毛皮、黄ばんだ前歯。俊敏な動きで大ネズミが飛び掛かって来る。


『エナジーショット』


魔力の球体が飛翔して大ネズミの頭を吹き飛ばす。


牛のような太い鳴き声、湿った表皮、ギョロついた眼玉。大カエルの口からよく伸びる舌が飛び出して来た。


『エナジーショット』


魔力の球体が飛翔して大カエルの頭を吹き飛ばす。


ぬめぬめとした体液に覆われ、壁を這い回る粘着質な体、大ナメクジが酸を吹き出そうと身を撓ませる。


『エナジーショット』


魔力の球体が飛翔して大ナメクジの頭を吹き飛ばす。



ついさきほど腕を繋ぐような高難度の魔術を行使したにも関わらず、魔術の精度、威力共に一級品だった。


「攻撃に使える魔術はまだこれしかないんだけど、威力は申し分ないね。もうすこし魔力を絞っても十分かな?」


「…低階層のモンスターから取れるのは肉や皮だが、質が低く、殆ど価値は無い。駆け出しが小遣い稼ぎに持って帰る位だな」


「ふんふん」


「いくらか値のつくものは魔石だ。たいていのモンスターは、心の臓のあたりに魔石がある」


「なるほど」


袖からナイフをとり出すと、薄汚れた迷宮の床にしゃがみ込み、大ネズミの死骸をひっくり返してあばら骨の下へと差し込む。


造りの良いものなのか、それなりに強度のある獣の毛皮が、まるで熟れた果実の皮のように裂けていく。出来た裂け目の中へと肘まで腕を突っ込み魔石を取り出した。


「うーん。さすがに小粒だね」


「低階層のモンスターだとそれくらいの大きさのものが多い。いい腕をしている、一撃で仕留めたから石が力を保ったままだ」


「ところで、大ナメクジの心の臓ってどこにあるの?」


「…ああ。およそ体の中心部のあたりだ」



********



あっという間に、持ち込んだズタ袋の中身が小粒だが輝く魔石で一杯になった。


「低階層は稼げないって聞いてたけど、なかなか悪く無いんじゃないか?」


「…普通は、こんな速度でモンスターを倒せないからな」


「ところで、ここの迷宮ならどこまで潜れる?」


「事前に準備をすれば、深部までは潜れる」


「最深部までは無理?」


「剣が効かないモンスターが出て来る」


「そのモンスター、魔術は通用する?」


「…火か光の魔術が特段に効く」



―――

―――――

―――――――…



「いやー、ダンジョン最深部は奥が深い。あんなに大きなドラゴンがいるとはね。ずいぶん窮屈だろうに」


魔術師の白い肌は黒く煤けていたが、傷一つなかった。


「…危うく、丸焼きになりかけた」


「護符がきちんと働いたから防げた」


ローブの懐から取り出した護符が、力を失いボロボロと崩れ形を失っていく。


「…まあ、もう一度ブレスが来たら防ぐのは難しかったけど。とにかく、なかなかの収穫があった」


魔術師がドラゴンの体内から取り出した巨大な魔石を掲げ持つ。形状は均質で磨き上げたような球体。宝玉と呼べる美しさを持つ、高価で貴重なダンジョンの産物。



―――

―――――

―――――――…



人相の悪い男3人が、青ざめた表情で並んでいる。


「復活おめでとう。さっき絞首刑を受けたばかりだから、いくらか混乱しているかもしれない。死ぬ前に交わした契約の通り、蘇生の魔術の実験台にさせて貰った」


男たちは縄に縛られたままの手で、首のあたりをしきりに擦っている。


「取り決めに従って君らの身柄は僕が貰う。復活に使った触媒の代金と、蘇生の魔術に対する、いくばくかの技術料を払えば解放してやる」


混乱と疑問と恐怖を浮かべた6つの眼球が魔術師を見ている。


「ちんけな賊に過ぎない、君らに支払える額で無いことは承知している。稼ぐ手段はこちらで用意する。迷宮探索だ」



********



「こちらは用意した指導役。凄腕の剣士で迷宮探索の熟練者。ああ、人斬りにも慣れている」


「後方支援役には僕がいる。凄腕の魔術師だ」


「すでに知っての通り、外れた首の骨を接いだり、伸びてしまった首も問題なく元に戻せる。手足が千切れても、臓物が零れても、問題なく治せるから安心してくれ」


「もし命を失っても、蘇生の魔術をかけてやる。その場合は追加料金を払うことになる。触媒もタダでは無いのでね。死なないように気を付けて」


魔術師の話を聞いているうちに、男たちの頭に早まっていたのではないかという疑いが浮かび始めていた。首吊り縄を前にした焦りと死への恐怖で、判断を間違っていたのでは無いかと。


「それからこれは、君らと交わした契約書だ。呪いを封じ込めてある。逃げたり逆らったりしたら、死ぬより酷い目を見ることになる。自分で言うのもなんだが、蘇生の魔術を扱える魔術師が言うんだから、実に説得力があるね」


魔術師が契約書を取り出してみせる。上等な羊皮紙。血で記した署名。下地に複雑精緻な魔方陣が描かれている。魔力の込ったインクからは妖しい光が放たれ、脈打つようにゆっくりと明滅していた。男たちの中で疑惑が確信に変わった。



********



短槍に皮鎧、低階層に潜る冒険者として一般的な装備を身に着けた男たちが剣士の前に並んでいる。


「なるべく一撃で仕留めろ。その方が魔石の質が保たれる。体が傷つくと魔石にため込んだ力を回復に使う」


剣士が男たちを前に、首を落とされた大ネズミの亡骸を剣の切っ先で示している。荒れ事に慣れた男たちですら身震いするような鋭い視線が飛ぶ。自分が言ったことを理解したか、と。


3人が揃って首を縦に振った。



********



1日かけて、ズタ袋いっぱいに魔石が詰め込まれた。疲労困憊して座り込んだ3人の男がぼそぼそと話し合っている。


「槍も鎧も軽いのに頑丈だ。下手な金属よりもかてえんじゃねえか」


「穂先の鋭さときたら、獣の毛皮をボロ布みてえに抜いちまう」


「鎧は爪も牙も通らねえ、酸も効かねえ。…これなら気張ってりゃ、もういっぺん死なずに済むかもな」



********



『ウォーターボール』


魔術師の前に一抱えほどある水の球体が作り出された。


「清浄、治癒、活性っと、こんなものかな。適当に汚れを落として。喉が乾いてたら飲んでも良い」


「おお、冷えてる。ありがてえ」「う、うめえ!」「なんだ、疲れが抜けていく…?」



「さてさて、3人には稼ぎに応じて報酬を渡す。例の借金を差っ引いた分だ。酒を飲んでもいいし、女を買ってもいい、使い道は自由だ」


小さな革袋が配られる。縛り首の元賊に対しては破格の扱いといってよい。中身を見た男たちが色めき立つ。


「肩の力は抜いてもいいが、羽目は外しすぎるな。犯罪を起こしたり、僕に面倒をかけたりしたら吊られた時の感覚を再現してやる。感覚だけだから何度でも味わわせてやれるぞ」


じんわりと嫌な感触がしてお互いに顔を見合わせる。縄の形をした痣がぐるりと一周、首を這っていた。脳裏に生々しい記憶が蘇り、3人の顔から血の気が失せた。



********



「魔石も金も欲しいが、体は一つで時間は有限だ。あの3人が上手く行けば、人数を増やして稼ぎを増やす」


「…そうか」


「一緒にダンジョン最深部まで潜って、ドラゴンにローストされかけた仲じゃないか。もう少しくらい僕に興味を持ってもよくは無いか?」


「興味はある。だから、こんな面倒な仕事を受けている」


「あれ、そうなの。ところで『転生者』って知ってる?」


「…テンセイシャ。聞いたことはないな」


「『空から落ちた者』のことを、僕の生まれた土地ではそう呼んでいたんだ」


大地で生まれた者たちは、死んでしばらくすると空へと昇る。時たま地に落ちるものがおり、そうしたものは死する前の意志を残していることがある。この辺り一帯での、一般的な死生観。


「そうか。俺は東方の生まれだ」


「いいね。仲を深めるにはお互いのことを知るのが一番だ。…僕の生い立ちの話は長いけど、聞いてくれるかい?」


「…別に構わんが」


「本当に?いいの?やったね!」



◆◇◆

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