ゼンの職場はブラックである

幽美 有明

温かい家庭

 年の明けた2025年。年を越して一家団欒を楽しむ家族が多い中、とある一家は慌ただしく動いていた。


「ほら、ゴミかたずけないと!大掃除終わってないのよ!」

「もうあきらめようよ、大掃除って年を越す前にする行事じゃん。手遅れだよ」

「そんなこと言って去年もしなかったんでしょうが!」


 炬燵に寝転ぶ男性と、そのそばで掃除機をかけている女性。夫婦である二人は年明けから喧嘩をしている。

 旦那さんである男性は面倒くさがり屋で、首まで炬燵に入ったまま動こうとはしない。奥さんの方は、今年こそは大掃除をしようと動いている。

 騒がしい夫婦の間に割って入る動物が一匹、この家に就職したネコ。名前をゼンという。

 ゼンの仕事は、夫婦が喧嘩した時の仲裁である。いわばネコのサラリーマンだ。職場はこの家である。

 多くの人間が休む年末年始でも、猫に休みは訪れない。年中無休のブラックな職場なのだ。

 ゼンは炬燵の上に昇り、置いてあったみかんを転がし始める。


「こらゼン、食べ物で遊んじゃダメでしょう」


 奥さんに怒られたゼンは、聞こえてない風にみかんを転がし炬燵の上から落とした。

 落下した先は旦那さんの顔の上。だらけていた旦那さんにみかんが直撃した。


「痛っ!」

「ほら、ゼンに動きなさいって怒られてるわよ」

「ゼンにまで怒られちゃ、動くしかないか」


 喧嘩の仲裁と旦那さんを動かすことに成功し、ゼンの任務は無事完了した。

 掃除を始めた夫婦、その間ゼンは何をしているかというとゴロゴロしていた。

 あくまでもゼンの仕事はけんかの仲裁なので、後はだらだらしていてもいいのだ。


「おーいゼン、そこ退いてくれないか?床拭けないんだよ」


 奥さんに床掃除を頼まれた旦那さんはゼンが邪魔になったので声をかけた。だがゼンは動く気配がない。そもそも、ゼンは今だらだらする仕事中。動くつもりは最初からない。


「動かないと、ゼンの事モップにして掃除しちゃうぞ。いいのか?」


 ゼンは脅しには屈しない。誇り高き社畜のゼンに仕事を放棄すると言う考えはないのだ。


「ほんとにやるからな」


 旦那さんの二度の警告を無視したゼンは、旦那さんにモップにされた。長毛種のゼンは床に落ちている埃をからめとって、床を綺麗にしていく。


「あなた何してるの⁉」

「いや、ゼンが動かないからそのままモップにして掃除してる」

「掃除してるって、ゼンも何でされるがままなのよ」


 夫婦が喧嘩し始めた予兆を感じたゼンは動き出す。立ち上がったゼンは何食わぬ顔で餌を食べに行く。だが立ち上がった全を見て奥さんが悲鳴を上げた。


「ゼン動いちゃ駄目!片側凄い汚れてるから、ゴミまき散らさないで―!」


 止まれと言われたら、止まらないのが猫である。捕まえようとする奥さんから逃げ回り、奥さんが疲れたところで餌を食べる。

 ゼンと奥さんの追いかけっこによって、部屋はまた埃まみれになった。

 夫婦は大掃除を諦めて仲良く炬燵で温まる。


「もーつかれた。今日はここまでにする―!」

「結局、少ししか掃除出来なかったな」

「なんか去年もこんな感じだったよね」

「ゼンがきてからは毎年こうだよ」

「ゼンが来るまでは喧嘩ばっかりしてたし、一時期離婚も考えたのよね」

「え?」

「今はそんなことないけど」

「恐ろしい言葉が聞えた気がしたけど?」

「終わったことなんだから、気にしない気にしない」


 餌を食べ終わったゼンは、のそりのそりと炬燵の上に寝そべる。


「そう言えばまだ言ってないことがあるんだけどさ」

「離婚の後に言ってないことがあるとか言われると、恐怖しかないんだが?」

「子供出来ちゃった」

「子供って、ゼンお前妊娠したのか!?どこの野良猫が相手なんだ!?」

「ゼンはオスなんだから妊娠するわけないでしょ」

「じゃあ、誰が妊娠したんだよ」

「私がしたの」

「え?」


 ゼンは立ち上がって歩き、奥さんの顔を舐める。


「ほらゼンは祝福してくれてる。貴方はしてくれないの?」

「おめでとう!いや、ありがとう!そうかついに子供が!」


 ゼンがこれまでしてきたことは無駄ではなかった。ついに仕事の成果が表れたのだ!しかしゼンの仕事に終わりはない。これからもこのブラックな職場で働いていくのだ。これからは新しい家族と共に。

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ゼンの職場はブラックである 幽美 有明 @yuubiariake

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