そんなこと、 気にしないでっ。

@0yayubi_4yaburi

そんなこと、気にしないでっ。

路地裏でうずくまっていた寂しい僕に、彼女はそう言いました。うちだってたくさんダメなところも、顔にコンプレックスもあるしー、と。見ると彼女は美しい横顔を持っていました。まるで、今まで数年付き合いがあったかのように、それはとても妙なのかもしれないのですが。そんなことないよ、綺麗だよ。と返しました。僕の顔は、どんなんだっけ。でも、あなたの方が美しいから。



重い脚で狭いアパートに帰って、つまらない飯を食い、バブをいれてもつまらない風呂に入り、眠剤を飲んで、冷たい布団に潜った時、世界は広いと感じました。なにせ、あの美しい横顔をもった彼女ですらコンプレックスがあるのですから。たしかに、彼女の顔は人とは違う点がありました。しかし僕の目には美しく映るのです。それはまるで蚕が繭を破って出てくる時のような、そんな感じです。彼女の美しい顔を思い出すだけで、ずんと瞼が重くなりました。彼女がいるだけで、つまらない世界は彩られる気がする。と、最後に考えたのは、そんな感じだった気がします。それは、本心だと、そんなことを思ったのか夢の中で唱えたのか、気づいたら朝になっていました。

そして朝のルーチンワークが始まります。




あのね、現実じゃないよ。


目のいい彼女は言いました。


聞こえてる?


うん、聞こえてるよ。それでね、知ってたよ。

と、僕はそう答えました。こんな美しい人が、この世の中にいるはずないですから。しかし僕は彼女を失うのが、もう怖いのです。もう少しそばにいてくれないかな?なんてことを、気づいたら口にしていました。



ふふ。

まぁ君次第かな。



もうそれはそれは安心して、安心して、僕の世界は、また彩りが戻ってきました。すーっと。それは、文字では表せないような、不思議な感覚なのです。暖かくて、暖かくて。僕は、知らないうちに彼女を家に配置していたようでした。狭いアパートが暖かくて、離れたくなくて、しかしスマートフォンは意地悪なので、月曜日の8:00を示していました。


ため息ひとつ。


じゃあ、僕は行ってくるから。


うん。あのね、早く帰ってきて欲しいの。


もちろんだよ。


へへへ。嬉しい。



彼女は、笑うと顔がくしゃくしゃになるようでした。おそらく、目が良いためでしょうね。そこが美しくて、可愛く思います。


その日は、いつもより頑張って働けました。いつもの数倍の仕事をしました。先輩に、妙にやる気がァ、あるじゃないか。なんだ?彼女か?やったなァ。これから頑張れよ。なんて言われて、照れてしまいました。実際僕らは付き合っているのでしょうか。しかしそんなことは、気になりません。朝からずっと、家は暖かいのです。僕の人生はやっとまた、彩られてきたのです。さっさと帰宅しました。それはそれは、とてもとても急いで、いつもより早く駅につきました。残念なことに、少し長くトイレに行っていたら、予定より遅くなりましたが、しかしいつもより一本早い電車に乗れました。いつもより、早歩きだったと思います。ドアを開けるのが楽しみでなりません。呼吸がずっと荒いです。


ただいま。なんて初めて言いました。おかえり。なんて初めて言われました。急いで来たのもあって、胸がバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバクバク


ストップ。大丈夫?呼吸して。




ふふふ。




嬉しさのあまり、僕は涙が出ていました。やっと呼吸をしました。気持ちがいい。それは本当に気持ちがいいんです。呼吸って素晴らしいと実感した瞬間でした。役に立たないくらい小さいキッチンの前で、僕は座り込んで彼女に介抱してもらっていました。


まるで妖精のようだね、HPを回復するタイプの。


デショデショ。でもあなただけにしか、使えないの。


嬉しいことを言ってくれるね。


喜ぶことじゃ、ないでしょう。笑
































だってさ、



これは現実じゃないのよ。

































久しぶりに鏡を見ました。


僕の顔は、こんなに歪んでいたっけ。こんなにクマがあったっけ。こんなに歳をとっていたっけ。




ぐちゃぐちゃにおかれた、眠剤の包装シート。水で洗われたり、燃やされたりしているチャック付きポリ袋。折り目がついたアルミホイル、ストロー、道具。抜けた髪の毛。ガムテープが貼られた鍵穴、コンセントの穴。剥がされた壁紙。解体された腕時計。アルミホイルが巻かれたWi-Fi。あらゆる洋服に、ぐるぐるに包まれたスマホ。


スマートフォンを起動させると、やっぱり意地悪なので、水曜日の21:52を示していました。先輩からメールがたくさんきていました。要約すると、僕は元から使えないやつだから、今まで大目に見てやったけど、もう許さないと。そんなことが、書いてありました。










ねぇ、また会いたいよ。

あのバクバクを、味わいたいよ。





妖精さんに、会いたい。

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