第2話 天使の逃避行①


 莉愛がゆっくりと目を開けた瞬間、その瞳には信じられないほどの驚きが浮かんでいた。

「どうして…」

と小さな声でつぶやきながら、彼女は周囲を見渡し始めた。


 僕も彼女の視線を追うように辺りを見渡す。そこに広がっていたのは、荒れ果てた風景だった。枯れ果てた草原がどこまでも続き、空はどんよりとした灰色に染まっている。

 莉愛はその光景に目を奪われながら、明らかに混乱していた。彼女の肩越しに見えるその姿は、どこか無防備で、いつもの彼女らしくない弱さが感じられた。


 しばらく辺りを見渡していた莉愛は、ようやく僕の存在に気づいたようだった。そして、信じられないものを見るような目で僕を睨みつけながら言った。

「なんであんたまでここにいるのよ?」


 僕は戸惑いつつ、

「いや…そんなこと言われても」

と苦笑いを浮かべながら返事をした。しかし、目の前の莉愛から目を離すことができなかった。いつもの莉愛とはまるで違う。純白のローブに包まれ、背中には小さな羽根がふわりと揺れている。彼女のいつものギャルっぽい見た目とのギャップに、僕はただただ見とれてしまっていた。

 そんな僕を見て、莉愛は眉間にしわを寄せながら言い放った。

「あんた、なにずっと見つめてんのよ。キモいんだけど。」


 その言葉に、僕はハッとして冷静さを取り戻した。そうだ、見た目が変わっても中身はいつもの莉愛さんだ。そう思うと、何だか少し安心した。

「いや、でも莉愛さん、その…天使みたいな羽根が生えてるんですが…」


 僕の言葉に、莉愛は一瞬

「え…?」

と小さな声を漏らした。そして、恐る恐る自分の手のひらを見下ろし、次に腕、胸、脚へと視線を移していった。そして最終的に、腕を後ろに回し、背中に生えている柔らかな羽根に触れた。

 その瞬間、莉愛の顔はみるみる真っ青になった。そして、慌てたように背中の羽根を力任せにしまい、さらに胸元を両腕で隠しながら叫んだ。

「見ないで!」


 僕は完全に困惑していたが、落ち着きを装って口を開いた。

「いや、莉愛さん、綺麗ですよ…」

 すると莉愛は一瞬硬直し、次の瞬間には顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。

「いや、そういうことじゃないから!」


 そのときだった。遠く、城――いや、古城のような場所から、甲高い警報音が鳴り響いた。その音は、まるで異世界の機械が放つような不思議な響きをしており、

「侵入者発見!」

という無機質な声が街中に響き渡った。

 その警報を耳にした莉愛は、一瞬表情をこわばらせ、

「やばい。気づかれてるかも」

と小声で言った。

 僕が状況を飲み込めず困惑している間にも、莉愛は迷う様子も見せず、決意したように足を少し曲げた。そして、そのまま力強く羽根を広げ、一気に地面を蹴ると、ふわりと空中に浮かび上がった。

「ちょ、待って! 置いていかないで!」

 この奇妙な場所で、ただ一人で取り残されるわけにはいかない。僕は焦りのあまり、飛び立とうとする莉愛の太ももに飛びついた。


「はぁ!? あんた何やってんのよ!」

 莉愛は怒りをあらわにしながら僕を振り払おうとしたが、既に高度をどんどんと上げていた。僕は空中で放り出されるわけにはいかず、必死で彼女の太ももにしがみついた。このまま離したら、死ぬ。それだけは確実だ。

 それにしても、莉愛の太ももは驚くほど柔らかく、ほんのり甘い香りが漂っていた。僕は死の危険を感じつつも、こんな状況でさえ、妙な幸福感に包まれていた。そしてふと思ったのだ――変態とは、こんなにも偉大な存在なのだと。


 莉愛は顔を真っ赤にして叫びながらも、高度をさらに上げていった。

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