フィルムルージュ

芹沢紅葉

第1話

 よー、おっちゃん。タバコの売れ行き上々じょうじょう? あ、聞いちゃダメだったっけ。うわ、いきなり帰れとか酷いなぁ。こんなあからさまに潰れそうな店使ってやるのなんて俺くらいなんだからさぁ。そうそう、俺明日引っ越しするんだよね。だからちょっと話聞いてよ。そんなつまらない話じゃないからさ。常連の頼みってことで、な?

 流石さすがおっちゃん、耳を傾けるくらいはしてくれるんだ。とりあえずセブンスター、カートンで一つ頂戴ちょうだい。何でかって? んー……、タバコ作んの、これで。バラして紙で巻いたら出来るじゃん? ……いやいやなんか悪いことしようってわけじゃねぇよ。しがない売れ行き不調バンドマンのたわむれだって。……あぁ、なるほどね。一応不可能じゃないんだ。この一箱は失敗した時の保険ってかけとかないとさ。

 なんでいきなりタバコを作ろうとしたかって? それにはふかーいわけがあんの。俺、先月まで彼女がいたんだけど……そうそう、高校二年の頃からか付き合ってたあの子。四年付き合ってフられた。

 理由は特に珍しくもなんともねぇよ、お互い気持ちが冷めたってだけ。沢山女遊びしてたけど、ここまで続いたのは驚き。浮気しても文句言わなかったし、いい女だったよ。アイツ実家よりうちにいたから、半分同棲どうせいしてたようなもんだし。そう、今の家賃二万のアパート。ああ、それで昨日、家の掃除してた。引っ越しの準備ついでに色んなの捨てようと思って。そしたらあいつのものさぁ、化粧品もアクセもなーんも出てこなくて。……ちょっとおっちゃん、つまらなそうに新聞広げないで。荷物まとめて出て行ったけど、女に愛想つかされたらそんなもんなのかな。最後もあっさりしたもんで、もういいやって感じだったんだ。

 高校の頃からかバンドマンになるって決めてたから、その頃にはタバコだってピアスだって染めだってしてたさ。色んな楽器に打ち込んで、そんな俺が好きだって告白してきたのはあいつなのに未練みれんの一つもないとか、余程愛想つかされたのかな。別に泣いてねーけど、いないといないで色々思い出すんだ。家に帰ったらいつもベランダで月を見てた横顔とか、俺の帰りにすぐ気が付いて寄ってきたり、名前呼んだらひょっこり顔を出して笑うところとか、構ってやるとすぐ眠くなって体を丸めたりしててさ。多分あいつうさぎかなにかだったんじゃねぇの。

 まぁ、嫌いじゃなかったんだけど、今でも思い出すのはやけに赤い口紅くちべにかな。可愛い顔立ちしてんのに口紅は真っ赤なんだぜ。俺は化粧品つくの嫌だったし、アイツはタバコ嫌いだから付き合ってからもキスだけは嫌がられて、したことなかったんだけど。俺としては女なんていっぱいいたから、別にキスくらいで文句は言わなかった。あいつもな。そういう暗黙の了解は付き合い始めてすぐにできて、それを四年間貫いた。いや、本当に俺ら恋人同士だったんだって。

 それで、まぁ話を戻すけどさ。掃除してて、俺の写真が出てきたんだ。初めて俺が東京にライブしに行った時の。アイツもついてきてくれた時のがさ。現像してたんだなーって思って中をみたら全部の写真に俺ばっか映ってるんだぜ。どんだけ俺のこと好きだよって思いながら五十枚以上はあった写真に、一枚だけ二人で撮った写真があった。相変わらず真っ赤な唇だったよ。薔薇ばらみたいな色しててさ。それがこれ。いかにも友達ですって雰囲気だしラブラブって感じじゃないけど、これ見てさぁ、あー一回くらいキスしときゃよかったなぁって思ったんだよ。いい女だったよなー。マジ勿体ねーよ俺、って今更気がついたわけ。

 だから、この写真でタバコ作りたいんだよ。あの真っ赤な唇を煙と一緒に取り込むの。フィルム越しのアイツに初めてのキスをするより、なんかロマンチックだろ? え、女々しい? 止めてくれよ、傷口広げないで。フィルムが溶けるし体に悪いのは分かってるよ、でも俺バンドマンだし平気だって。

 でももし成功してその写真タバコが吸えたらさ、終わった愛でも俺のものにできそうな気がするんだ。じっくり味わおうかな。失敗を忘れるためのタバコじゃなくて、思い出として覚えとく為にさ。

 それじゃあ、おっちゃん。元気で。話聞いてくれてありがとな。なにも上手くいかなかったけど、俺、あっちでは気分変えて、なんとかやってくよ。


(END)

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