第2話
ひび割れた蛍光面、筐体もそこかしこが破損しているブラウン管テレビ。隣には廃棄される予定のテーブル筐体が我ここに在りといった風情で大きく場所をとっている。その脇でケイタは埃まみれの床に人差し指を突っ込んでうんこ模様を描いていた。なかなかに上手い。
秋も深まる今日は中秋の名月がどうやら見れるらしい。
残暑が残るこの季節に四十三歳のおっさんと十二歳の小学生は会社と学校に嘘をついてここに集まった。
「腹減ってないか……?飯まだだろ」
「う~ん。そうだね……まぁまぁかなぁ」
俺の問いかけにケイタは空返事で答えながら懸命にうんこを描き続けている。
そんなに楽しいか。
昼前にここに集まったことに特に意味はない。
明日ここが取り壊される。
正確には取り壊しの工事が始まるのが明日からだというのをケイタがどこかから聞きつけ、最後にふたりで集まろうと言い出した。
小学生の思い付きだし四十三歳の俺が会社を休んでまでここに来る理由なんて本来ないはずなんだが、なぜか俺は咄嗟にOKを出してしまった。脳が残暑でイカレちまったのか。
もちろん店主の爺の許可はない。不法侵入だ。
「じゃあ、適当になんかコンビニで買ってくるぞ。いいな?」
俺の提案にケイタは肯定も否定もせず、う~んだのなんだの言いながら巨大なうんこの制作に取り掛かろうとしていた。
些事を気に掛けないこいつは将来もしかしたら大物になるのかもしれない、などと頭の片隅で考えながら俺はケイタが見つけた裏口を通って外へ出た。
十五分ほどして俺はおにぎりとサンドイッチなんかを詰めた袋を手に廃れたゲーセンに帰ってきた。俺が将来性を見込んだ画伯はうんこを描く事に飽きたのか、廃棄予定のテーブル筐体の上で足をぶらぶらさせながら座っている。
「あ、おっさん遅いよ」
「だから、おっさんて呼ぶなっていつも言ってるだろ」
このやり取りも何度目になるだろうか。
「ほら、好きなの取れ」
そう言ってケイタにコンビニの袋を手渡すと、年若いちんちくりんのガキは嬉しそうにおにぎりとサンドイッチと緑茶のペットボトルを取ってそれらを筐体の上に並べた。
「ねえ、おっさんはなんて言って会社休んだの?」
「ん、あ、いや、あの……忌引き」
親戚の爺が死んだことにして二日休むことにした。
「きびき?なんじゃそりゃ。おれは腹痛いって言って学校休んだよ」
単純な理由だなぁ。俺も腹痛で会社休みてぇよ。
声のトーンが低い上司に捻りだすように嘘を並べ立てて休んできたってのに。
っていうか何やってんだろ、俺。
けれど、心にわだかまりはなかった。
なんの目的もなく、ただゲームセンターで知り合った生意気な小学生と密会する。
ただそれだけのために嘘をついて親戚の爺まで抹殺したのにな。
冷静に我に返ると少し後悔が混じるような気もするが、それでも清涼な心地よさが勝るのはなぜだろう。
なぜだろう。
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