第5話

文庫の文字を必死に追うけど、だんだんと外の声がたたみかけてくるかのように聞こえてくる。




「玄関の絵見た? なんでずっきー先輩があの鳥女の絵なんか描いたの?」

「知り合いなのかな。あいつブスのくせに男好きだし」

「ブスのくせにあんな綺麗に描かれてさ、調子乗ってたりして」




陰口にもならない。だってわざと聞こえるように話してくるんだから。


気が散る。同じ文章から進まない。立ち止まる。そう、わたしはあの日から動けずにいる。



「でもさ、タイトル見た?」



それはうわさ話を愉しむように弾んだ声をしていた。



「見た見た、ぴったりだよね」



とうとう文庫の文字がひとつも見えなくなる。


代わりにさっき見た、天才の名前の横に並べられた‟ぴったり”らしいタイトルが脳裏に浮かんだ。




「【飛べないつばめ】でしょー? さすが絶対零度人間だよね!いくらなんでもひどすぎー!」




あの天才がなんでわたしのことを描いたのかも、なんであんなところに飾られたのかも知らないけど……


冗談じゃない。高校2年なんだからあの事件のことは知ってるはず。わたしのことが嫌いなら相当な嫌がらせだ。



文庫本をパタンと閉じ、椅子の脚を足の裏で蹴りおしりを持ち上げる。


教室に入った時と同様、クラス中の視線が突き刺さる。その誰とも目を合わせずに教室を出た。

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