第2話 転生という名の悪行 〈2005〉
私は今、海を目指して車を走らせている。
親戚に譲ってもらった十年落ちの日産マーチは今日も元気に動いている。
恋人にはメールで別れを告げた。
理由はよく聞く性格の不一致、本当のことを話すわけにはいかないので、我々なんかズレてるみたい――とそんな理由でまとめてみた。
問題はこれで別れが成立したかどうかだが、恋人というのは双方の合意があって成り立つもの、私がそれを否定した時点で二人はお
これで我々、赤の他人でいいだろう。
「……にしても、いつまで鳴らすつもりかな」
さっきから携帯電話が助手席でずっとブルブル震えている。
画面を見ずとも相手はわかる。あんな形で一方的に別れを切り出されたわけだから、言いたいことがきっと山ほどあるのだろう。
しかし私は電話に出ない。運転中の通話について、最近罰則が厳しくなったというのもあるが、すでに終わった別れ話を蒸し返されては困るのだ。
話の流れで
だからこれで君とは終わりだ。さらば恋人よ、君は今世で幸せになれ。
唐突な別れとなったが心はあまり痛まなかった。相手に対する情の薄さが救いになったということか。ただ同時に思いもする。もっと愛が深ければ、それが私を現世につなぐ
キャンパスライフをともに楽しみ、結婚、子育て、そんな未来もあったかもしれない。しかしすべてはもう遅い、二人の道はもう二度ときっとこの先交わらない。
無職、未婚、恋人なし、これでひと
途中下車ならお早めに、
車のラジオからは、確か春ごろよく聴いた宇多田の歌が流れている。
なあヒカル、私の願いが叶う頃、泣くのはいったい誰だろう。
「……一番はまあ、母親かな」
友人や恋人なんてものは、環境と連絡先を変えてしまえば案外簡単に消えてしまうものだ。そうして時が経つにつれただの他人に変わってしまう。
しかし親はそうもいかない。大半の親というものは、多少子供が壊れても愛することをやめないものだ。うちの親はどうだろう、父はどこかで見切りをつけるか、しかし母は――
そんな私のマイナス思考を邪魔するように、最後のサビが流れてきた。
「うっさいな、このクソ映画の主題歌」
私は得意の
UTADAはすでに歌っていない。今はKODAが歌っている。日産マーチは海岸線を安全速度で走行中だ。
十五分ほど走ったところで私はマーチをコンビニに停めて眠気覚ましにコーヒーを買った。
白いシャツに白いズボン、白いスニーカーでキメた私は、黒ずくめとは別の意味で不審な人に見えなくもない。
これも慣れていかなければ。
羞恥心を持ったままでは、たぶん私はストレス死してしまう。強くならねばならない、この程度では何も感じないように。
己の二度目の人生のために、私はこれより奇行に走る。失うものは多いだろう、そしておそらく得るものはない。
人生が二度あれば――これがそいつを願った者の末路だ。
事を成したその時に今の自分は破滅する。いいや自分だけではない。親しい者をも巻き込んで今世の私は破滅する。
それが罰だ。踏み込んではならない領域に立ち入った者への罰なのだ。
転生は、生への冒涜だ。
本来叶うべきではない、叶ってはならない夢なのだ。そうでなければ人は己を愛せない、人は
私は今世を蹂躙し、己一人で来世へ逃げる。ゆえに私は苦しまねばならない。私が果たせる贖罪は、きっとそれくらいしかないのだから。
車の窓を開けると、冷たい風と一緒に潮の香りが漂ってきた。幼い頃に家族で行った海辺の景色を思い出した。
私は父を愛している、私は母を愛している。愛していながら、二人がくれた人生を自分の意志で取り替えようとしている。「平凡でつまらないから」などというクソみたいな理由でだ。
なんという親不孝、これこそまさに、子が親に出来る最大級の侮辱じゃないか。
ならばやめてしまえばいい、今なら苦も無く引き返せる。そんなことを考えながら、私はマーチを路肩に止めた。
携帯電話のデジタル時計は、二十三時五十五分。
あの舐めくさった本によると、私はここで決めねばならない。
私が
私は静かに瞳を閉じた。
平日深夜の田舎の海辺、あたりは静まり返っている。
時間のミスは許されない。
携帯電話を手に取って117をプッシュする。
カウントダウンが始まった。あと十秒で零時になる。
残り五秒、携帯電話を道路に投げた。
残り二秒、息を大きく吸い込んだ。
残り一秒、あとはもう飛び込むだけ。
私にもう迷いはない。
「はい! 強くて、賢くて、お家は金持ちで、いや、金持ちっていうか、なんか育ちの良い……お嬢様みたいな感じで、ああ……あとは美少女! 美少女だけは絶対で! それと……あ、そうだ! 呪い、なんか呪いみたいなやつ……なんだっけあれ、中二……そう、中二病! いや、厨二病? どっちでもいいや、その、なんだ、厨二病的な感じにしてください! よし、まとめます! ちょっと待っててまとめますから! えーと、えーと……強くて、賢くて、育ちの良い、呪い系美少女でお願いします! 美少女でお願いします! よおし、ではまいる! いざまいる! 私は海へいざまいる! せーの、ホイ! ヤマァァァァァァァァァァァァァァアンア!! ヒィ! 冷たい!」
そして私は、冷たいSeaにDiveした。
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