第16話 腐男子

 あのあとすぐ……。


 私は王子様と付き合うことになった。


 不可抗力……完全に不可抗力なのだけれど、あんなことをしてしまったのだ。


 それで彼女に脅される(私はそういう認識)ことになってしまった。


 ……ただ、まあ、彼女の言っていることはごもっともで。


 彼女のその……そういう姿を見てしまった責任は取らなければならない……。



 私から「責任を取って付き合う」と切り出せればまだ誠意を示せただろうし、体裁は保てたかもしれない。


 けれど私に、そんな甲斐性はなくて。


 王子様に迫られて責任を認識させられたという……。


 ……情けない限りである。

 



 私と王子様が付き合ったことはすぐに枇杷くんにバレた。


 百合が好きな彼はとても感激していた。


 それはもう諸手を上げて喜んで。


 「紹介して!」とねだられて。


 枇杷くんのお願いだから翌日(日曜日)に会ってもらうことにしたんだけど。


 枇杷くんに歓迎された王子様が調子に乗って……。


 私に攻めてきた。


 強い力で抱きついてきた。


 私は枇杷くんに助けを求めたのだけれど……、



――「私、百合の間に挟まる男は絶対に許さないので!」



 と言ってどこかへ行ってしまった……。


 王子様が、枇杷くんが空気を読んで二人きりにしてくれたと勘違いして一人でヒートアップするという展開が発生。


 ……まあ、返り討ちにしたけど。




 王子様が帰ったあとも枇杷くんは興奮していて。


 それで両親にも女の子と付き合うことになったことが知られてしまった。


 ……ただ、うちの両親は――



「フゥーハハハッ! それでこそ我が半身! ついに神聖不可侵の領域に足を踏み入れたか!」


「インクレディブル! 素晴らしいぞ、我が半身よ! これで我らローズフィールズの野望にまた一歩近づいたのだ! フゥーハハハッ!」



 と、まあ、何を言ってんのかよくわかんなかったんだけど。


 ちなみに先に発したのが愚母である野薔薇林檎のばら・りんご


 あとに発したのが愚父である野薔薇薔薇男のばら・ばらお


 アラフォーにもかかわらず中二病を卒業できていない痛い人たち……。


 素の容姿はいいのだが、如何せん頭が残念でならない。


 左目の眼帯と右腕の包帯は外せ。


 封印された暗黒竜が暴れ出す、じゃねぇんだよ。


 会社で上手くやっていけてるのか本気で心配になる……。


 ……両親がこんなんだから姉が素行不良になり家を出て行ったという経緯があったりもする。


 枇杷くんがこの人たちの真似をしなかったのは本当によかった。






 そして今日は金曜日で……終業式。


 学校が終わったあと、私は駅前にあるカフェにいた。


 ……不本意ながら待ち合わせである。



 待ち人が来るまでの間、コーヒーを飲みながら考える。



 王子様と付き合うことになってからもうすぐ一週間……。


 まあ、ひどかった。


 あいつ、メッセージを送るのは躊躇するのに家に押しかけてくるのは躊躇しないんだよ……。


 「来ちゃった♡」じゃねぇんだわ。


 ハートつけんな。


 それ聞いて頭に来ちゃったわ。


 ……なんか前にもあったな、こんなの……。



 王子様は毎日私の家に押し寄せてきていて、毎度毎度私に迫ってきた。


 それを私はことごとく迎撃していた。


 王子様が私の手で、その……うん、グッとくるものがある。


 だから、そういうことをしている最中は、その、ぞくぞくっとしているのだけれど、終わったあとは強烈な自己嫌悪に陥る……。


 こんな感覚が私にあるだなんて知りたくなかった、と……。


 どうにかしなければ……。



 私と付き合うようになってから王子様は、なんというか……可愛くなった。


 女の子らしくなったというか……。


 ……いや、元から女の子なのだけど。


 その、王子様とはもう呼べないような雰囲気になっているのだ。


 私と付き合っていることは周りに隠してもらっているが、あの変わりようからすると気づかれるのは時間の問題かもしれない……。



 私が王子様と付き合ってしまったことで、枇杷くんにも悪い影響が……。


 先日、私の部屋まで王子様が襲ってきたのを撃退したあと、部屋を出た時に枇杷くんと出くわしたのだけれど、なんか変なことを言っていた。


――「キマシタワー」


 ……枇杷くん、妙な言葉を使うのはやめなさい。



 ……ろくな思い出がなかった。




 もう振り返るのはよそう――と思っていると、店の扉が開く。


 その方に目を向けてみるとやってきたのは私の待ち人……ではなかった。



――竜胆君と大菊君!



 図ったわけではない。


 たまたま、偶然、二人が私のいる店にやってきたのだ。



 竜胆君と大菊君は注文とお支払いを済ませて飲み物を受け取ると、席に移動する。


 時間的に空いていたので、四人掛けの席に“向かい合って”ではなく“隣同士”で座る竜胆君と大菊君。


 キタアッー!


 BLの波動だ!


 最近いろいろなことがありすぎてご無沙汰だったんだ!


 ここで成分を補給できるのは嬉しい!



 いやぁ、いい、尊い……!


 って私にとっての栄養源を摂取するために二人のことを盗み見していたら……。


 大菊君が急に立ち上がって席から移動し始めた。


 え? あれ?


 なんかこっちに近づいてきてない?


 いやまさか、そんなわけ――



「……何してるの、野薔薇?」


「うひゃあ!?」



 そのまさかだった。


 大菊君にすぐ横で話し掛けられた。



 そっと隣に立つ大菊君の様子を窺うと、なんかすごく訝しむ顔をしていらっしゃって……。


 な、何か言わないとマズそう……っ。



「な、何もしてない、けど……?」


「……こっち見てた」


 

 ちらちら見ていたことに気づかれていた!


 私がいる場所からは少し距離があったはずなのだけれど……!

(ちなみに私がいたのは彼らが座った席からは斜め前にある二人掛けの席で私は彼らに背を向けるように座っていた)



 まさか竜胆×大菊で妄想を捗らせてた、なんて言えるわけもない。


 答えに窮すると大菊君がぐいっとその顔を寄せてくる。



「……勝利に用事?」



 っ!


 こ、これはあれか!?


 私が竜胆君を取ろうとしているでも疑われてしまったのか!?


 つまりは嫉妬!?


 そう想像したら口が勝手に動いていた。



「滅相もない! あなたたちの邪魔をするなんて恐れ多い! 推しカプの間に挟まろうとするやつは馬に蹴られて死ぬべき!」



 私がそう断言すると、大菊君は一瞬驚いたけれど、



「野薔薇、わかるクチ? もしかして腐ってる?」



 クールな彼にしては珍しく少し興奮気味に私に尋ねてきた。


 期待する眼差しで。


 私は感じた。



――大菊高貴も腐っているのだと。




「『昨日君を食べた(※BL作品)』は外せない」


「っ! ドラマ化も映画化もされたやつ……! あれはよかった……!」



 このやり取りだけで確信する。


 大菊君が腐男子であるということを。



「というわけで私は竜胆君が気になるんじゃなくてベーコンレタス(※BL)が好きなだけ。あなたたちで勝手に妄想したのは申し訳ないと思っているけれど」


「……それは仕方ない。事実。その……勝利のこと、好き、だから……っ」


「キタコレ……!」



 大菊君のいらぬ心配を解消してあげようとしたら大菊君にカミングアウトされる。


 妄想ではなく本当に、大菊君からは竜胆君に「好きの矢印」が向かっていた。


 おおっ、テンション上がる……!



「私は応援するよ……!」


「っ、ありがと……! でも……っ」



 同性愛はなかなか受け入れられていないのが現状だ。


 私は大菊君の味方であることを伝えると彼は嬉しそうに表情をほころばせた。


 けれど……。


 その表情はすぐに曇ってしまう。



「ど、どうしたの?」


「……勝利、ノンケなんだよね……」


「ああ……」



 根本的な問題があった。


 竜胆君にその気がないという……。


 落ち込む大菊君の姿を見ると私まで気分が沈んでしまった。


 シュガーをマスプロしてもらうのはなかなか難しいらしい……。




 二人してどんよりとした空気を醸し出していると、そこに一人の人物がやってくる。


 私の待ち人・王子様が。



「ちょっとローズちゃん!? 私というものがありながら大菊君と仲良くするなんて……! やっぱり顔なの!?」



 いきなり私に抱きついてきてそんなことを宣ってきたのだ。


 恐らく、王子様と二人でいるのを見てテンパって状況をよく見ていなかったのだと思う。


 押し退けられた大菊君が驚愕していた。



「妙なことを言うな! 私は男の人とそういう関係になれないって教えたでしょ!? あと顔はあなたも負けてないでしょうが!」



 王子様とのことは家族以外には秘密にしていたのだが、王子様が叫んだことで大菊君と竜胆君に私たちの関係が知られてしまうことに……。


 これではもう、ごまかせそうにない……。



 これだけでも大変だと思っていたのだけれど……。


 もっととんでもない事態がこのあとに私を待ち受けていた。






 店内にもう一組お客さんがいて、この状況を見られていたことによって――

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