第9話 共通点

 結局王子様からの連絡はなく、火曜日に。


 今日の勉強会はなくなったのか? と思いながら自習の時間を過ごしていた。




 放課後。


 裏門から狭い道を通って広い場所に出たけれど、そこに王子様の姿はなく。


 ……私、王子様に揶揄われてない?


 なんかちょっとバカらしくなってきた。


 ここで待っていると自分がもっと惨めになりそうな気がしたので帰ろうとした時――



「……でさー。その時あの先生がー……」


「……勝利、最高……その話」



 会話が聞こえてきた。


 この声は竜胆君と大菊君のものだ。


 私はとっさに狭い道の出入口の端に避けて必死に存在感を消した。


 何をするわけでもなくスマホを弄りながら聞き耳を立てる。



「……傑作」


「だろ? 高貴もそう思うよな!」



 二つの声が近づいて来て、そして離れていく。


 私がいる方とは反対側に行っていた。


 振り返ってちらりと確認してみる。


 ……おっふ、近い。


 私からは遠ざかって行っているから彼らの背中しか見えなくてどんな表情をしているのかは判然としないが、二人の肩は触れ合っていた。


 広い場所に出ているというのに。



「……寄ってるのは大菊君の方だ。やはり大菊君がネコ、必然的に竜胆君がタチ……! 間違いなく竜胆×大菊固定! リバはない!」



 図らず竜胆君と大菊君のべたべたを見れたことでテンションが壊れる。


 興奮したことで声が外に漏れていた。



 その私の呟きを聞いている人物がいて……。



「へえ、あの二人ってそんな関係なんだ?」


「ふぉあっ!?」



 いきなり耳元で囁かれた。


 やめろ、驚いて変な声が出ちゃったじゃないか!


 耳を押さえながら二、三歩前進して振り返り、私の左側にいた人物を確認する。


 そこに王子様がいた。



「っ、この野郎……っ」


「やっほー、ローズちゃん! 今日もテスト勉強頑張ろう! あと、私、女の子だから野郎じゃないよ?」



 睨みつける私に対して呑気に挨拶を交わそうとしてくる王子様、ローズちゃん言うな。


 ちくしょう……この人に正論言われるのはなんかムカつく……っ!



 私は当て擦りをすることにした。



「……昨日連絡なかったから今日はやらないのかと思ってた」


「ご、ごめんね!? ……その、なんて送ればいいのかわからなくて、四時間打って消してを繰り返してたんだ……。これなら大丈夫なはず! って思えるのができたのが夜中の十二時を過ぎた時で……。今度はその時間に送ってもいいものか? で悩むことになって……」


「お、送る文章で悩んでたって、そんな陰キャみたいなことを……。あなた、陽キャでしょ?」


「私だってこんなの初めてで戸惑ったんだよ!? あと、緊張するのに陽キャも陰キャも関係なくない!? もう今日は最悪だったよ! 寝るのが遅くなって遅刻して先生に怒られるし、早く君に連絡したくて学校で使っちゃダメなスマホを使ってることを先生に見られて没収されるし、スマホを返却してもらうのに手間取ってここに来るのが遅くなっちゃったし!」


「いや、それは知らん。自業自得だろ」



 連絡がなかったことに文句を言う。


 けれど、どうやら彼女にも事情があったようで。


 その事情というのが、私に送る文章がなかなか決まらずつくっては読み返して消すということを繰り返していた、とのことで私みたいなことをしていたのには驚かされたが。


 そのあとはなんかよくわからん愚痴をこぼしてきたから一蹴しておいた。



 それよりも。


 栄養源の方が大事だ! と竜胆君と大菊君が向かった方に視線を戻した。


 しかし、そこに二人の姿は既になく……。


 またこの王子様に邪魔された形になった。



「……あなた、また私の邪魔を……!」


「え? あっ、そういえばローズちゃん、男の子たちのことを見てたよね? その一人って大菊君でしょ? モデルの。まさか男の子同士でもそういうとは思わなかったけど、



――あの大菊君がネコとはねぇ……」



「え――」



 怒りに震えていた私の耳にとんでもない言葉が入ってくる。


 ――『あの大菊君がネコとはねぇ』……?


 その言い方はまるで――



「……知ってるの? ネコの意味……」



 そう言っているかのような……。



 私は確かめずにはいられなかった。


 王子様の回答は――



「『受け』でしょ? そ、そういう行為をする時の……」


「っ!」



 まさかの展開……!


 王子様もイケるクチなのか!?


 この言葉はノーマルの子にはなかなか通じない。



 私は断定した。


 王子様も腐っているのだと。



 こんなチャンスは滅多にない! BL談議に花を咲かせよう! と思った……のだけれど。


 王子様がこの言葉を知っていた理由は彼女が腐っていたからではなかった。



「じ、実際はわからないけど二人の距離は近いしあの様子からして大菊君の方が受けかなと――(かなり早口)」


「まさかローズちゃんが知ってるなんて驚きだよ。その言葉ってさ、






――レズビアン用語、だから……」






「……ほぁ?」



 ちょっと何言ってるかわかんない。


 ……今なんて?


 レズビアン?


 それって、女の子が好きな女の子のこと……だったよね?


 即ち百合・GL。


 その用語って言った?


 いや、私は腐女子だから知ってたんですけど?



 ……どうやら。


 『ネコ』というのはレズビアンの方たちの間でも使われる言葉だったらしい。


 ……知らなかった。


 腐女子の間でしか使われないものだとばかり思ってた……。



 で、王子様がこのことを知っていた理由だけど……。



「わ、私はついこの間まで知らなかったんだけど、ローズちゃんのことを意識するようになってから南校の子たちが話してるのが気になって……。あの子たち、私がタチで自分たちはネコがいい! って話してたから……。なんの話か問い質して教えてもらった感じ……」



 ……とのこと。


 ……確か南高って女子高なんだったっけ?


 ……なるほど。


 女子高って百合が大量発生する(※アニメの見過ぎ)からその用語が飛び交っていてもおかしくない(※謎推理)わけだ。



 しかし、『ネコ』が百合の方たちにも知られている言葉だったとは……。


 ……と、そのことへの驚きが収まらないでいると、王子様がこっちを見てにまぁと嫌な笑みを浮かべていることに気づいた。


 なんか悪い予感がする……。



 王子様が口を開いた。



「ローズちゃんがその言葉を知ってたってことは、ローズちゃんもレズビアンってこと!? だったら私と一緒になっても――」


「違うが?」


「違うの!?」



 危ない危ない。


 危うく百合だと誤認されるところだった。


 なんか詰め寄ってきそうだった王子様を制す。



「じゃあなんで知ってたのさ!?」



 うっ。


 まあ当然聞いてくるよな……。


 これをカミングアウトして空気がよくなった試しがないからあまり言う気になれない。


 ……いや、なんで言い淀んでるんだ、私は。


 今回に限っては相手を引かせる絶好の手段だろう。


 必要なんてない。



 私は言った。



「それ、腐女子の間でも使われる言葉だから」


「え? 腐女子? 腐女子って――あの!? 男の子と男の子がその、あれするのを見るのが好きっていう……!? そ、そういえば初めて会った時のローズちゃんは……! えっ!? ローズちゃんってあれ、素だったの!?」



 引いてるなぁ、王子様……。


 まあ、腐女子がまだ市民権を得られていないことはわかっていた。


 だからオープンにしない……いや、できない人が多いわけで。


 オープンにしたら軽蔑されそうな空気感がまだあるから。


 そんな社会は間違っていると思うのだけれど……。


 ただ、これが腐女子の置かれている実情だ。


 腐女子はそのことをよく理解できてしまっている。



 俯いて何も言えなくなった様子の王子様。


 この人も離れて行ってしまうのだろう――そう思ったのだけれど。


 彼女は顔を上げて決意の籠った表情をして。



「だから……だからだったんだ……! わかった!



――私、絶対にローズちゃんをこっちに振り向かせてみせるから!」



 と。



「へぁ……?」



 私の予想とは違う決断を彼女はしていた。

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