第7話 色づく

 広い通りに出て王子様の手を掴み、移動する。


 どんくさい私としては驚くほどスムーズに北西女子三人から王子様をかっさらえた。



「あっ、ローズちゃん!」


「ローズちゃん言うな!」



 自分の手を取ったのが私だとわかると嬉しそうにそんなことを言ってくる王子様。


 私は王子様の顔を見ていなかったけれど、彼女が嬉しそうにしているというのは何故だか手に取るようにわかった。


 声が弾んでいたからだろうか?


 あと、ローズちゃん言うな。



 王子様を連れ去る時、北西女子たちの「えっ!?」とか「あっ!」とか言う声が聞こえてきたけれど、気にしている場合ではなかった。


 ただ、あとになって思い返してみると、この王子様は女子から絶大な人気を誇っているらしいし、私が独り占めしようとしたみたいに受け取られてはいないだろうか?


 これがきっかけになって嫌がらせをされるんじゃないかとちょっと……いや、だいぶ不安になった。



 それでもこの時は、この王子様を竜胆君や大菊君と会わせたくないっていうことで頭がいっぱいだった。


 そしてその判断自体は間違ってはいなかったと思う。


 王子様が大菊君や竜胆君のことを好きになってしまうのではないか? という警戒はまったくしていない。


 その辺は別に好きにしてくれて構わないし。


 私が警戒していたのは竜胆君や大菊君の方が王子様のことを好きになってしまうことだ。


 この王子様は無駄に顔が整っている。


 整いすぎている。


 一目惚れをさせてしまってもおかしくないほどに。


 だから竜胆君や大菊君にこの人を会わせたくないのだ。


 BLの波動が感じられなくなってしまうかもしれないから。


 ……いや、しかし、そうなると王子様の方も竜胆君や大菊君に惚れられたら困ることになるかもしれない。


 両想いになってしまったらもう取り返しがつかなくなる。


 やっぱり王子様が大菊君や竜胆君のことを好きになってしまうことも警戒しなくては――



「――ちゃん、ローズちゃん!」


「っ、だからローズちゃん言うなって何度言ったら……!」



 王子様の声でハッとする。


 いけない。


 彼女の手を引っ張って走りながら考え事に没頭していた。



「どこに向かおうとしているのかな? 私を連れて」


「……あっ」



 結構走っていたみたいでもう違う場所までやってきていた。


 相変わらず人通りは少ない裏通りといった場所だけれど、近くに竜胆君と大菊君がいるということはなかった。


 北西女子三人も追ってきてはいない。


 それを確認して私は掴んでいた王子様の手を放す。



 ……っていうか、「私を連れてどこに向かおうとしている」――?


 その言い方、なんか気に食わない。


 まるで私がこの人をどこかに連れ込もうとしているみたいじゃないか。


 そんなことは断じてない。


 「本当は君にどこかに連れ込まれたい」みたいな嬉しくてたまらないって顔してるやつに言われてるのが余計に腹立つ。


 訂正する。



「べ、別にどこにも……。ただ、あなたにあそこにいられると個人的に困ったことになりそうだった。だから移動してもらった、それだけ」


「……えー? それだけー? ……じゃあ、元の場所に戻ってローズちゃんのこともっと困らせちゃおっかなー?」


「やめい」



 ……こいつ。


 私にそんな気はないってきっぱり言ったら、拗ねて竜胆君と大菊君がいる場所に戻るとか言い出しやがった。


 放した手をまた掴んじゃったじゃないか。


 そうすると「冗談だよー」って私の頬を人差し指でつつきながら微笑んで言ってくる。


 こいつ……っ。



 あんまり絡みたくないけど、これだけは聞いておかなければならなくなった。


 だから、聞いた。



「っていうか、どうして北西高校に?」



 この人があそこにいた理由を。



 ことと次第によっては一大事になりかねない。


 今日初めてこの王子様の姿をじっくり見たのだけれど、金曜に見た時とは違っていた。


 肩や腰、お尻などに丸みがある。


 胸の主張は……その、あれだったけれど、今日の王子様は女性の体形をしていた。


 靴もローファーに変わっていて、身長が十センチほど縮んでいる。


 恐らく金曜に履いていたブーツはシークレットブーツだったのだろう。


 王子様は男装をやめていたのだ。



 それと顔にも変化が見られた。


 薄く化粧をしている感じがある。


 金曜にはしていなかったはずだ。


 ……これ、色気づいてない?


 私にはよくわからないのだが、なんて言うか……そう。


 恋する乙女の顔になってたというのが一番しっくりくる気がする。



 ……王子様はそんなおめかしをしてあの場所にいた。


 まさかと思う。


 ないとは思うが……いや、しかし。


 この人、惚れっぽい感じがするからなぁ……。


 土日に何かがあって、竜胆君や大菊君に会うためにあそこにいた可能性は否定できない。


 私はそれを危惧していた。



 それを危惧しすぎて……。


 ここにいる理由を聞いた時の私は失念していた。


 彼女がここに来る理由なんて少し考えればわかりそうなものだったのに……。






「えへへ……。き、君に会いたくて、来ちゃった♡」






「目的は私かよ。私、断ったよ? なのになんで来ようと思えたんだよ。そんで、なんで場所わかったんだよ……。あと、『来ちゃった♡』じゃねぇよ。ハートつけんな。こっちが頭に『来ちゃった♡』になるとこだったよ」


「『頭に来ちゃった♡』はウケる」


「ウケんな」



 ……これが王子様の答え。


 頬に手を添えて身体をくねらせる。


 ……そうだった。


 この人は、私とずっと一緒にいられるほど仲良くなりたいって思ってる人だった……。



 私があんな反応をしたというのに折れないハートの強さを持っていたっていうのは完全に予想外だったけど。


 私だったら、あんな断られ方したらぽっきりいってる自信がある。


 いや、自信しかない。



 あと、北西高校の場所を知ってたのなんでよ?


 この人、南高に通ってるって言ってたよね?


 ……まあ、制服で通ってる高校当てられるんだから高校の場所も調べてて当然かもしれないけど。


 私は南校がどこにあるかなんて知りもしないが。



 ……高校の場所を知ってたのは、まあいい。


 問題はなんで裏門の方で待ってたのか、だ。


 正門の方で待たないか、普通?


 なんで私が裏門使うの知ってたんだよ?


 ……こいつ、私のストーカーか?



 ころころと笑っている王子様のことを訝しげに見ていると、彼女は私に言う。



「……あの時はショックだった。追い駆けられないくらいに。でも、諦めきれなくて。私、決めたんだ。君を絶対に振り向かせてみせるって!」



 眩し……っ。


 「挫けても諦めない」――とびっきりの笑顔でそう宣言した彼女の姿は、暗がりにいる私には何よりも輝いているように見えて。


 少し……ほんの少しだけれど、見惚れてしまっていた。



 でもこいつはストーカーかもしれない……! って思い直した時。


 裏門の方にいた理由も彼女は明かした。



「それで、あそこで待ってれば会えるかな? って。ほら、君、先週の金曜日はあの近くにいたでしょ? 正門からは遠かったから違うところから出入りしてるんじゃないか、って考えたんだ。裏門の場所は北西高校の友人から聞いてたから」


「……あっ」



 ……スミマセン。


 ストーカーじゃなかったです、はい……。



 この人に悪意はないのかもしれない。


 手を掴まれただけで幸せそうな顔をしているし……。


 しかし……しかしだ。


 竜胆君と大菊君のべたべたを見る時間を潰してくれたことは許せん……!



「……あなたがいたことで私の予定が狂った。竜胆君と大菊君がべたべたするのを見てテスト勉強疲れを癒やすつもりだったのに……っ」



 ぐちぐち言っておく。


 もう二度とこんなことを仕出かそうとは思えなくしてやろう、と思って。


 けれど王子様の反応は、思っていたものとは違った。



「テスト勉強? 疲れてる? よかったら私が見てあげよっか?」


「……うぇ?」

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