第5話 姫男子
「……ただいま……」
私は家に帰ってきていた。
逃げ帰ってきたと言った方が正しい。
人生で初めて告白紛いなことをされたのだ。
同じ女子から。
実は私は幼稚園に通っている時に男の子から告白をされたことがあるけれど。
それを数に入れるのは惨めに思われそうな気がするからノーカンにする。
小学生になって以降は告白されてないし。
兎に角パニックに陥らないなんて無理だった。
私は彼女の前から逃げ出した。
それはもう脱兎のごとく。
「ごめんなさああああいっ!」って叫びながら。
そのパニックは相当なものだったのだろう。
私は五分ほど走り続けていた。
体力のない私からしたらとんでもない記録である。
いつもは一分でへばるのだから。
ショックで脳がバグっていたのかもしれない。
まあ、五分なんかで家につける距離じゃなかったから、追ってきてないのを確認したらとぼとぼと帰ってきたのだけれど。
……明日は筋肉痛だな。
っていうかもう痛い。
テストが近いっていうのに……。
玄関で靴を脱いで下駄箱を見ると既に靴が一足収納されていた。
うちの両親は共働きなので親のものではない。
小さな靴である。
この靴が誰のものかというと……。
廊下を通ってリビングへの扉を開ける。
そこには一人の子が机に教科書とノートを広げて勉強をしていた。
さっきの靴の持ち主だ。
私が帰ってきたことがわかるとその子は笑顔を向けてくれた。
「あっ、おかえりなさいませ、ローズお姉さま」
「ただいまー、
枇杷くん。
小さくて、目がくりくりで、ほっぺがぷにぷに。
今年で十歳なのだけれど、七歳くらいの女の子にしか見えない。
だが男の子だ。
いや男の娘だ。
ちなみに私の弟ではない。
甥である。
甥、めっちゃ可愛い。
疲れ吹っ飛ぶ。
この可愛い顔のまま成長してもらって将来は是非攻めになってもらいたいものだ。
これで攻め……ギャップでイケる。
……でも、私のこの願いは叶わないんだろうなぁ……。
この子にもいろいろあったから……。
諸悪の根源はこの子の母親、即ち私の姉にある。
姉はところかまわず、とっかえひっかえスルヤバいやつだった。
枇杷くんの面倒もろくに見ずに。
枇杷くんは、その瞬間を目撃してしまった。
でも、あんなのでも母親だから、枇杷くんはあいつを恨めなくて。
結果、枇杷くんはその相手だった「男性」に対して嫌悪感を抱くことになった。
枇杷くんは自分の性別のことも嫌っているんだ。
だから女の子のような格好をしいる。
女の子同士の恋愛ものの作品を鑑賞するようになって、お嬢様学校が舞台のアニメを見てそこで使われていた言葉を真似している。
……本当、余計なことをしてくれたものだ。
まあ、姉が余計なことをしていなかったら私もBLに目覚めるなんてこともなかったかもしれないのだけれど……。
枇杷くんは今や立派な姫男子だった。
姫男子……女の子同士の恋愛(百合)が好きな男子のこと。
正直私としては、枇杷くんには男の子と……という願望があるのだけれど、この子にはそんなこと言えない。
この子が嫌なことはさせたくないのだ。
同じ――
あとこれは不本意ではあるのだけれど、私の容姿は姉に似ている(髪を上げれば)。
でも似ているから、母親を恨めないこの子は私にすごく懐いてるっていうこともあって。
そんなこの子のことを私は傷つけたくない。
私はあの姉と同じにはならない。
私が腕を軽く広げると、枇杷くんは勉強をするのをやめて立ち上がり、てててっと近寄ってきてくれる。
カワイイ。
それから嬉しそうに抱きついてきてくれる。
すっごくカワイイ。
「枇杷くんは今日も可愛いねー」
枇杷くんを抱きしめて頭を撫でまわす。
至福……。
反抗期とか来たら泣いてしまうかもしれない。
……そういえば。
枇杷くんの容姿は女の子にしか見えないから、私とこうしてると
そう思ったから、前髪を分けて目を隠さないようにして、スマホを取り出して写真を撮ってみる。
枇杷くんに何も知らせないでやっちゃったからちょっと驚かせちゃったけど、撮れた写真は……うん、女の子同士で抱き合ってるようにしか見えない。
私はスマホの画面を枇杷くんに見せて。
「ねえねえ、これちょっと百合っぽく見えない?」
枇杷くんは百合が好きだ。
だから今度こそ喜んでもらえると思ってそう言ったのだけれど……。
「い、いけません、お姉さま! 不純物が紛れ込んでいます!」
「ま、またそんなことを……」
「お姉さまがこんなにも素敵なのに、相手が私などでは……!」
「そ、そんなことないって! 枇杷くん、こんなにも可愛いのに……っ」
自分を「不純物」だと言う枇杷くん……。
この子はどうにも自分自身を受け容れられないらしい。
あと、私贔屓がすごい。
今の私はそこまででもないだろう。
枇杷くんに「素敵」って言われるのは嬉しいけれど……。
枇杷くんは聞いてくる。
「いいえ、ダメです! どなたかいらっしゃいませんか!? ローズお姉さまにふさわしい、ローズお姉さまのことを好いておられる女性の方は!?」
私のことが好きな女の人はいないか? と。
……あれ?
これ、私、百合する流れになってない?
私別に百合じゃないんだけど……。
枇杷くんだからこうしてただけで……。
「い、いや、別に私、百合じゃ……。そもそも百合だったとしても私のことを好きになる女の人なんて――」
そこまで言ってハッとした。
――いたわ……、と。
今日、女の人に告白紛いなことをされてたじゃん……っ。
それで固まってしまったものだから枇杷くんに追及される。
「その反応……、いらっしゃるのですか!?」
興奮して詰め寄ってくる枇杷くん。
……これは仕方ない。
私が餌を垂らしちゃったんだし。
……でもなぁ。
断ってきちゃったんだよなぁ……。
結局連絡先も交換してないからまた会えるかもわからない。
そもそも私が百合じゃない。
枇杷くんのことは喜ばせたいけど、こればっかりはなぁ……。
……ちゃんと言おう。
枇杷くんのことを悲しませることになりそうで忍びないけれど。
「ごめん、いたけど断ってきちゃった……。もう会えるかどうかも……。それに私、恋愛対象は女の子じゃないから……」
「……そう、なのですか……」
「……ごめんね。枇杷くんに毎回毎回『これ百合っぽくない?』って聞いてたらそりゃ勘違いさせちゃうよね……」
ああっ、枇杷くんが今にも泣きそうなくらいすごい落ち込んでる……!
たぶん、枇杷くんのためにと思って枇杷くんと一緒に百合っぽく見えることの追求をしてたのが、枇杷くんに私が百合だと誤認させる原因になっていたに違いない。
枇杷くんにそんな顔をさせたことに自己嫌悪に陥っていると、枇杷くんは俯き加減になっていた顔を上げ、泣かないようにぐっと力を入れながら私に聞いてきた。
「お姉さまの恋愛対象は男性なのですか?」
と。
その質問に、私は――
「……え? あ……っ」
……答えられなかった。
私は男性同士の絡みを見るのが好きだ。
自分が腐っていることを自覚している。
けれど、私自身が男性が好きなのかというと――
わからなかった。
自分が誰かと付き合うということがどうしても想像できない。
私の見た目は幽霊みたいだとよく言われるから私は一生喪女なのだろうとなんとなく感じていた。
それと私も幼い頃に、姉のその瞬間を目撃してしまっていて。
それが私の心に強く残っているのが原因ではないかと思う。
私は心の奥のその深い部分で、
――男女のそういう行為に対して強い拒否感を抱いていた。
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