第十六話:ヒロインたちの優しさ
夜の帳が降りる中、カフェは静寂に包まれていた。ユウは部屋の隅でぼんやりと窓の外を眺めていた。今日の出来事が頭の中をぐるぐると回り、どうしても心が落ち着かない。
リーゼロッテとエリス、そしてセレナは無事に戻ってきた。だが、彼女たちの不安そうな姿を見るたびに、胸の奥が痛んだ。
「お前たちが無事で……本当によかった」
三人にそう言った時、ユウは自身のどうしようもなさに、自らを責める他なかった。そんな様子を見かねて、逆に微笑みかけてくれる彼女たちの優しさがユウには苦しかった。
寝室に戻ると、エリスが待っていた。
「お兄ちゃん、ありがとうなのです」
彼女はそう言って、隣に座ったユウに近付いた。
「……俺がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったのに」
「違うのです。お兄ちゃんがいたから、私たちは無事に戻れたの」
その言葉は暖かくもあり、同時に重かった。守りたいと思えば思うほど、彼女たちが危険に晒される。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
エリスの問いに答えられず、ユウはただ黙って頷いた。
―――――――――――――――――――――――
エリスが自室に帰って行くと、今度はセレナがユウの部屋を訪ねてきた。
いつもの態度と違い、セレナの言動はユウを気遣っているように感じた。
「休んだ方がいい。もう大丈夫だと思うが、わたしが見張っていてやるから」
セレナの提案に、ユウは疲労を隠せていない様子の自分を情けなく思った。
「いや、そんなことはさせられない」
「……強がるな。今のお前を見ていると、昔のわたしを思い出す」
セレナは少し笑って話を続けた。
「強いふりをして、全部自分で背負い込もうとして、何もかも壊してしまった時のわたしを」
そう口にして、セレナは自室へ戻って行った。ユウは目を伏せて思案していた。
エリスとセレナ、彼女たちとの会話は暖かさと優しさに満ちていた。しかし、どうする事も出来ないこの状況が、ユウにはもどかしかった。
――もし、俺がここからいなくなれば、平和が戻るかもしれない。
そう思うたびに、心の奥底では虚しく声が響いていた。
「……疲れた。もう疲れた」
再び死んで、次の世界で楽になることができればどんなに良いだろう。そう考えつつ、ユウは窓の外を警戒しながら眺めていた。
だが、夜が深まるにつれて、彼女たちの一人一人の言葉を反芻し、別の感情が湧き上がってきた。
――俺がいなくなったら、彼女たちはどうなる?
答えは明らかだった。彼女たちを守れるのは自分だけだ。
「眠れないの?」
リーゼロッテの声がユウの背後、部屋の入口の方から聞こえた。彼女を部屋に招き入れ、ベッドに座らせる。彼女は未だ昼間の誘拐未遂事件の緊張が解れていないようだった。
ユウはリーゼロッテの方へそっと手を伸ばした。彼女の頭を撫でる。彼女はユウに身体を預け、自身の心境を話し始めた。
父と母が突然亡くなった事。その後で姉妹ふたりきりの生活、王都での苦しかった生活の事。この街に移住してからの事。
「エリスと一緒にこんな暮らしが出来るなんて思わなかった」
彼女の目には、感謝の思いが浮かんでいるようだった。
「ユウのおかげよ」
そう言った後、クスッと笑って彼女はまた話を続けた。
「ガサツな冒険者も一緒で大変だけど」
そのリーゼロッテの冗談にユウも苦笑いする。
「毎日幸せに暮らせてる。でも……」
そう話を続ける彼女の柔らかな身体に、急に力が入るのを感じた。
「お荷物にはならないから。わたしもユウと一緒に戦うわ」
「……怖くないのか?」
「怖いけど、逃げていたって何も変わらないから」
彼女の大きな瞳の中には揺るぎない決意があるように感じた。
「そうだな」
それだけ返答して、ユウは彼女と眠りにつくよう横になった。
―――――――――――――――――――――――
「……行ってくる」
深夜、眠りについているリーゼロッテを起こさないように起き上がり、そっと声を掛けた。
ユウが静かにカフェの正面扉を開けると、外は冷たい風が吹いていた。黒衣が風に揺れる。ユウの心には確かな決意が宿っていた。
「もう逃げない」
そして、彼は王都へ向かう道を進み出した。
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