おそれ

小狸・飯島西諺

短編

 *





 振り返ると、いつも。


 そんな言葉を思い出す。


 高校時代の話である。


 僕には、一緒に小説家を目指していた友人がいた。


 高校に入学してから、一人で図書室にこもって小説を書いていた僕に、声を掛けてくれたのが、Aという男だった。


 Aは僕とは何もかも違った。


 孤立癖のある僕とは違って、Aはクラスの皆と打ち解けていて仲が良く、信頼されていて、先生方からの信用も厚い、おまけに成績も良く、勉強も学年トップクラス。非の打ちどころのない人格だった。


 少なくとも、僕とは縁遠い人間だと思っていた。


 誰もいない図書室で、小説を書き、Aはクラスの皆と仲良く青春を過ごす。

 

 そういうものだと、思っていた。


 最初は、優等生が点数稼ぎに話しかけてきたのかと思ってきたけれど、それは違った。


「すごいな! 俺も書いているんだよ、小説」

 

 Aは、本当に小説を書いていた。


 お互い、いつから書いたかとか、どれくらい書いたかとか、どこに応募したかとか、そういう話はしなかった。

 

 ただ、書いている、書き続けている、という報告だけを、続けていた。


 いつの間にか、それが僕のモチベーションになっていた。


 嬉しかったのだ。


 僕は独りではないと思えた。


 高校に入るまで、僕はずっと孤独だった。


 小説を書くことを、莫迦にされたりもした。


 書いたノートを皆の前で音読されて、嘲笑されたりもした。


 先生も、あの時は笑っていたっけ。


 誰も助けてくれなかった。


 僕は独りだった。


 でもその時は、違うと、思えたのだ。


 お互いに、誰もいない図書室の向かい側に座って、ノートに小説を書く。


 それだけの行動で、僕らは繋がっていた。


 高校3年生のある日。


 受験勉強シーズンになって、図書室にも人が増え、僕とAは会えない日が続いた。


 その間に僕は、何作か初めて、投稿してみた。


 公募で募集されていた、とある文学賞である。


 その最終選考作品が選ばれるのが、4月だった。


 僕は無理せず、自分の偏差値に合った大学に合格した。


 Aは東大に合格した。


 すごいと思った。


 皆から褒められて、賞賛されていた。


 正直うらやましいと思った。


 だが、それはAが努力して手に入れたものである。


 Aは努力や頑張りを、人に見せない。


 それでも、ちゃんと結果を出す。

 

 その嫉妬心を、態度で示してしまうのは、違うと思ったのだ。


 僕は、素直におめでとうと言った。


 Aはありがとうと言った。


 そして、3月。


 僕が投稿した小説が、文学賞の最終選考に残ったことが分かった。


 大学に合格した時よりも、嬉しかった。


 それを伝えると、Aは、狼狽えた。


 最初は、褒めてくれた。

 

 しかし徐々にその言葉は、嫉妬という名の棘を帯びてきた。


 ――すごいじゃないか。


 ――すごいよ。


 ――勉強もせずに小説を頑張っていたからだ。


 ――ずっとずるいと思っていた。


 ――根暗で陰キャのくせに。


 ――勉強で勝てないからといって、小説で勝った気でいるのか。


 いくらそんなつもりはない、と言っても、聞き入れてもらえなかった。


 それくらい、Aは憔悴しょうすいしていた。

 

 僕が抑圧した嫉妬心を。


 Aは当たり前のように僕にぶつけてきたのだ。


 そして、冒頭の言葉に戻る。


 結局Aは、ずっと僕のことを見下していたのだろう。


 僕のことは、有象無象の一部だとしか思っていなかった。


 ほとんどの者は、Aには勝てない。


 Aは、何でもできてしまう、本物の天才だった。


 それに比べれば、僕はただの、パラメータが文章の創作に偏った、社会不適合者である。


 そんな僕が、何かを成し遂げそうになった。


 自分には成し遂げられなかったことを。


 Aには、それが、許せなかったのだ。


 耐えられなかったのだ。


 だから、僕に言った。


 結局、その新人賞受賞は逃したけれど、最終候補作ということで選考委員の方に目を付けてもらい、編集が付いた。


 そして推敲を重ね、大学2年の春に、小説家になった。


 Aがあれからどうしているかは、ようとして知れない。


 Aのあの豹変ぶりと。


 Aのあの言葉が、現実になってしまうかもしれないということを。


 僕は今でも恐れている。




(「おそれ」――了)

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