第16話 六甲山の怪事件
主な登場人物
西園寺秋
早稲田大学文学部国文科2回生。九条本社秘書部長 サマーマンションに住む。柔道初段。空手初段。古武術西園寺流師範。神戸五輪柔道金メダル、マラソン金メダル。立夏の親友。幽霊と仲が良い。かなりの美少女。関西弁を話す。
九条立夏
マサチューセッツ工科大学卒、理学博士。早稲田大学文学部国文科2回生。九条財閥の跡取り。多くの特許や会社を所有し、遊んで暮らしたい。秋の言うことは聞く。小さくて童顔のため中学生に見える。関西弁を話す。
西島栞
西島昴の妹。県立西神中央高校卒。書道の師範。三崎銀行東京支店の秘書課係長
兼務九条本社総務課係長
西園寺大五郎
秋の祖父。前西園寺流師範。実力は秋よりかなり下。
西園寺紋次郎
秋の父。西園寺流の師範になれず。従って実力は秋よりはるかに下。
七瀬武之
七瀬財閥の跡取り。東京大学医学部3回生。
平山警部
兵庫県警の都市伝説調査課の警部
山口次郎
終戦時の陸軍大尉
高山晴美
氷並沢感染症の研究者
高山薫
高山晴美の養子(男)
1.氷並沢
1-1.友人の話
秋のところにお礼に訪れた少女が語った、昨年12月に起こった話である。
去年の12月12日のことです。私は宴会で家に帰るのが遅くなってしまい、三宮駅前発22時前の最終バスに乗りました。酔っていたので、ついうつらうつらしてしまいましたが、ふと気が付くと普段と様子が違うことに気が付きました。バスは山を登っていました。周りは真っ暗で月と星しか明かりはありませんでした。
普段なら、5分とかからずに次のバス停に着くバスが、なんと15分近くも走り続けていました。乗客は私以外誰もいませんでした。
運転手に尋ねても、何も応答がありませんでした。サービスの悪いバスだなと思いました。
22時30分
神戸市内は、トンネルがありませんが、なぜかトンネルを通過しました。トンネルを通過して5分ほどで、バスが停車しました。そのバス停は、「氷並沢」でした。
聞いたこともない「氷並沢」に到着し、ここが終着らしく、私は真っ暗の中でバスから降ろされました。バスは回送となって町へ戻って行きました。
バス停には、公衆電話も公衆トイレもありませんでした。そういえば公衆電話というものを見た覚えがありません。携帯のライトで周りを見ると、「氷並沢」のバス停があるだけで、前後の停留所名も運行表や発車時間も書かれていませんでした。私は何と読むのかわかりませんでした。掲示板がありましたが『12月13日午前0時より『氷神祭』実施予定』という、手書きの紙が貼ってありました。
場所を特定する手掛かりもありませんでした。周りを見回しても、交番どころか民家もなく広場の一角に池と外人墓地があり、他は木々や山が見えているだけでした。
私は家に電話をかけ、「氷並沢」まで迎えを頼むことにしました。しかし、両親も「氷並沢」の場所が分からず、調べてから向かうと返答がありました。
私も携帯で「氷並沢」を検索しましたが、場所の特定ができませんでした。また、位置情報で場所を検索しても、集落もない山の中になってしまいます。
しばらくして、父親から電話があり、「氷並沢」の場所を調べても分からないため、警察に電話をするよう言われました。
直ぐに警察に電話をして、自分の状況を懸命に説明しましたが、いたずら電話だと思われたのか、適当にあしらわれて相手にしてもらえませんでした。
仕方がないので、私は時間がかかると思いましたが、道路を下りることにしました。しかし、道路をたどりながら下る中、更に不思議な体験をします。
歩いている最中に、遠くから太鼓と鈴の音が聞こえてきました。お祭りでもやっているのか。こんな人気のない山中で?そう、人がいないはずの山中なのです。そういえばお祭りの喧騒などは聞こえません。ただ、太鼓と鈴の音があるだけなのでした。私は恐怖で、じっと前方だけを見て歩いていました。そんな中、後ろから
「危ないから、道路の真ん中を歩いたらあかん。」
という声が聞こえました。振り向くと10mほど後ろに、片足の無いおじいさんが立っており、直ぐに消えてしまいました。
私は怖ろしくなって、道路沿いを必死に走りました。
23時00分
もう一度父親に電話し、警察に連絡してもらうことにしました。しかし、太鼓と鈴の音は更に近づいて来るような気がしました。私は何とか、トンネルまでたどり着きました。かなり古いトンネルで、「鬼殺隧道」と書いてありました。恐ろしい名前ですが、ここを通るよりありません。
23時10分
何とか無事にトンネルを通り抜けました。トンネルの先には、偶然にも人がいました。
しかし、深夜に人がいることは、変な話です。私を待っていたのかも知れません。近寄ってはいけない、戻った方がいい、連れて行かれるとも思いました。しかし、その人は、タクシーの運転手だったので、私はすっかり安心してしまいました。
私はその男に三ノ宮駅と言いました。丁度、車は山の上から下ってきたようでした。三ノ宮駅まで行けば、ビジネスホテルもあるし、タクシーでも帰れると思い、安心してタクシーに乗り込みました。
私は、男に現在の場所を尋ねると、氷室であるとのことでした。氷室町や氷室神社は兵庫区にありますが、これほどの山の中は通りません。
タクシーに乗ってから、再度奇妙な状況が起こり始めました。車はいつの間にか坂を登っていて、街を目指さず、山の奥へ向かって走っていました。男は、次第に無言になり、ぶつぶつと念仏のように独り言を、つぶやき始めました。車は段々と太鼓と鈴の音の方向に向かっているような気がしました。
私はバスに乗っている時も、バスから降りてからも、他の車とすれ違わなかったことに気づきました。この車は方向転換をして、私が来るのを待っていたのでしょう。
私は強い恐怖を感じました。誰かに電話しようにも、携帯のバッテリーがほとんどありません。ライトを使いすぎたのでしょう。
23時20分
「バスに乗ったら氷並沢という 六甲山中に連れて行かれた 助けて」
とメールに書き、友人全員に送りました。これでもう電話もメールも使えないかも知れませんでした。句読点もなく、文章が少しおかしい気がしましたが、直している場合ではありません。誰かが助けに来てくれることを、願うしかありませんでした。
23時22分頃
急カーブで自動車のスピードが落ちたので、思い切って自動車から飛び降りました。足を岩で強く打ち、あちこちをすりむきもしましたが、痛みを感じる暇もありませんでした。不思議なこととにタクシーは追いかけてきませんでした。そして、そのまま下り坂を走って逃げました。太鼓と鈴の音が止まりました。
23時55分頃
8人ほどの人が追いかけてきました。もう追いつかれると思ったとき、正面に誰かが現れました。それは少し細身の少女でした。誰かが私を助けに来てくれたと期待せずにいられませんでした。私は助かったと思った瞬間に、後ろから何かで頭を殴られ倒れました。私が最後に見たのは、正面に現れた人が私を助けるために、8人の敵を次々と倒しているところでした。
12月16日・午前10時頃
私は神戸九条総合病院で意識を取り戻しました。かなり頭が痛かったので、先生に頭痛を訴えました。痛み止めの点滴をしながら、先生は説明してくれました。
「頭蓋骨が陥没骨折していて、かなり危ない状況でした。脳内出血をしてました。かなり難しい位置の手術でしたが、うまくできたと自分でも思っています。手術のために後頭部の髪の毛を剃っています。命がかかってたので我慢してください。売店にウィッグがあるので利用して下さい。大半の病院はこの手術は難しいです。
秋さんにお礼を言って下さいね。脳に異常があるかも知れませんから、しばらく様子を診ましょう。手足のしびれ、頭痛、吐き気、めまいやふらつき、記憶の間違いや喪失があるかも知れません。
この病院は脳神経外科では世界一と自負しています。1ヶ月程度の入院が必要と思いますが、今後のこともあるので慎重にやっていきましょう。あっそうそう、足の骨にもひびが入っていますから、しばらくは車いすの生活になります。」
私は頭の痛みでぼんやりとしていました。秋さん?先月の高校の同窓会でたまたまメール交換した人や。途中で転校してきた西園寺秋さんやった。柔道でオリンピックに出たと言うんで、本当にたまたまだったんやけどメール交換したんやった。それでも、メールを読んで私を助けに来てくれたんや。心の中で秋さんに感謝すると、自然に涙がこぼれました。
1-2.秋の実家
現在に戻る
秋
「あのときは、私のところにメールが来たので、
『碇山ドライブウェイを閉鎖して行ったんちゃうか?』」
と思ったんや。何の確証もあらへん。単に勘やったけど、なんとか助けに行かなあかんという気になったんや。なぜかいたずらとは思わへんかった。親父の運転で碇山ドライブウェイに行くと、入り口にバリケードがしてあったので。まぐれ当りやなと思ったんや。入り口に車を止めて坂道を駆け上がったんや。」
立夏
「普段の朝のアップが役に立ったんやな。ところで親父は何しとったや。」
秋
「そうやな。普段より道がええから走りやすかってん。おかげで何とか間に合うたというか間に合わんかったというか。まあ、死なんかったからよしとしょっか。死んでもおかしなかったんやけど。結局、私が相手8人を倒して、救急車を呼んで神戸九条総合病院へ行ったんやけど、すぐに入院となったわ。立夏がおらんかったんで九条フロアは使えんかった。親父は何の役にも立たなんだ。」
紋次郎
「そう言えば、死んだ親父から聞いたんやけど....」
大五郎
「まだ、生きとるわ!」
紋次郎
「その親父が言うから大昔の話や。冬の間に池に張った氷を、夏に街で使うために作った天然の冷凍庫が『氷室』言うとったんやと。その永室が並んどった沢が『氷並沢』やねん。『氷並沢』には元々20人ほどの人がおった。戦時中は空襲がないので100人ばかりの人がいたらしい。北向きの沢にあったんで戦争の被害を受けへんかったんや。ただ、親父の認知症が最近ひどくなって、その場所が思い出されんみたいやねん。役にたたん奴やで。」
大五郎
「わしは認知症と違う。さて、氷並沢には変な伝説があったんや。まあ都市伝説の類いやろうけど。六甲山のどこかにある氷並沢では、若い娘をさらってきて、神様に捧げるらしいねん。」
立夏
「なんでそんなん知っとるのん?」
大五郎
「わしは陸軍少佐やってん。陸軍内にはいろんな兵器を開発する部門があってな、細菌兵器を作る部門にそんな噂があったんや。」
秋
「じじい、まさかこの事件に関係しとらんやろな。」
大五郎
「してない、してない。」
紋次郎
「2回いうのが怪しい。」
秋
「神様に捧げるとはどないするねん?きれいな着物を着せて拝み奉るんやないやろ。何か嫌~な予感がするんやけど。」
立夏
「廃村やのに?」
大五郎
「さすがわしの孫じゃ。鋭いのう。心臓を氷神様に捧げると言われてるねん。たいていは死んでしまうんじゃが。」
秋
「たいていやなくて確実に死んでしまうやんか。心臓の周りの肉1ポンドやったらいかんのか。」
※1ポンドはだいたい450gぐらいだったような?
立夏
「ナントカの商人か。インカの風習かなんかで、太陽神に心臓を捧げる話があったような....」
秋
「去年の生贄候補は彼女やったんか。でも彼女は逃げ切れたで。」
立夏
「追手が秋相手にどつきあいに出たからやろ。」
大五郎
「実は西園寺流には打つも蹴るもあるからな。秋の空手も練習の一環や。普通の女の子に見えるけど、秋が怒ったら誰も勝たれへん。打突あり投げ技、締め技、関節技ありの戦いなら、普通の男の10人ぐらい数秒で倒すわ。本気やったら動きが見えへん。しかも夜やからなお見えへん。最速の蹴りは一撃で相手の骨をへし折る。8人ぐらいやったら一瞬でやられてしもたんやろなあ。なにしろ、西園寺流は1300年の歴史がある。しかも素手で刀と戦ってきた実績がある。秋は今、柔道、空手、合気道の技しか使ってないが、本気になったら西園寺流の技を使う。昔の技とは言え今の格技にない技やから、よほどの名人でも対応でけへん。」
秋
「お菊が協力してくれたから、技はキレキレやで。」
立夏
「どんな技があるのん?」
秋
「言うても分かれんやろ。危ない技が多いねん。最低でも地獄、最高なら天国という技がかなりあるからなあ。骨折で止めよう思たらかなり手を抜かなあかんから。この時も、頭を蹴らへんように注意したんやで。高速の蹴りが頭に入ってもたら下手すりゃ首がもげるからなあ。」
立夏
「刀で切りかかってきた相手には、刀で応戦したらええのんに。素手で戦こうとったなんて自慢にもならへんで。」
秋
「氷神様に心臓を捧げられへんかったらどうなんのん?」
大五郎
「その年は暖冬になって、氷が張らへんらしい。」
秋
「なんで責任者の心臓を捧げへんのや!暖冬になってしまうやないか。」
立夏
「確かに今年は暖冬でしたね。」
紋次郎
「神戸では雪も降らんかったし。」
立夏
「そうだったんですか。東京は少し降りましたよ。」
秋
「今は、池の氷を使わんでも、冷凍庫があるんやから、かき氷は年中食べれるやんか。エアコンがあるから夏冬関係ないし。私としては、寒いのはあまり好きやないから暖冬の方がありがたいんやけど。」
立夏
「私は冬でもアイスモナカが食べたいから、暖冬の方がええ。」
秋
「雪の中でも食べとったな。」
立夏
「そういえば、御崎岬の時は寒かったことを思い出したわ。」
秋
「あれは立夏が悪い。雪の中を水着にコートだけで来るからや。」
1-3.平山警部
秋
「しかし毎年やっとるんやったら、毎年、誰かが行方不明になっとうと違うのん?」
紋次郎
「そうかも知れへん。そやけど似たような都市伝説はどこにでもあるやんか。」
立夏
「ちょっと電話してみるわ。」
立夏
「もしもし、兵庫県警ですか?都市伝説調査課の平川警部おられますか。」
平山
「はい、平川でなくて平山ですが?」
立夏
「九条立夏です。毎年12月12日頃に六甲山氷並沢で殺人事件が起っとるらしい。これについて何か知ってますか?なお、去年は誘拐ですんどるらしいけどな。」
平山
「また、殺人事件ですか?飽きもせず続きますね?私の手柄になっとるんですけど、宜しいのですか、」
立夏
「警察庁の息のかかった者が兵庫県警にもぐりこんどるから、まずありえませんが、私の名前が出なければいいです。私の名前がばれた場合は、小さい不幸が重なることを覚悟しておいて下さい。」
平山
「小さい不幸って何ですか?」
立夏
「気にすることもない、ちょっとしたことですよ。上司に怒られるとか、昇進できないとか、給料が下がるとか、家の前に落とし穴ができるとか、水道から水が出なくなるとか、誰かに石を投げなれるとか、その程度のことです。」
平山
「そんなん嫌や。全部人災じゃないですか。とりあえず、そのような事件は聞いたことがないですな。だいたいが『氷並沢』ってどこにあるんですか?」
立夏
「六甲山の山中のどこかや。碇山ドライブウェイの近くらしいで。君の使命はその場所を調べるところから始まるねん。去年の被害者候補が警察に電話したら、適当にあしらわれたというとったで。責任を取って必ず探し出してな。」
平山
「その人はなぜ帰ってこれたんですか?」
立夏
「秋が助けに行ったからや。8人の追っ手の男をボコボコにしてきたらしい。」
平山
「知ってますよ。翌日8人とも自首してきましたから。全員骨折していたので、警察病院に入れました。毎年、誘拐した女性は小屋に閉じ込めて、翌日になったら死んでいたと証言しています。でも秋さんは確かオリンピックの優勝選手でしたよね。むやみに戦ったら週刊誌に書かれますよ。」
立夏
「秋は金メダルより友達を取る。そんな尊敬できる人間や。友達を守るためには金メダルを剥奪されても、一切後悔せんやろ。勝ち負けにこだわるような凡人とは違うで。」
秋
「いやいや、結構勝負にこだわる凡人やけど、今回は大丈夫や思う。一人につき骨の2~3本たたき折って、
『ええか、明日、自首せんかったら、お前らの居所を探して、もっと痛い目に合わせたる。私のことを言うたら命がない....おっとここから先は言うたらあかんな。警察内にも私の息のかかった者がおるから、変なこと言うたらすぐにわかるで。』
と脅してきたから。」
立夏
「それはそれで恐いんですけど。ちょっとしたチンピラよりタチが悪いやないか。」
2.氷並沢感染症
2-1.感染
翌日、平山警部が電話をかけてきた。
平山
「九条さん。氷並沢を見つけました。布引川の支流のそのまた支流です。かなり標高の高いところにあります。碇山ドライブウェイの修業が原と大熊猫寺から、車が通れる道路があります。鬼殺隧道は発見できませんでした。」
立夏
「さっそく行ってみよか。」
平山
「九条さん。行かない方がいいです。元々25人ぐらいの氷並沢には1945年の終戦当時100人の住民がいたのですが、2年後の1947年12月16日に、村に残っていた20人全員が死亡しているのが発見されています。検視の結果、狂犬病の感染となっています。」
※狂犬病:致死率ほぼ100%の人獣感染症。日本では1957年以降発症していない。潜伏期間は20~60日だが最長2年の例もある。予防及び潜伏期間初期ならワクチンが存在する。
立夏
「それは聞いたことがあるわ。六甲山大量死亡事件として、有名な都市伝説になっとったやんか。場所はただ六甲山にある集落となっとったと思うけど?」
平山
「この現象を研究した人がおるんです。高山晴美という女の医師で、1949年頃まで研究していて、1949年には論文も発表したらしいのですが、学会の反応は否定的で、今更、戦時中の話をむし返しても、という感じだったようです。」
立夏
「その事件も氷並沢で起こったというんか。警部はどんなやり方で調べたん?」
平山
「老人を対象にした、相手の都合も考えない、簡単な人海戦術です。」
2-2.発症
平山
「高山晴美医師によれば、六甲山大量死亡事件の原因は、陸軍の細菌兵器『狂壱號』だったというものです。そんな論文、表に出せません。隠していた細菌兵器『狂壱號』を誰かがばら撒いてしまったのではないかとのことです。詳細は不明ですが、その時村にいた20人全員が感染し、死亡したというものです。事前に実家へ帰った者もいたようですが、発症はしていないようです。」
立夏
「高山晴美は細菌兵器『狂壱號』にかかわっていたのかも知れへんな。ちょっと調べてみるわ。」
秋
「陸軍の細菌兵器『狂壱號』?未完成でその威力なんか。太平洋戦争には使わんかったんやな。これが完成しとったら勝てとったんやろか?」
大五郎
「使こうても勝たれへんかったと思うで。海戦には向かへん。」
立夏
「高山晴美の論文を探してみるわ。」
立夏
「もしも~し。神戸九条総合病院?私、九条立夏。秋の実家まで来てるの。というわけでな、倉庫から論文を探して来て欲しいんや。」
受付
「今、論文は全部電子化しています。残念ですが倉庫から出すのは手間ですので、出来かねます。な~んてね。」
立夏
「そしたら、電子化したのを私の携帯2に送って。モノは1949年、発表者は高山晴美、内容は六甲山大量死亡事件。」
受付
「こちらにあれば、30分以内には送付できます。倉庫から探すとなれば1時間以上はかかるかと思います。こちらにないようであれば、国立論文図書館に行っても、ないと思いますので、残念のお知らせをお贈りします。」
立夏
「送るという字がプレゼントを贈るという字になっとうで。」
10分ぐらいで返信が来た。高山晴美『六甲山大量死亡事件の原因』とある。
続いて、山口次郎と高山晴美の略歴も送られてきた。
「山口次郎 1915年7月1日生、1948年3月10日結婚 妻玲子、1951年6月3日長男和夫誕生、1983年68歳で死去 東京帝国大学医学部卒 陸軍大尉
高山晴美 1920年9月8日生、生涯未婚 1966年養子薫(生後3年・男) 2000年12月13日80歳で死去 東京帝国大学医学部卒。薫は東京大学医学部卒」
立夏
「東京大学言うてもなあ、メグでも合格した大学やし。ところで、この受付は最近には少ないおもろい奴やと思とったが、なかなか優秀やな。機会があったら九条本社に誘おうかな。」
2-3.正体
受付
「九条さん。驚きますよ。」
立夏
「これは、本当なんか?遺伝子組み換えを行っとるやん。責任者は山口次郎。実験主任は高山晴美。遺伝子組み換えの技術は1970年代に確立されたはず。戦時中に遺伝子組み換えの技術なんかなかった。しかし、ここには、狂犬病のウイルスの遺伝子を組み換える方法が書かれている。今でも狂犬病は発症すると死亡する最悪の感染症や。動物の唾液からの感染を、空気感染するようにして、毒性を強くして潜伏期間が1~3日になるようにしとう。何よりの証拠が、村民全員の死亡やな。」
受付
「驚いたでしょう?私も驚きました。」
立夏
「陸軍が研究してたのが問題やったんやろね。とても公に出せる代物ではあらへん。ところで九条本社に異動せえへんか。」
受付
「無理です。私は西島栞です。ちょっと両親のお墓参りに神戸に来て、友達に会って、代わりに病院の受付をやっとるんです。どうせ今日は休日なので、患者は来ませんし。私は医療事務の資格も持ってますので受付ぐらい構わんだろうと言うことで。」
立夏
「そうか、時々お墓参りに神戸へ来るんやったな。友達はどないしとるん。」
栞
「お菓子を買いに行ってます。私はチーズケーキを頼んどるのです。ところで、ちょっと気になることがあるんですが?」
立夏
「なんや?」
栞
「父母の墓地に大きくて目立つ墓があるんです。それが高山晴美の墓なんです。お参りも欠かさないみたいで、いつもきれいにしているんですよ。養子の薫さんがお墓参りをしているのでしょう。」
立夏
「そうか、養母を尊敬しているんやろな。高山晴美はあまり幸せな人生ではなかったから、薫だけが生きがいやったかも知れへんな。それはともかく、まあ元気でな。またなんかあったら誘うから。それから免許取ったら連絡してな。プレゼントがあるから。車やけどな。」
栞
「私、先月に免許取りましたよ。車はまだですが。それから、慶應大学の通信課程の法学部で勉強してみようと思って入学してみました。ぼちぼちと仕事に影響しないようにやってみようと思います。」
立夏
「じゃあ、お祝いに車一台あげるから、明日、三ノ宮駅中央口に10:00ということで。九条デパートの地下駐車場に停めてあるんやけど。車は15台ぐらいあるから好きなん選んで。大学の方は入学金と学費4年分を概算して一括で出しとくわ。」
栞
「ありがとうございます。」
2-4.終焉
秋
「それでどうなった?」
立夏
「信じられない。戦争の中心は太平洋だったから、島で完成した細菌兵器『狂壱號』を使えば、敵・味方・島民、関係なく全員死亡する。だけど海戦では使えない。」
秋
「なんで、これが蔓延せんかったんや。」
立夏
「未完成やったからや。ある一定の濃度にならんと、発症せえへんのんと違うかな?もっと薄い濃度で発症させたかったんや、その辺が問題やったんやろ。家へ帰った者は発症してないからな。」
秋
「『神戸の歴史・詳細編』いうのんを読んどるんやけど、1949年の暮に六甲山の布引川上流で森林火災があったと書いてある。原因は不明やけど。」
立夏
「これでウイルスは全滅やな。陸軍関係者の証拠を隠滅するための山口大尉の放火やろな。今となっては知らんけど。これはアメリカ軍に知られたらまずい技術やったんやろ。戦争放棄してもたこともあって、六甲山に残すのはまずかったんや。」
秋
「それで、証拠を全部消したんか。」
立夏
「そうや、その時に世界唯一の遺伝子操作方法も消えてしもた。高山晴美の研究もこれで終わりや。遺伝子操作の研究は30年遅れることとなった。」
3.氷並沢の祭囃子
3-1.太鼓と鈴の音
立夏
「ところで話の中では、太鼓と鈴の音が聞こえたという。これは何やったんやろ。」
秋
「常識的に考えるとお祭りやな。」
立夏
「秋には聞こえたか?」
秋
「気にしてなかったから、わからへん。」
立夏
「太鼓は神を祀るもの、鈴は魔除けの意味があるんや。鈴は熊避けの意味もあるけどな。六甲山には熊はおれんし、イノシシやったら仰山おるけどな。」
秋
「つまり、神様を呼ぶために、悪魔を払うというこっちゃな。それで?」
立夏
「13日の午前0時から儀式が始まるという合図やな。儀式が始まる前に神様を呼んで、悪魔を払っておこうということや。心臓が手に入っても死んだらまずいからな。ところが、生贄が逃げて追いかけた者は秋にボコボコにされてしもた。」
秋
「あいつら、捕まえときたかってんけど、けが人を助ける方が先や。それに、あの程度の連中ならいつでも倒せる。」
3-2.カウンタックLPI800-4限定モデル
立夏
「栞はどんな車がええんや。」
栞
「小さい車がいいです。」
秋
「栞!立夏に『小さい』は禁句や。」
立夏
「違う。禁句は『中学生』や」
栞
「そうなんですか?失礼しました。」
立夏
「カウンタックLPI800-4あたりがええんとちゃうか。限定モデルやけど。日本にも数台はあるから心配せんでもええ。」
栞
「なんか、めっちゃ高そうですけど買えばいくらぐらいするんですか?」
立夏
「プレゼントやからよく分かれんけど、3億何千万円とか聞いたで。」
栞
「こんなん恐ろしくてよう乗りません。軽はないんですか?」
立夏
「欲があらへんなあ。メグなんか3500万円のフル装備したポルシェを持って行ったで。あのころカウンタックLPI800-4限定モデルがあったら、飛びついとった思うで。軽自動車は九条自工が開発した電気自動車があるけど、これにするか?エンジンは私の国際特許の『波動ターボ』とバッテリー、太陽光発電となっとるから、燃費はめっちゃええで。理論上は無限の継続走行が可能や。実際はバッテリーの消耗があるので無限とはならへん。排気ガスは一切出ない、環境に優しい車や。」
栞
「これ、すごくいいです。是非欲しいです。ところで買えばいくらぐらいするんですか?」
立夏
「軽とは言え、ほぼ燃料がいらんのがいいし、まだ発売前やからなんとも言えんけど、フル装備で1500万円ぐらいの値段ちゃうかな。」
4.氷並沢の祟り
4-1.日暮の泣く季節 解
秋
「ところで、こんな祭りいつからやっとったんやろ?」
立夏
「六甲山の氷を夏に使うようになってからやろかな。
昔のことや、あるとき暖冬で氷が出来なかった。氷が出来へんのんがばれるのは冬の初めや。お代官様はその年の氷の出来を確認に氷並沢へ来られ、ろくに氷が出来てないのを知った。お代官様はお怒りになって、腰の一物を抜くと、
『ええい。氷も作れん奴はこうしてくれるわ!』
とそこにいた女を切り捨てた。
するとその女の心臓が体から飛び出し、神棚の上に乗った。その時、にわかに空に入道雲が涌き上がり、雷と激しい氷の粒が降り注いだ。この氷の粒を集めて氷にしたという伝説や。これ以降、12月に心臓を供えて厳冬を祈るということになったんとちゃうやろか?」
秋
「はあ?」
立夏
「しかし、自首してきた連中は部屋に閉じ込めただけと言うとるんや。おかしい。私の話と矛盾する。」
秋
「ちゃうやろ。と言うか、よくもまあそんな根も葉もない作り話を....呪われるで。」
立夏
「怖いわ。呪いは本当にありそうやから.....お菊の例をみてもわかるやろ。」
栞
「お菊の呪いって何ですか。」
秋
「姫路城のお菊井戸にお菊さんが住んどるの知っとうやろ。未だに呪うとると言うことやで。」
栞
「それって怪談ですよね。作り話でしょ。」
立夏
「いや、実話や。幽霊は存在するんや。会わせたるわ。」
秋
「ええ人やで。」
立夏
「幽霊は人やないけどな。」
4-2.日暮の泣く季節 姫路編
立夏
「今日は、毎年生贄を捧げとったかどうかの確認や。みんなで、姫路に行くで!」
栞
「姫路に何しに行くんですか?」
立夏
「毎年、こんなことしとったかどうか調べに行くんや。」
秋
「知っとう人に話を聞きに行くんや。」
立夏
「人やないけどな。」
栞
「誰です?」
立夏
「世界遺産のお菊や。会うだけで入場料取られるけど、大した額やないから払が出しとくわ。」
そして、見学順路を無視して、人の来ない暗い廊下の隅に陣取ると、
秋
「世界遺産のお菊、出てこい。」
世界遺産のお菊
「なんでっしゃろか。誰か私を召喚しましたな。」
秋
「私や。」
世界遺産のお菊
「ああ、秋さんでしたか。もう一人のお菊さんに聞きましたで、秋さん幽霊と試合して勝ったんですか?」
秋
「ああ、そんなこともありましたな。」
世界遺産のお菊
「死ぬような目に会わされたと言うとりました。」
秋
「もう、死んどるやんか!」
立夏
「それはそれとして、お菊さん。教えて欲しいことがあるんやけど。」
世界遺産のお菊
「なんでっしゃろ?」
立夏
「六甲山氷並沢で、毎年12月に人が死によったやろか?」
世界遺産のお菊
「そうですな。でも12月以外にもそんなことがありますで。」
立夏
「12月以外にも氷並沢で死んだ人がいる?」
世界遺産のお菊
「そうですね。」
立夏
「人が死ななかった年は暖冬やったか?」
世界遺産のお菊
「そんなこと統計を取ってないから、確かなことは言えませんけど、人が死ぬんと暖冬とは関係ないでしょう。」
立夏
「毎年12月には生贄を捧げとるんやけど。」
世界遺産のお菊
「そんなの迷信ですって。A村が暖冬を祈って、B村が厳冬を祈ったらどうなりますのん?私も迷信と現実の境界付近にいますけど。」
立夏
「おもしろい例えやけど、お菊の言う通りや。ありがとうなお菊、参考になったで。さすが世界遺産や。」
お菊は消えようとしたが、
栞
「お菊さんちょっと待って下さい。」
世界遺産のお菊
「何でしょう。」
栞
「できたらサインを頂きたいのですが。色紙とサインペンは用意してます。世界遺産お菊でお願いします。」
世界遺産のお菊
「私、初めてサイン書いたわ。結構緊張するもんやな。」
栞
「お菊さん。ありがとうございます。家に飾っときます。」
世界遺産のお菊
「神棚には飾ったらあかんで。では、失礼します。」
秋
「そんなん飾っとっても誰も信じへんで。証拠もないし。」
栞
「ええんです。証拠なんかなくても、信じてもらわんでもええんです。私が事実を知ってますから。」
5.氷並沢の呪い
5-1.六甲山大量死亡事件
1947年12月13日に突然、村にいた20人全員が死亡した。原因は不明であったが、誰かが誤って『狂壱號』をばらまいたものと思われた。しかしこれは、本当に誤って『狂壱號』をばらまいたんだろうか?
立夏
「この新型ウイルスは山口大尉と高山晴美が中心となって進めていた。」
平山
「それはどういうことでしょうか」
立夏
「誤ってではなく、山口大尉と高山晴美が故意に『狂壱號』をばらまいたとしたら?」
平山
「何のために?」
立夏
「もちろん、『狂壱號』の効果を見るための人体実験や。」
平山
「なぜ、戦争が終わって2年も経ってから?」
立夏
「1952年まで日本におったもの。『進駐軍』という名の『占領軍』。」
平山
「よもや、また戦争を?」
立夏
「まさか。細菌兵器『狂壱號』ひとつで戦えるほど甘くないわ。『占領軍』を追い出したらそれでよかったんちゃうかな。」
平山
「なぜ、実行しなかったんですか。」
立夏
「ウイルスの数が一定以上にならないと発症せんとわかったから。つまりが、『狂壱號』は未完成やったんや。」
平山
「しかし、結局、後になっても実行しませんでしたよね。」
立夏
「山口は結婚して安定を求めるようになったんとちゃうか。日本が敗れたことを理解すると同時に、『狂壱號』のことがバレたら自分も戦犯として死刑にされるのではないかと考えたんやろ。占領軍を追い出すのに反対するようになった彼は、氷並沢の山林に火を放ち、『狂壱號』のウイルスを焼き尽くした。それに対抗して高山晴美は『狂壱號』の製造法を論文として発表してしもた。しかし、先手を打っていた山口によって、この論文は認められることなく終わってしもた。神戸九条総合病院にあったのは、偶然と言ってええ。高山晴美には一生暮らせるだけの年金を、口封じとして国から支給されたと思うねん。ここまでが第一部『六甲山大量死亡事件』や。」
5-2.氷並沢祭り
立夏
「次は氷並沢祭りや。」
秋
「これが高山晴美と関係があるのん?」
立夏
「あるねん。高山晴美は2000年に死んだ。さて、遺品の整理をしていた養子の高山薫は、ひとつの論文を発見した。高山薫も医者やったから、この論文がどんなものかが理解でけた。これが認められていれば、養母の高山晴美は初めて遺伝子入れ替えを行った学者としての栄誉が与えられるはずやった。それと同時に義母の意図が理解てけた。」
栞
「あの論文を見ただけでその意図を見抜けるんですか?」
立夏
「もちろん論文を書いた意図を見抜いた。恐らく高山薫もギフテッドや。そして、たぶん祭りの首謀者や。しかし、精神に異常をきたしている。高山薫は当時よりはるかに進歩した現在の技術で、狂犬病の新型ウイルス『狂壱號』を作ろうとしたんや。」
秋
「どのぐらい完成しとったんやろ?」
立夏
「『狂弐號』は、ほぼ完成しとったと思うが実用には今一やったと思うねん。そやから人体実験として生贄を誘拐してきては、部屋に閉じ込め、『狂壱號』を使い、殺して、その影響を見るために解剖していたと思う。」
栞
「それで毎年12月に誘拐して....?」
立夏
「それは違う。お菊もいうとったやろ。12月以外にも死者はおったと。季節も性別も人数も関係なく誘拐してきたと思うねん。ただ、12月12日~13日の祭りでは、儀式的なものとして女を『狂壱號』で殺しよったんちゃうか。」
栞
「それはおかしい、氷並沢は廃村やったはずです。誰もいなかったはずです。」
立夏
「栞、ひとつ教えといたるわ。『はず』という言葉は自分の思い込みや。さて、誰もいなかったはずの氷並沢には、実は住人がいたことになる。『狂壱號』を研究しとった高山薫である可能性が高い。」
秋
「じゃあ、心臓を捧げるというのは....」
立夏
「怪談になるように誰かが作った話やないかなあ?とここまでが、第二部『細菌兵器【狂壱號】の開発』やな。」
5-3.その時何が起こったか?
立夏
「そして、それを踏まえた上で去年の12月に起こったことを考えてみよう」
秋
「まず、なんで氷並沢行のバスに乗ったんや。」
立夏
「バスはレンタカーやと思うんやけど?最終バスが発車した直後に停留所で待っとく。女が乗ればすぐ発車。男が乗れば女性専用車やという。私の想像やけど、氷並沢へ行くタクシーもあったと思う。」
栞
「なんで女性ばかりなんですか?」
立夏
「女性の方が腕力が弱いからかな?秋みたいな規格外もおるけど。」
秋
「バスのレンタカーなんかあるんか?」
栞
「ありますよ。」
秋
「どこに?」
栞
「JR西明石駅から車で15分ぐらい行ったところですけど。修理工場のついでにバスのレンタカーをしているところがあります。主に、中学、高校のクラブ活動が対外試合などに運転手付きで利用しているそうです。私も高校のクラブ活動で利用したことがあります。料金はわかりませんが。」
秋
「ところで栞は何部やったん?書道部?」
栞
「サッカー部のマネージャー兼コーチをしていました。作戦は私が立てていました。結構強くて、運よく全国大会まで行ったんですが、優勝候補にあたってしまって、1対2で負けました。」
立夏
「栞はコーチは適任やと思うで。それでやなあ、カーシェアーは知っとる?」
栞
「バスのカーシェアーは知りませんが、需要自体がないんじゃ....」
秋
「ところで、廃村やのんに?なんで祭りが行われとるん?」
立夏
「昔からここは氷室の里やった。つまりがここで生まれ育って死んでゆくと言うことを何代もつづけていたんや。死んだ人は氷並沢から少し離れた外人墓地に、外人のふりをして埋葬していたのだろう。
1047年に氷並沢は一夜にして廃村になったけれど、何人かは村から出とった。その息子たちは父親に氷並沢に連れてこられて、
『伝統を引き継いで行くのは君たちだ。』
みたいな、歯の浮くセリフを並べられてて、すっかりその気になってしもたんや。」
秋
「嘘クサ。それで何人で祭りをしとったんやろ?」
立夏
「最低でも9人最高でも10人やな。秋にボコられた8人に、タクシーの運転手。片足の男が8人の中にいたら9人、いなかったら10人。8人の男が追いかけてくる前に、太鼓や鈴の音が止まったというとるから、太鼓や鈴は7人か8人で運営しとった、マイナーなお祭りやったと思うんや?メインは心臓を捧げる儀式ではなく、小屋に閉じ込める儀式。その後死体を外人墓地への埋葬やな。」
栞
「そんな、少人数で?」
秋
「何か、都合の悪い死体は、全部外人墓地に埋めとう気がするんやけどな?」
立夏
「外人墓地は治外法権やからな、見つかりにくいんや。」
秋
「外人墓地が治外法権やとは知らんかった。」
立夏
「秋、心配することはないで。私も言うてみただけやから。」
秋
「祭りが男ばっかりやったんはなんでや。」
立夏
「女は全員が生贄になったんや。」
栞
「まさか。」
秋
「嘘やろ。」
立夏
「嘘や。女がいなくなると子供が出来なくなる。まあ、祭りは男のものという古い差別意識があったんとちゃうかな。今はギャル神輿もあるし、そんなこともないんやろうけど。まあ、いろいろと男性優位の風習は残っとるで。しかし、こんな祭りにかかわらん方がええけどな。」
秋
「片足の男はどなしとったん?」
栞
「片足の男が消えるなんて恐いじゃないですか。」
立夏
「ただ足を前後にして、前の足で後ろの足を隠していただけや。暗い中で後ろの足が見えなかったんや。呪いで足が消えたという写真と一緒や。全身が 消えたのは黒い布の後ろに隠れただけや。これも首だけが見えとるというのと一緒やな。」
秋
「なんでそんなことすんのん?」
立夏
「誘拐しても0時に間に合わない可能性が出てきたためや。もう1時間ほどしかないやん。タクシー運転手のところに早く行ってもらわなあかん。脅して速く歩かせる、走ってくれれば、なおよかったんと違うかな?」
秋
「タクシー運転手は何者?」
立夏
「主犯の高山薫やと思う。そのまま氷並沢に連れて行く予定やった。ところがカーブで安全運転を意識したために、速度を落とし、逃げられる事になったんや。カーブをぶっ飛ばしたまま曲がっとったら、彼女は生贄にされとったんやろな。」
秋
「鬼殺隧道がないのは?」
立夏
「何か別の記憶と混同しとるんちゃうか?印象の強い名前やからなあ。あのドライブウェイにトンネルはないねん。」
栞
「鬼殺隧道なら知ってますよ。蓬莱峡ドライブウェイにある、有名な都市伝説の地ですよ。」
立夏
「秋は何で助けに行ったんや?」
秋
「助けを求めた人を、私は見捨てへん。」
立夏
「そうや、お前はそんな頼りになる男や。」
秋
「私は女や。」
栞
「秋さんはどのぐらい強いんですか?体型は少し細身で身長も高くないし、どうしても普通の女の子で、とても日本トップの柔道選手に見えないんですけど。」
立夏
「秋は裸にしたら筋肉の塊やねん。」
秋
「嘘つくな。筋肉は見えへんところにしっかりつけとるわ。決して体型が崩れないような鍛え方をしとるわ。それに、この体型が一番速いねん。」
立夏
「本人はルールのある試合やったら男にも負けない言うとる。けんかやったらもっと強いらしい。」
秋
「そんなことないで。例えば、柔道で最強といわれとった時の下山泰が10人束になってかかってきたら、たぶん負けると思うで。」
立夏
「そんなシチュエーションがあると思うんか?」
秋
「あくまで柔道での話やで。総合格闘技なら当然私が勝つ!」
立夏
「勝つんかい。しかも、当然なんか。」
秋
「当然や。」
5-4.凶器
栞
「彼女は何で殴られたんですか?」
秋
「金属バットで後頭部を殴られたんや。」
立夏
「秋、腹が立ったんやろ?」
秋
「そうやな。めっちゃ腹が立ったで。死人が出なかったんが不思議なぐらいやった。」
栞
「秋さん。人を殺したことがあるんですか。」
秋
「人はない。知床合宿に行ったときに、熊を7頭ほど....ちゃんと『熊鍋』にして食べたけど、7頭は食べ切れへんかった。野菜もないし。」
立夏
「野菜がいるんか!」
秋
「熊の肉はカタいから、柔らかいものと一緒に食べたいねん。血を抜くのが遅いと肉の臭みが強くなるし。血はなかなか抜けへんし。」
立夏
「知床の熊のコロニーも、秋の食糧庫になってしもたか。」
秋
「ところで、金属バットで彼女が殴られたとき、後頭部やったこともあって、死んだと思うた。そやけど、昴と栞の例もあるし、神戸九条総合病院やったら死んどってもどないかなるかな?と思うて、連れて行ったんや。なぜか西園寺秋や言うたら、時間外の救急やのに丁寧な扱いを受けてん。脳にたまっとった血を、手術で取り除いて助けてくれた。看護師さんが『名前を書いて下さい』というから何かの手続きやなと思うたら、色紙にサインやった。もちろん喜んで書いたわ。」
立夏
「死んだ人を生き返らせる、魔法使いのおる病院とちゃうで。ゾンビの昴は運が良かっただけや。」
栞
「本人は不死身の昴と言うてます。完治して、空手もできるようになって、喜んでます。」
5.氷並沢に住む人
5-1.狂壱號
秋
「ところで『狂壱號』は今はどうなっとると思う?」
立夏
「まだ誘拐が必要やったんやから、完成はしてないと思うねん。ただ、威力がごっついだけに、未完成のままでも使用可能なのが恐ろしいわ。」
栞
「『狂壱號』はどこで使う つもりなんでしょう?」
立夏
「近いところで、米軍西神基地が怪しいと思うねん。こっちの動きが早いと、氷並沢で捕まえられると思うけど、そうでなかったらちょっと厄介やで。」
栞
「西神基地の周りは住宅地ですよ。米軍だけならともかくも、一般人に何千人もの被害が出ます。」
立夏
「米軍はやられてもええのん?」
栞
「背に腹は代えられないというか、日本を守るために殉職ということで....」
5-2.特別公安
立夏
「まあ、そんなわけにもいかんから、警察庁の特別公安から兵庫県警の出動を要請しとくか。」
秋
「も~しもし。深泥池のスカイ警視正さんですか?この会話は録音しておくことをお薦めします。」
スカイ
「そんなふざけた呼び方をするのは、立夏さんか秋さんでんな。」
秋
「秋でした。まあまあ当たりですから、何かおいしいものを送っときます。さて仕事です。神戸六甲山の山中で、連続誘拐殺人事件が起っています。しかも、細菌兵器で米軍基地を襲う可能性があります。よって、兵庫県警機動隊の出動を要請致します。」
スカイ
「了解しました。今の警部のなんとかさんの手に余るということですな。」
秋
「平川警部やったっけ。」
栞
「特別公安って何ですか。」
立夏
「警察庁直属九条用の公安や。直属の上司は麻美刑事局長や。警察庁の組織図とかには載ってない秘密警察の一種で、大正時代に作られた小屋を修繕しながら使うとる。トコちゃんもピーちゃんも組織の一員や。私も出動を要請でき、ここから全国の警察に命令ができるんや。今回は兵庫県警の機動隊が来るやろ。『九条セキュリティ』と『三崎安全保障』を動かしてもええねんけどな。訓練しとうとはいえ一応素人やし。ここからは、機動隊に任せておいて大丈夫や。」
栞
「警察組織も動かせるんですか。いくらぐらいかかるんですか?」
立夏
「金を渡したら賄賂になるから、必要経費ぐらいやで。今回は防護服やガスマスクやな。捜査1課は何もなし。」
秋
「スカイさんに『布引の滝せんべい』を送っときました。」
栞
「どんなせんべいなんですか?」
秋
「瓦せんべいに滝の絵が描いてあるだけですが....」
6.氷並沢計画
立夏
「これはもしかして七瀬財閥が関係してたのでは。ちょっと働いてもらおか。」
立夏
「もしもし、九条立夏です。七瀬武之さんですね。」
武之
「はい、七瀬武之です。お久しぶりですね。小学校以来ですね。」
立夏
「知ってるくせに。アメリカに行っとったからです。今は早稲田大学の文学部で勉強しています。東大医学部に通ったのですが、友達が出来そうになかったので。私は友達がたくさん欲しいんです。今は秋以下10人程度の仲間がいます。」
武之
「秋というのは西園寺秋さんですか。そうですか、最強ですね。僕は東京大学の医学部です。九条さんこそマサチューセッツ工科大学を出とるのに、なぜ文学部なんかに入ったのですか?」
立夏
「『文学部なんか」とはちょっと失礼やで。理学博士になったから、次は全然違うことやろうと思うて。」
武之
「そうだな。失礼だった。」
立夏
「さて、今日はあなたの母方の、ひいお爺さんにあたる山口次郎さんについてです。知らんとは言わせませんよ。」
武之
「もちろん知ってるよ。実際に本人に会ったことはないけどね。」
立夏
「すると、戦時中の氷並沢計画はご存じですね?」
武之
「ごまかしても無駄ですか。知っているから連絡してきたんでしょう。七瀬ではかん口令が敷かれいるんですがね。」
立夏
「軍部からの命令で仕方なく手を染めたのでしょうが、氷並沢計画が今どうなっているかご存じですか?」
武之
「あれがどうしたと言うのですか。戦争とともに終わったことです。後日、研究もすべて灰になったと聞いていますが」
立夏
「実際に行っていたのは高山晴美という医師でした。そして、高山晴美の養子の薫が研究を引き継いで2000年頃から細菌兵器を作っています。現在、未完成だが殺傷能力は相当なものです。広島原爆ほどの威力はないでしょうが。」
武之
「何のためにそんなものを作っているのですか?」
立夏
「多分、米軍基地に撒くつもりです。さて、ここでお願いです。開発責任として、七瀬薬品で狂犬病のワクチンを作って下さい。」
武之
「もう、日本にはない病気のワクチンを作れというのですか....九条では無理なのですか。」
立夏
「時間がかかれば可能でしょう。七瀬には当時の資料があるんじゃないですか?狂犬病のワクチンも、恐らくは研究していたと思います。高山晴美の論文は入手しているので、メールで送りましょうか?
とにかく、米軍基地に撒かれると、国際問題に発展します。九条は兵庫県警の機動隊を動かして高山薫を確保し、後に全て焼却処分します。七瀬はそれが失敗した時の保険のようなものとご理解下さい。」
武之
「六甲山を燃やすつもりですか?国立公園ですよ。ただでは済みませんよ。」
立夏
「承知の上です。米軍とやりあった方が被害が大きいでしょう。
ウイルスは空気感染しますから。例えば布引川沿いに流すだけで、谷沿いに下って、神戸の中心付近にいる人は、4日以内に全員死亡します。ウイルスが一定以下の濃度になるまで、感染が広がり続け、被害者は数万人になるでしょう。しかも、布引川が生田川に名前を変えるところに、何があるかご存じでしょう。」
武之
「新神戸駅か。新幹線に乗って日本中が感染する危険がありますね。わかりました。やってみますが、なんとか氷並沢だけで済ませたいですね。」
立夏
「そうですね。では、よろしく。」
スカイ
「無事、高山薫を確保し、施設に火を付けました。勢いよく燃えていますがどうします?」
立夏
「機動隊が帰った後に火を付けたやろな?」
スカイ
「はい、姫様の仰せの通りに。」
立夏
「電話ボックスを探して、消防車を読んで下さい。」
スカイ
「合点、承知の助。」
翌日のニュースには、
「昨日、六甲山布引川上流で森林火災が発生、原因不明、12時間後に鎮火。」
の記事が出ていた。
武之
「とにかくは、これで安心だな。それにしてもうらやましい。僕も仲間に入れてもらいたいな。まあ、無理だろうが。」
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