夢幻と夢現
愛沢吉叶
第1話 始まりは赤きベルガモットの香りと共に
コツ……コツ……コツ…。
休日の家族連れの喧騒で賑わうはずの公園に…私のもたらす死へのカウントダウンが足音として響く。
ドクン…ドクン…ドクン…
心臓の鼓動と共に、私の中で。
それはいつもと変わらない仕事。犯罪組織の要人を暗殺する。私の超能力によって彼の心臓の空間を操り止める。傍から見ればただの心不全で初老の男性が死亡したかのように見えない。
なぜこのタイミングか。それは至極単純。彼は幼い自分の娘と二人で公園まで遊びに来ていた。普段の彼には護衛が付いているが…娘との時間を過ごすときはその護衛を遠くに置いている。
だからこそ今なのだ。殺害に一切の道具を用いない上に、ある程度距離があっても使える私の能力で…彼を殺す。
それは本当に簡単なことだった。少し集中しただけで…彼の体は一瞬だけピクリと震え、すぐに動かなくなった。
…………帰ろう。ここに長居する必要などは無い。
踵を返し、私の居るべき組織へと戻ろうと歩んだその時、声が聞こえた。これだけの喧騒の中だというのに…その一言が。
「おとーさん!ソフトクリームかってきたよ~!」
それは考えるまでも無い。私が殺めたあの男の…子ども。彼が死んでいるとも知らずに満面の笑顔で呼びかけて……
「おとうさん?ねちゃったの?おしごとたいへんでつかれちゃった?でも、アイスとけちゃうよ?ねえねえ、おきて!」
コツ……コツ……コツ……
ドクンドクンドクン…
「おとうさん……?ねえおとうさん!!パパ!!パパっ!!」
…………その声は…いつの間にか大きくなっていた私の鼓動にかき消されていく。無かったことにするかのように。そうだ、これで…終わりなんだから。
夢現 所長室
「以上だ。これにて報告を終える」
終わった仕事を…所長の椅子に座る見てくれだけはいい所長へと告げる。
「お疲れさん。…悪いな、いつもいつも玲にばかりこんな仕事を押し付けて…」
「今更何を言うのですか。私をこちら側へ引き込んだのは…リヴェア、貴方でしょう?」
「それは分かっているよ。でも…もう少しは弱みを見せてもいいんだよ?お前は女の子なのだから…」
リヴェアは…銀色の髪に隠されていない方の赤く輝く宝石のような瞳で私の心の奥まで見透かしたようなことを口にする。こういうところが本当に苦手だ…。
「年甲斐もなくポニーテールにするような人にはなりたくありませんから」
「それは私への当てつけかなぁ?別に大人がこの髪形をしてもいいだろう?むしろいい歳してぼさぼさ髪の飾りっけない唐変木の方がどうかと思うけれど?昔のみつあみおさげのメガネっ子玲ちゃんの方がまだ良かったぞ?」
「………もう報告は終わっていますし私は自室に戻ります」
「五月女ちゃ~ん、もう少し名前通りに女の子らしく」
「私を苗字で呼ばないで下さいと何度も言っているでしょう!では、失礼します!」
「あ、待て玲!その前に…」
彼女が私を呼ぶ声が聞こえたが、こういう面倒なスイッチが入った時はいつもろくなことを話さないのでそいつを無視して所長室を出て行く。
……五月女、か……。本当にあの人は初めて会った時から……そう呼んで私を戸惑わせる…。それは初めて会った時もそうだった。
それはもう何年も前のこと。私は数千万人に一人生まれてしまうと言う超能力を持った人間として生まれてしまった。それも…空間を操ると言う実生活に害をもたらしてしまうような…。
その力は私の感情が昂ってしまった時に強く発現してしまい、家の中の物や家そのものが壊れてしまうことが多く、幼少期から私は両親から疎まれ、捨てられるような形で郊外の学園へと押し込まれた。
そして…忘れもしないあの夏の日。
クラスでいじめられていた私は感情を抑えきれず、多くの人を傷つけてしまった。
赤黒い液体と汗でベタベタになってただ一人、佇む私に恐れることなく声をかけてきたのがリヴェアだった。
彼女は「夢現」という組織の所長だと自己紹介をしたけれど…夜とはいえこの暑い真夏の日に凛とスーツを着こなして汗一つかかずに笑顔を向けてくるその存在がどこか怪しかった。
そんな私の訝しむ視線に彼女は気づいていたのだろうけれど笑顔を崩さずに彼女は告げた。
「君だけの特別な力、必要としてくれる人の下で役に立てないかい?私はリヴェア・コースト。君のように他の人間とは違った力を持っている人を保護し、その力を世の役に立たせる方法を教えている。君のその力はきっと多くの人を救うことが出来る。だから君さえ良ければ私の下へと来てほしい」
正直言ってこんな怪しい人間の言葉を信用していいのかと疑問に思ったけれど、ずっと疎まれていたこの力を必要とされたのは初めてで…動揺と同時に何か感じたことのない感情が胸の奥でざわめいていて。
だから私は…そのざわめきを、疼きを信じて…その道を選んだ。
「……分かりました。貴方の言う夢現と言う場所へと行きます」
「ありがとう、お嬢さん」
「お嬢さんはやめてほしいです。私の名前は…」
「五月女玲、五月に女でもさおとめと読むとは…日本語とは相変わらず奥深いものだな…」
「どうして…私の名前を……」
「ふふっ、私も普通の人間とは違うモノでな」
彼女も私と同じ超能力者だと知った私は初めて自分以外にもそういう人が居ることを知り、まだ純粋だった私は最初に感じた胡散臭さを忘れて彼女のことを完全に信頼してしまった。
……いや、この言い方では間違いのように聞こえてしまうがその信頼は決して間違いでは無かった。彼女が連れてきてくれた施設のお陰で私は不当な差別から逃れることが出来て…更には能力を律する訓練もしてもらい、力の暴走をしなくなった。
そう、ほとんど人並みに近い生活を送ることが出来るようになったのだ。
その分、今回のような仕事をすることにはなってしまったが…この幸せな日々を貰ったのだから…人を殺すことくらい。もう気にもならない。………気にしていたら、心がいくつもあっても足りないのだから。私はただ仕事を機械的にこなしてきた。
ピーっ!
っと、過去のことをつい想起してしまっているうちにお湯が沸いたか…。
ティータイムの待ち時間に考え事をしているとこの時間もすぐに訪れてしまう。
既にポットは用意してある。後はお気に入りのキャニスターを開けて茶葉を…………ん、んん…?
缶が開かない。かなり硬く閉まっている。何故だ…こんなにも開きづらいものでは無かったはずなのに…。
……っ、そうだった…。前の依頼を終わらせて、ティータイムを過ごしている時にリヴェアから面倒なことを頼まれ、紅茶を一番おいしい状態で飲めなくなったことにイラついて蓋を閉める時につい強く叩きつけてしまったのだった…。
……仕方がない。今日はアールグレイの気分だったけれど、このキャニスターを無理やり開けようとして壊したくは無い。今日はダージリンにでも…
「あの、開けましょうか?」
「ん、開けられるのならお願い………ッ!!」
完全に平和であるはずのこの部屋で完全に油断していた。私が裏を取られるなんて…。
けれど、相手が襲ってくるよりも先に近くに置いてあったナイフを手に取り、男の喉元に突きつける。
「ま、待ってください!僕は怪しいものではありません!」
「私は部屋に入ってからすぐに鍵をかけるようにしている。鍵を開けられるのは中に居る私とマスターキーを持っているリヴェア以外には居ない。だというのに私に気配を悟らせずに入ってきた貴様が怪しくないなどとどの口が…」
「ぼ、僕は所長さんから五月女さんに指導をやらせるから挨拶をするようにと言われたのでこうしてお部屋に伺ったんです…」
「リヴェアが…?そんな話は………」
聞いてない…と言うより聞かなかった…か。ついさっきリヴェアは私を呼び留めていたから…きっとそれがこの件だったのでしょう。
面倒なことだと思い無視をしたのが間違いだったか……。いや、これはこれで面倒なこと…………
「…だとしても、どうやってこの部屋に入ったのですか」
「えっと…僕の超能力です。五月女さんは説明するよりも実際に見せた方が理解してくれるからその能力で部屋に入れと所長さんに言われたので…」
あのバカは本当に面倒なことばかり…。しかし鍵のかかった部屋に入ることが出来るとは…。
ここはあの所長が作った割にはしっかり作られていて…私の力を使ってもこうも人に気付かれずに扉を開けることは出来ない…そもそも開けられるかも怪しいと言うのに……。
…………だとすると、彼の超能力は…
「閉ざされたものを開く力…か」
「凄い…。流石は無限で一番の活躍をしているという五月女さん…!」
「…別にそんなに凄いことをしてはいない。それよりも…その程度の力なら一般の人間社会でもやっていけそうなのだけれどどうしてここに…?」
そう、彼のように日常生活を送る分には脅威とならない超能力を持った人間も居る。そういう人間はその能力を活かした仕事をするものなのだけれど…。
「僕の力は…時々暴走してしまうんです…」
「暴走…?開くだけの力で…?」
「はい…。無差別に鍵を開けたり、酷い時には機械のネジを外したりもしてしまうから…僕のせいで重大な事故が起きたりしてしまったらと思うと怖くて…」
「なるほど、その能力をコントロールできるように指導するのが次の私の役目と……。ふぅ…、面倒なことを…」
「は、はい…。すみません…」
「謝ることは無い。私だって最初はこの力を制御することは出来なかった。それでも今は自在に操れる。君もすぐにその力を制御できるようになるはず」
「は、はい!よろしくお願いします五月女さ
「まず一つ言っておくけれど、五月女と呼ぶのはやめなさい。私のことは玲と呼ぶように」
「え…?わ、分かりました。玲さん」
「それでいい。君の名前は?」
「僕は烏丸クラヴィスと言います」
……見た目は完全に日本人だと言うのに名前はそうではないのか。ハーフ……クォーターだろうか。……なんてどうでもいいことに思考を割くのはやめよう。
「……さて、では早速君の力をこの目で見せてもらう。これだ。」
「これは……何ですか?」
「キャニスター。中に紅茶の葉が入っているのだけれど蓋が硬く閉まっていて開けられないの。貴方の力が開ける力だと言うのならこれを開けることもできるでしょう?」
「多分…出来ると思います。じゃあ開けてみます!」
クラヴィスに缶を渡すと、一瞬力の奔流を感じた。ふむ、この程度のことでここまで力を出してしまうあたり制御できていないのだろう。
「開きました!」
「ふむ、では渡してもらいましょうか」
「どうぞ」
キャニスターを返してもらう。あんなに硬く閉まっていたと言うのに開いている。能力自体はきちんと使えているのだから制御にも時間はかからないでしょう。
さて、キャニスターも開いたことだし続きをやりましょう。ポットに茶葉を入れお湯を入れたところで…まだここに居る彼に口を出す。
「………いつまでこの部屋に居るつもりなのですか?」
「え?で、でも…僕の超能力の……」
「今日はあいさつと君の能力の把握が出来た時点で充分。私のティータイムの時間があるからまた明日から指導をする。それでいいでしょう」
「は、はい!よろしくお願いします!」
そう言って…私に右手を差し出す。
………それに応える義理は無いけれど、ティータイムまではまだ茶葉を蒸す時間だけ余裕がある。
今後数日か…或いは数ヶ月関わることになるのだし、握手くらいはするべきか…。
「………ええ。短い期間だけれど…よろしく」
彼の手を握り返す
ぱぁんっ!!
………ん?何、今の音…。
何かがはじけ飛ぶような音と彼の力の奔流を感じたような気がするのだけれど……。
「ぁ……///」
……クラヴィスは何を赤くなっている…?彼の視線の先を見るとそこは…私の足元………いや、下腹部………
「ッ…!!?」
私のズボンの留め具が無残にはじけ飛び…脱げ落ちていた。
「……………貴様がやったのか…?」
「ち、違います!!わざとやったのではなくて!僕の能力はこういうことも起きちゃうから…」
「……遺言はそれで十分か…?」
「ご、ごめんなさ…」
この日、柑橘の香りの中に断末魔の叫びが響き渡るのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます