境界線各駅停車

小狸

短編

 電車に乗って、適当な席に座った。


 この時期は共通テストがあるので、大学が休講になる。


 テスト自体は明日からなので、今日は早めに講義が終わる。


 今日の午前最後の講義の教授は、いつもチャイムより五分早く終わる。


 人混みは苦手である。


 流石に五分前とは言っても、講義を受けていた一号館の外には、学生が多く居た。


 ごちゃついている――とか。


 人酔いする――とか。


 そういう次元ではない。


「あのさ――この後――」


「えー、それはさ――」


「エグいて――」


「どうしてだよ――」


「それってアリ――」


「めんどくね――」


「自主休講――」


 人の話が、声が。


 私の思考の中に入り込んで来る。


 人と人には、境界がある。


 アニメや漫画のように、やや太めの線で分かりやすく区切られているというわけではないけれど。


 私は、その境目がおぼろげなのである。


 自分という核は確かにある。


 その周囲を囲う膜が、不安定で不均衡なのである。


 だから、混ざる。


 それが怖い。


 そそくさと足早に、私はその場を離れた。


 大学から最寄り駅までは、徒歩で十分ほど掛かる。

 

 その間、私はやや下を向いて歩く。


 歩く。


 歩く。


 歩く。


 それは逆に目立つ行為かもしれないけれど、そういう人の視線も、目に入らなければ気にはならない。


 昔はイヤホンを付けていたけれど、誰かに音楽的嗜好を覗かれているような気がして、音楽を聴くのは辞めてしまった。


 駅に着いて、電車を待ち、乗った。


 地下鉄で2駅乗った後、大きな駅で乗り換え、40分ほど揺られた先に、私の家はある。


 最初は人の多かった車内も、徐々に人の数が減ってゆく。


 丁度この辺りの車窓からは、海の景色が良く見える。


 海は、好きである。


 水平線という軸がはっきりしていて、湾曲していない。


 とても落ち着く。


 落ち着きながら、一方で、思う。


 自分は、社会に適合できるのだろうか――と。


 社会人になれば、それこそ満員電車に乗り、仕事に行くか、一人暮らしか――いやいやまだ先のことなので分からないけれど、大学二年の今、そろそろ将来のことを決めていかねばならない時分である。


 少なくとも、比較的自由に時間を使うことができている今よりは、拘束されることになるだろう。


 大丈夫、だろうか。


 不安になって、周りの友達や家族に相談してみたこともある。


 しかし、まともに聞き入れてはもらえなかった。


 来年、就活が始まる。


 どうしようかな、と思いつつ、私は。


 解決しようと、思っていない。


 本気で解決しようと思ったら、病院でもメンタルクリニックでも何でも通えば良い。

 

 なのに、その選択肢は、私には無い。

 

 どこかの誰かが解決してくれないかな、なんて思っている。


 揺らいでいるのだ。


 この海のように。


 ぐことはなく。


 永遠にざわめいている。


 そんなことは許されないと分かっていていも。


 家の最寄り駅に着いた。


 大学2年、私はまだ。


 モラトリアムの海を、ただよっている。


 

 

(「境界線各駅停車」――了)

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