彼方へハッピーアイスクリーム!
連帯保証人になるということ即ち、謂れのない借金を背負う事である。
そんなのドラマでよく見る展開だとわかっていたのに、私の友人だけはそんな事しないと思っていた私は最高に頭お花畑であった。
もう利息が月の稼ぎを超えてしまった。一生掛かっても払いきれない。
風俗に沈められればまだいい方で、それでも遙かに足りないお金は、どうやって工面するのだろう。
「そりゃ、死んだ方がマシだと思うようなビデオとか」
今時ビデオて。
運転する幼馴染が真面目な顔でそういうものだから笑ってしまった。
「せめてDVDじゃない?」
「それも今ほとんど再生できないべ~」
少し不貞腐れたように口を尖らす癖は、中学生の頃から変わっていない。
兎にも角にも、私は追われる身。捕まればもう二度と光など見られない。
そんなの御免だ、と嘆いていた矢先にふらりと現れた幼馴染は最高にヒーローだ。
「えーっと」
私の話を聞いた幼馴染は、頭を掻きながら呟いた。
前から好きでした、とはにかむ彼も、全く同じような状況で多額の借金を背負っているらしかった。来週にはマグロかカニ漁船に乗せられて、二度と日本の土は踏めない。
「付き合っちゃおうよ」
ハッピーアイスクリーム。
二人揃って口を突いた言葉。
どうせなら、今手元にあるお金で目一杯楽しんじゃえ!
私たちは再開して三日目でカップルとなり、四日目から車で日本各地を移動した。はてさて、借金取りはついて来れるのか。私たちの場所がバレるまで、北は北海道から南は沖縄まで、軽自動車一つで何処までも!
北海道のカニはぷりぷりで、無限に食べられた。
「食べても食べても無くならない! ありがとう!」
「何で俺にお礼言うんだよ」
「だって君がゆくゆくは獲って来る事になるんでしょう?」
頭を引っ叩かれた。
日本海側のホタルイカを食べて、急遽そばが食べたくなって長野に戻り、富士山と海の写真が撮りたくて静岡に寄った。旅の行き先など全く決まっていなくって、最終的に沖縄に付けばよかった。沖縄で何する予定も無かったけれど。働きづめで一度も行った事の無い日本の果てまで行ってみたかったのだ。
だけど残念だったのは、借金取りの情報網が凄いって事でして。
SNSで画像を投稿したわけでもないのに、私たちはいつの間にか包囲されてしまっていた。鹿児島で焼酎を飲んで、あとちょっとのところだったのに。
こうなった時にどうするか、私たちは事前に決めていた。
幼馴染の顔を見ると、真っ赤な顔で頷いていた。
それは焼酎に酔ったのかい? それとも私に見つめられたからかい?
そう訊くとまた引っ叩かれた。
行く道行く道塞がれて、いよいよ目の前は崖ばかり。私たちは、鹿児島の酒屋で買った泡盛片手に、ケラケラ笑ってアクセルを踏む。
「これで実質沖縄!」
「全国制覇!」
馬鹿みたいに笑って、最後はふざけてハグしちゃったりして。
彼は運転中だから危ないと言うけれど、勢いキスなんかしちゃったり。
後ろからは黒塗りの車が何台も追いかけて来ていた。
気付かないふりして唇の感触に集中してみた。
これで忘れずにいられるだろうか。どうか神様。
「運転中なんだけど」
幼馴染が迷惑そうに眉根を寄せる。
その頬をちょっとだけ突いて「安全運転でね」と返した。
「当たり前だろ」
そう言って、私たちは軽自動車で崖を飛ぶ。
海の向こうには沖縄がある!
しかし、沖縄になんか届くわけなくて。
落下する車。
少し、浮く、私たち。
シートベルトを律義に閉めて、最期の時を待つばかり。
わかっていた。
こうなる事はわかっていた。
だけど楽しかった。
最後に彼と私は同じ台詞を呟いた。
「ちょっと飛べるかと思ったね」
ハッピーアイスクリーム。
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