アルドールとクライゼン
直治
僕が僕であるために
第1話
「え?宿泊費も食費もタダ?!その上で報酬もアリって本当ですか?!」
スーツ姿の職員は女の言葉にニコニコと笑みを浮かべたまま頷いた。
「やります!!やります!!すぐにやります!!」
「アルドール。なんだか怪しいよ‥‥‥。辞めた方が良いんじゃ?」
女の仲間らしき少女が彼女にそっと耳打ちする。アルドールと呼ばれた女はそんなことお構いなしに契約の書類にサインをするのであった。
「ではお二人方改めてよろしくお願いします。この国きっての大事件、フェルナンド自殺事件の解決を願って、国民を代表してお願い申し上げます」
職員はそう言うと深々と頭を下げたのであった。
「ねぇねぇ。やっぱり怪しいよ。人様の自殺の原因を調べるだけでこんな破格の報酬。きっと裏があるんじゃ‥‥‥」
心配そうなクライゼンは少しばかり青ざめた顔をしていた。だがアルドールはどうして彼女が青ざめた顔をしているのかが分からない。
こんな楽しそうなことに首を突っ込まないなんて損じゃないか、とすら思っていた。
「楽しもうじゃないか。旅人である我々が華麗に事件を解決して、英雄としてこの国を去る。まるで小説のようじゃないか?」
芝居がかった口調で言いながら、露店に売られていた新聞を一部手に取った。先ほどの職員から貰った特殊な身分証を見せるとタダになった。
「それに不思議じゃないか?こんな国で自殺が起きるなんて」
新聞の1面には大きな見出しで『214年ぶりの自殺者!!いまだ明かされぬ動機とは?』と書かれていた。
「でも本当に良い国だよね。確かに私なら自殺は考えないかな」
クライゼンは呟いた。アルドールもその言葉に同意して頷いた。
この国はあまりに恵まれている。今後1000年近くは尽きることない資源とその活用技術が確立されている上に、周辺に敵国となりうる国家はない。国民は誰一人として飢えておらず、貧富の格差も無いに等しい。犯罪は殆どなく、警察の仕事などあってないようなものだ。この国では医療技術が発展しており治せない病気やケガはない。たとえ心臓に病を抱えたとしても完璧な人工心臓で代わりを果たすことができる。自殺したフェルナンドが夢と希望に溢れたこの国に悲観する理由は何一つとして見られない。
警察も手を焼いたのだろう。1年経ってもなんの手がかりもつかめず、ついには外から来た旅人であるアルドールとクライゼンに調査を依頼するぐらいだった。二人に依頼をしてきた職員は国の中枢で働く公務員だ。
「自殺の理由でしょ。遺書みたいなのが残っていないのかな?」
「残っているらしいよ。彼は最後、知人に出した手紙に遺書と題名を打ってこう書いたらしいよ」
「なんて書かれてあった?」
アルドールは一呼吸おいて答えた。
「『僕が僕であるために』だってさ」
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