決闘制度

「…ふむふむ。要するに、1VS1の模擬戦を行って、負けた方は勝った方にバッジを奪われると言う事かねヒマさん。」


「…要約すると、そういう事よ。」


 入学式を終えた私とヒマは、学園の中心にあるベンチに座って【決闘制度】についての認識を深めていた。


 この学園は、NDSの人材補強を最終目標としている為、完全な実力至上主義社会の仕組みを取っている。


 クラス分けなどの学園関係は勿論、学園内での金銭関係も全て成績に準じている。加えてその実力に応じて、一般的な会社でいうところの給与のような…この学園でのみ使用可能な支給金が出る。単位は円ではなくG。100円=100G、1000円=1000Gのように使われる。


 それを強く表すのが、全生徒の胸元に付けられている小さなバッジ。学年ごとに色が違っていて、1年生は青色、2年生は黄色、3年生は赤色となっているこれ。


 そして、そのバッジには生徒それぞれ違う数字が彫られている。それこそが、実力至上主義と呼ばれる由縁。


 例えば1と彫られているバッジを持っている生徒は、その学年でトップの能力者という意味になる。2なら2番目。3なら3番目。100なら100番目。要するに、そのものの序列を表しているのだ。


 そしてこのバッジは、この学園において最重要な物。言ってしまえば、【人権】そのものだ。


 上位のバッジを持っていれば、それだけであらゆるものが優遇される。さっき例に挙げたように、金銭面だったり学園内での施設の利用権だったり。とにかくかなり左右される物。この学園内にいる限り、円のお金は使用不可。この学園で支給される給料で得た金貨や紙幣しか使えない。だから下位のバッジを持っているものは、かなり苦しい学園生活を送る事になる。


 それは仕方のない事。そもそもNDSで仕事をするとなると、毎日が死と隣り合わせの生活になる。弱き者を弱き物のままにはしておけないのだ。


「…んで、そのバッジが無いと…やばいんだよね?」


「…ええ。やばいなんてもんじゃないわよ。」


 でも、そんな実力至上主義社会なんて、バッジを無くしてしまう事に比べたら全然マシだ。


 さっきも言った通り、このバッジは【人権】そのもの。この学園において、このバッジが無ければ何も出来ないに等しい。


 例えば、給料が一切出ないことに加え、貯金があろうとも購買や学食なんかもいっさい利用できなくなるらしい。外食なんかをすればいいと、普通高校の人間なら思うかもしれないけれど残念ながらそれは私達には叶わない。何故ならこの学園に入学した時点で、長期休暇以外での外出は完全に禁止されるからだ。それが、能力者育成学校の掟。


 それもこれも、実戦をベースに作られているシステムだかららしい。


 さっきも言った通り、この学園を卒業した後の私達は死と隣り合わせだ。だから普段の生活から厳しい環境下に置いておく必要がある。


 そしてそれは【決闘制度】という、なんとも物騒な制度にも適応されていた。


 この決闘制度を利用した場合、先生の立ち合いのもとで生徒は1VS1の模擬戦をする。ルールは簡単。殺すこと以外であればなんでもアリで、勝利方法は相手を降参させること。


 もし負けた場合、その生徒が付けているバッジは相手生徒の胸元に付けられる。…つまり、負けた生徒の人権は完全に勝者の生徒の物となるのだ。だってそうだ。この学園に居る限り何をしようにも、そのバッジをつけている人の許可が必要になる。勝者は敗者の事を自由にできるのだ。まぁなんとも悪趣味な制度である。


 しかし、だからこそ。この制度を使う生徒はここ数年、誰1人として現れなかったらしい。だってもし利用したとして、負けたら自分の人権が無くなるというリスクがある。そんな危険を犯す必要もないと言うのが現実だった。それに、決闘を申し込む相手が上の順位ならば制限はないが、下の順位ならばその差は5までとしっかりと制限がある。拮抗した勝負になってしまう事を考えればやはり、利用するのは正気の沙汰ではない。


「…うわぁ、面倒な事になったなぁ」


 そして、私はそんな正気の沙汰ではない相手に目をつけられてしまったわけだ。ヒマの言う通り、本当にヤベェ事になった。入学早々、最悪な展開である。


「…自業自得と言われたら、それまでね。」


「うぐ…だってぇ…」


 更にそれは、ただの遅刻という完全なる自業自得で生まれたものであるからして、私は何とも言えないのである。


 うー、うー、…と私が唸っていると、横に座っていたヒマが私の肩にその形のいい頭を乗せてきた。


 突然のことに驚いてそちらを見ると、ヒマは今にも泣きそうな顔で私を見上げていて、ドキッとした。


「…ごめんなさい。華恋。」


 すると次に、酷く弱々しい声で…ヒマは謝罪を口にした。


「んえ!?なんでヒマが謝るのさ!?」


「…私が、不甲斐ないから。」


 訳のわからない事を言うヒマに困惑する私。しかし、次の言葉で彼女が、謝罪した理由が分かった。

 

「…私が入学試験でトップの成績を取れていたら、今頃華恋と同室だった。そうすれば今日だっていつも通りあなたの事を起こしてあげられた。そうすればこんな状況にならずにすんだ…私が…、、私が弱いから。」


 私のバッジに掘られた数字は『2』。対してヒマのバッジに掘られた数字は『4』。つまり私は学年で2番目に成績が良くて、ヒマは4番目に成績がいい。


 彼女は弱くなんかない。むしろ200人以上の入学者の中で4番目なんて誇っていい。


 けれど、彼女が言いたいのはきっとそうじゃない。


 この学園の寮の振り分けも、バッジに記された順位に応じて行われている。一室3人1組。上位から順番に、そんな単純な振り分け。つまり私は1番と3番の人と同室で、ヒマは5番と6番の人と同室になったと言う事。


 一応隣室ではあるのだが、勿論入室にはバッジでの認証が必要となる。別室のヒマが私を起こしにくるのは不可能に近い。


 ヒマは、それを自分の実力不足のせいだと悔いているのだ。


「そんなこと言ったら、そもそも起きられない私が悪いでしょ?ヒマは何も悪くないよ。」


 私は気休めにしかならないと分かりつつ、ヒマをぎゅっと抱きしめる。


「…あなたのは、どうしようもないものでしょう。華恋こそ何も悪くないわ。」


 けれどやはり、何年も共に過ごしているヒマには私の気休めの言葉は通じない。


 私は、何も言ってあげられない自分が不甲斐なかった。


 黙ってしまった私の制服を、ヒマはぎゅっと握る。


「…それに、全部を抜きにしても私は華恋と同じ部屋が良かった。」


 そして、そんな嬉しい事を言ってくれる。心臓が大きく跳ねた気がするけれど、今はそれを手放しに喜んでしまっていい場面ではないことくらい分かっている。


 ニヤけてしまう顔を見られないように、ヒマの頭を胸元に隠すように掻き抱く。


「私も。本当はヒマと同じ部屋が良かったよ。…でも、なっちゃったものは仕方ないし、寮以外でたくさん一緒に過ごそうね。」


「…ん。」


「それにほら、バッジの順位ってテスト事に更新されるんでしょ?そしたら3ヶ月後は同じ部屋になってるかもだし。…ね?」


「……ん。頑張るわ。」


 バッジに関する制度を出せば、少しだけヒマの声に元気が戻ってきてくれたようで安堵する。


 どうやらこのバッジは、年に2回〜3回ある試験で更新されるらしい。それに応じて待遇や住んでいる部屋も変わるのだとか。だから次回、ヒマと同じ部屋になれる可能性は全然ある。それまでの辛抱だ。


「…でも、その前にどうするのよ。」


「んぇ?」


「…余計な弱音を吐いちゃった私がいけないけれど、本題を忘れないでちょうだい。」


「あ、あぁ…決闘ね…」


 言われて思い出す。そういえば本題はそれだった。思わぬヒマの本音が聞けて舞い上がっていたけれど、何も解決していなかった。


「…どういった評価基準なのかは知らないけれど、正直たかが高校一年生に華恋が負ける未来って見えないのよ。」


「おお。ずいぶん買ってくれてるね。」


「…当然でしょ。と互角に殺り合える人間なんて、そうそう居てたまるもんですか。」


「あはは…まぁ確かにお母さんみたいな化け物がうじゃうじゃいたら世界なんて簡単に滅びちゃうだろうねぇ…。」


 ヒマの言葉に、私は苦笑う。


 彼女の言う先生とは私のお母さんの事をさしていて、同時に私達2人の能力修行での師匠でもある。


 だから私もヒマもお母さんの実力はよく理解している。本当にあの人は"化け物"だ。そして、勿論お母さんは本気ではないけれど、私はそんな化け物となんとかやりあえるくらいまでの実力はついている。だからこその、私の実力に対するヒマの信頼なのだろう。


「…だとしたら、あの西園寺とかいう女。親の七光で1番のバッジを付けている可能性が高いわよね。」


「いや言い方よ。…でも、分かんないよ?もしかしたら本当に私より強いかも。」


「…振る舞いだけは立派だったわね。」


 ヒマが疑っているのは、やはり西園寺さんが付けている『1』のバッジ。


 正直言うと、私も少しだけ疑ってしまっていた。だって、やっぱり西園寺さんがお母さんとやり合えるとは思えない。


 おそらく、普通に決闘をすれば勝つのは私だ。…それは西園寺さんがどう頑張っても覆らないだろうことは、察していた。


「…ねぇ。変なこと考えてないでしょうね。」


 …だからヒマのその言葉はあまりにも核心をついていて、思わずハッと顔を上げて彼女を見てしまう。


 とても、とても辛そうなヒマの表情。


「…私が最も心配しているのは、あなたがあの女に負ける事じゃない。"あなたがあの女に負けようとしている事"よ。」


「…ヒマは、さすがだなぁ。」


 そして紡がれた言葉は、やはり私の考えを全てお見通しだったという確信。


「でも色々考えたけどさ、それが一番丸く収まるんじゃない?」


 …それは、私がわざと西園寺さんに負けると言う考え。


 だって考えてみてほしい。例えばここで私が西園寺さんからバッジを奪ったとしたら、どうなる。この学園の上のさらに上の組織のトップの娘。そんな少女の人権がどこぞの一般能力者に奪われたと知れたらどうなる。


 きっと、私には想像がつかないほど組織内で色々な事が起こるはずだ。混乱するはずだ。


 最悪なケースとして、もしかしたら西園寺さん自身に大きな危害が加わる可能性だってある。例えば、西園寺からの追放。


「元はと言えば、私が失礼なことしちゃったのがいけないんだし?」


 西園寺さんのことは、よく知らない。


 けれど、今回は私の失態が招いた事だ。彼女が怒ってしまったのも筋が通る。


 だから私がここで人権を渡す事で平穏が保たれると言うのであれば、渡すべき。それは私の目指すべきNDSの理念にも沿うはずだ。


 それに、私には"能力"がある。どれだけ酷い環境だろうと、あまり問題はない。勿論最低限身だしなみはどうにかしたいけれど。けれど、大丈夫だ。


「…私が嫌なの。…よく知らない人に、あなたのことはあげられない。」


 だけどそんな私の考えを見抜いてくれてしまった幼馴染はさすがであり、私の心を複雑にさせる。


 けれど、それ以上の案が浮かばない以上…どうすることもできない。


「…うん。ありがと。」


「…馬鹿。バカっ…バ華恋。嫌いっ…。」


「…ごめんね。」

 

 珍しく感情的に私の胸元を殴りつけるヒマに、私はそっと謝ることしかできなかった。


 時刻は13時半。もう、猶予はないのだから。

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