今からでも純愛に戻れませんか?
緋之元夜空
第1話 今すぐにでも頂いちゃっていいですか?
桜舞い散る春の朝の一幕。
今日はとても大切な高校の入学式があります。
きっとみなさん血の滲むような努力をして、この地で一、二を争うほどの進学校に来たのでしょう。
だからこそ、高校生活一日目から入学式とHRをサボる方などいるはずがありません。
そう。私こと、
何を隠そうこの私、面接でこそ「貴校の教育理念に深く共感しうんたらかんたら」などとまともなことを言いましたが、本当の志望動機は「憧れの先輩に会いに行くため」なのです。
一学年だけ上の先輩。
短くまとまった明るい茶髪に、自信でいっぱいの表情。色素の薄い、宝石のような瞳。
一回も話したことこそないけれど、中学校の頃、登校中に電車の中で一目惚れして以降、本当は友達などいないにも関わらず親に「友達と遊ぶ」と言っては情報収集に勤しみました。
そうして名前、学年、学校、住所を特定。
途中ですぐ近くにその姿があるのにお話もできないことに虚しくなりそうになったりもしましたが、結局諦めるようなことはありませんでした。
そして、さらに趣味、自室の広さ、物の数、連絡先の数、ネットのアカウント、更には月経周期とその症状の度合いに至るまでを特定。ついでに髪の毛の収集や尊きお姿の撮影も行いました。
女性同士の愛の交わし方など検索した履歴を家族にうっかり見られることもありましたが、私にとっては些事でした。
しかし、この頃から不本意なことに親兄弟からはそれとなく避けられるようになりました…
それは別に良いのです。
話を戻すと、現在入学式が行われている中、私は部室棟の写真部を訪れています。
そう、入学式と言えば全校生徒、全教員が体育館に集まって行う行事。
誰にも気付かれずに校内散策できるまさに最ッ高の環境…!
せっかく先輩と同じ高校に進学したのだから、情報収集は欠かせません。
狭い部室には大きな棚、机、あといくつかのパイプ椅子が置いてあります。それと、当たり前ですが空調設備も整っていますね。どうやら棚の中にはUSBがいくつか入った箱や、過去の部員が残していった写真、写ルンですなど色々置いてあるようです…あら、先輩の写真。拝借しましょう。
そうだ、パイプ椅子。
先ほどから気になってはいましたが、この座面の小さな凹み、染み込んだ涼しげな匂い。
はすはす、間違いありません。おそらく席の位置は固定なのでしょう。
ああ、どうしましょう。
パイプ椅子を怪しまれずに持ち帰る方法などあるのでしょうか。
現実的に不可能です。
でも、目の前にこんな餌を吊り下げられて、諦めて帰れるはずがありません。
どうしましょう。
…一旦持ち帰る方法は置いといて、とりあえず匂いでも堪能させてもらいましょうか。
堪えきれずに座面に顔を埋めたタイミングで、…勢い良く扉の開く音がしました。
「ふふふ、ボク見ちゃったよ!我が写真部に誰かが入っていくところ!そのリボン、一年生の、だよね……え?」
え?
あれ、え?うん?
…。薄い胸、低い背丈、白い肌。
間違いなく先輩の姿が視界に映っています。
禁断症状でも出始めたのでしょうか。
だってここに都合よく先輩が現れるわけがないです。
言われてみれば先輩は窮屈な行事をさぼりがちですが、違うに決まっています。
これはきっと幻覚です。
「えっ、と。はじめまして…だよね?うん。ボク、
しかし、なかなか再現度が高い幻覚ですね。
普段の大胆不敵な表情が歪んでいるのもかなりカワイイです。
「えっと?おーい…あの、返事してくれないの…?ちょっとボク傷ついちゃうかもなんて、あっ!待って!?なんでボクの椅子を舐めてるの!?や、やめっ!ねえ!ちょっと!?」
半泣きの顔もカワイイ…
それにしてもどうしましょう。幻覚とはいえ、先輩に直接触られて、身体を揺さぶられてしまっているなんて、理性が飛びそうです。いや、そうですね。
幻覚なら別にいいでしょう。
どうせ誰も来ないですし。
「
ねっとりとした甘い味がする。今朝はフレンチトーストだったのかな?
お母さんがよく作ってくれてますよね。
こうなってくると幻覚にしては出来すぎな気もしてきました。
じゃあ、きっとこれは明晰夢というやつでしょう。
改めて先輩の顔を観察すると、キャパオーバーを起こしている上に、尻餅をついた痛みも重なって、その上強引に唇を奪われて酸欠気味なせいか、潤んだ瞳からはとうとう涙が零れそうです。
盛り上がってきました。
せっかくですし、いつ覚める夢かもわかりません。とっとと頂いちゃいましょうか。
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