こちら、世界管理局救済部完結課です

染舞(ぜんまい)

めでたしめでたし、さようなら


――あなたは物語を作ったことがあるだろうか?


 絵で表現したことがあるかもしれない。

 文字で表したことがあるかもしれない。

 声で表したことがあるかもしれない。

 頭の中だけで想像したことがあるかもしれない。


 しかし……それらの物語<世界>を完結まで作り上げたことはあるだろうか?

 未完となった物語<世界>がその後どうなるかを考えたことはあるだろうか?


 途中まで作られた物語は……誰からも顧みられることなく、ひっそりと消えていく……。

 はずだった。


『もったいないからさ。コレ、君たちであと何とかして』

 それは一人の神様(創造主)の発言。あまりにも無責任で横暴だ。

 だが、神々の制作物であるにしか過ぎない者にとっては、否とは言えないものなのだ。




***




「――皇帝陛下、バンザーイ!」

 歓声が響いている。見える範囲に溢れる人々の歓喜の声は、まるでこの世界を揺らそうとしているかのようだ。

 ブブーッブブーッ!

 そんな歓声に混じって聞こえるなんとも絶妙に不快な音。小刻みに震える音に、人々の輪を他人事のように眺めていた人物が嫌そうに顔を上げた。

「あー、はいはい? 何のようです?」

 唐突に空中に向かって話し始めたその人物に目を向ける人たちはいない。歓声で聞こえていないのではなく、その人物を認識していないかのようだった。

「今ですか? ちょうど『完結』させたところで……は? 今すぐ戻ってこい?

 少しくらい余韻楽しませてくださ……あー、はいはい。わかりましたって」

 顔をしかめたその人物は、見えない話し相手になにか言われたのか。面倒そうに話を切り上げ、空中に人差し指で触れた。

「あー、くっそ。絶対厄介事だ……今回結構大変で時間かかったのになぁ。

 皇帝の子供の頃の設定ろくにしてないから育てるのがどれだけ大変だったか……聖女も幼少期はお転婆だし、騎士は気弱すぎたし、賢者は暴れん坊で」

 若干青が混じった黒髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、金色の瞳を歓声の中心である城へと向ける。

「……大変、だったな」

 何かを思い出したのか。金の瞳が少し懐かしそうに細められた。

「ま、大丈夫か。これからも大変だろうが……あとはてめぇらで頑張れよ」

 散々文句を言っていたというのに、それだけ言うとその人物はあっさりとその景色に背を向けて一歩足を進めた。

 その瞬間、空間にまるで水滴が落ちたかのような波紋が広がり、その人物は<世界>から消えた。

 しかし誰も、その人物が今までそこにいたことも、そして消えたことにも気づかず、新しい皇帝(えいゆう)の誕生に熱狂していた。




***




 皇帝、という地位についた男が唐突に足を止めた。

「陛下?」

 そんな彼を振り返るのは、男を支え続けた聖女。

 まだ遠くから国民たちの声がかすかに聞こえる。

 聖女はてっきり、心優しい皇帝が民達の声に耳を傾けているのだろうかと思った。しかし振り返った彼女の目に飛び込んできたのは

「陛下っ? どうなされたのですか?」

「……え?」

 皇帝は聖女に指摘され、それで気付いた。自分が泣いていることに。

「あれ? どうして、だろう」

 自分自身でも理由がよくわからないという様子の皇帝に、聖女は優しく微笑んだ。今までの彼の通ってきた道は決して平坦なものではなかった。落ち着いた今、感情が高ぶってきたのかもしれない。

 落ち着かせようと彼女はハンカチを差し出しながら皇帝の名前を呼んだ。名を呼ばれた皇帝はハンカチを受け取りながら小さく首を横に振った。

「よく分からない。分からないんだが今……何か、大切なものを、失った気がするんだ」

 皇帝は周囲を見渡す。そこには聖女だけでなく、ずっと彼を守ってきてくれた騎士も、その知で何度も窮地を救ってくれた賢者もいる。

 大切な仲間。

 足りない、と陛下となった彼は思った。それはただ単に、今まで関わってきてくれた多くの存在がここにいないということではない。もっと、もっと自身の深くに根ざした『何か』が足りない。

 ただそれをうまく言葉には出来ず、仲間たちはそんな彼を見て感慨深く思ったようだが、彼のような喪失感はないようだった。

 皇帝は昔からカンが良かった。

 だからこのよく分からない感覚についても、察した。


――俺は、この感覚をすぐに忘れるのだろう。


 それが嫌だと思い、彼は何とかその感覚を掴もうとしたが……一週間後には、喪失感を覚えたことすら『なかった』こととして、新しい物語を紡ぎ始めるのだった。




***




 ジリリリリッ。

 けたたましいアラームの音に、ベッドの上の人物がかすかに動いた。

「あー……うるせぇ」

 寝起きのかすれた声はアラームにかき消される。音を立てているのは、金色のベルを打ち鳴らすアナログな形をした青い目覚まし時計だった……が、その時計からにゅっと手足が生える。

 そして目覚まし時計が飛び上がり、いつの間にか持っていたフライパンを思い切りベッドに叩きおろした。

「いっっっっっっっでぇ!」

 ベッドから転がり落ちたのはやや青色が混じった黒髪の……中性的な人物。やや長めの前髪のせいで目元はよく見えない。

「起きろっ! 起きろっ! 起きろっ!」

「もう起きたっての。止まれ」

 キッとその人物が前髪越しに目覚まし時計を睨んで命じると、フライパンを構えて騒いでいた時計は、フライパンをどこかに消して定位置に戻り、手足を引っ込めた。そうするとただのアナログな時計だ。

「……くそっ。なんで俺はこんな時計を買ってしまったんだ」

 絶対起きられます、の謳い文句に詳細を確認せずに酔った勢いで彼が買ってしまった時計は、確かに起きられるがダメージがでかすぎる。かといって、その時計は普通のゴミとして処理もできない特製品と言う名の厄介者。きっと在庫処分に困ったから格安で売り払ったに違いない。

 ただ……実際問題として、他の時計では起きられないのもあり、彼は渋々使い続けていた。

「あ? って今日は非番の……あー、課長(ボス)から呼び出し来たっけ……めんどくさ」

 がしがしと髪をかきむしりながら立ちあがった彼は、部屋に自分一人しかいないというのに延々と喋っている。独り言が多いらしい。

「ようやく戦記物の<世界>を無事に完結させて戻ってきたってのに……戦記物は時間かかるから終わったら長期休暇って決まりがあんのによぉ……労基に訴えてやるか?」

 文句を言いつつ、パチンっと彼が指を弾くとボサボサだった髪がきれいに整えられ、だっるだるなTシャツ(『萌え』と書かれてあった)が、黒色を基調とした、まるで軍服のようなシャキッとした衣服に切り替わる。

 分厚い黒いブーツで床を踏みしめる。

『行き先をお願いします』

 足元が光り、どこからともなく声がした。

「……世界管理局救済部完結課」

『かしこまりました。

 世界管理局救済部完結課……個人識別完了。転移します』

 瞬き一つする時間の間に、彼の姿は部屋から消えていた。




***




 世界管理局。

 増え続ける物語<世界>の管理をさせるために創造主に指示を受けた上層部が作り上げた組織。


 これは、そんな管理局に務める局員の物語……かもしれない。

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こちら、世界管理局救済部完結課です 染舞(ぜんまい) @zenn-mai_0836

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