第34話 過去最大にやばいらしい〜其の五〜

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 ユージーン達が尻尾を巻いて逃走を図った直後、エルドは合流したセレストとともにアシュタラの街へと転移した。

 

 流行り病が蔓延した際は早い段階で床に伏せてしまい、病の原因を調べることができなかったようだが、魔物狩人マーセナリーや聖騎士団が多く駐在するアシュタラの街には、無論医者が数名滞在している。

 

 その中でも、凄腕の医者であるアリステアの元へと転移したエルド達。 一度街を救っているエルドはアシュタラの街では信仰に近いほどの忠誠を向けられている。

 

 そのため彼が運んできた重症人は、瞬く間に受け入れられ集中治療室へと運ばれた。

 

「バイタルが不安定だ。 血が足りなすぎる! 輸血の準備をせよ!」

 

「輸血? 先生、二人の体内に血を供給すればなんとかなるの?」

 

「そうですが、エルド様。 輸血というのは同じ種類の血液型でないとショックを起こして命を落としてしまいます。 誰でもいいわけではないのです!」

 

「だったら先生、どの血液が必要なのかを教えて下さい!」

 

 無言で頷くアリステア。 彼は凄腕の医者であり、この街随一の診療所を取り仕切っている名医だ。

 

 輸血用の血液は診療所内にしっかりと常備している。

 

 それに、彼はエルドが転移能力を使用できることを知っている。 流行り病で床に伏せていた彼を救った際、どうやってウイルスを体外に排出したのか、どうやってウイルスを特定したのか、そういった知識を彼から教わるために質問責めをしていたのだ。

 

 当時は彼の転移能力を羨んだアリステアではあったが、命を救われた感謝と、流行病に対してなにもできなかった自分への自己嫌悪が重なり、エルドには絶対的信頼を送っている。

 

 この輸血処置の際も、エルドは間違いなく血液を体内に転移させると言い出すことを予測していたため、アリステアは待ってましたとばかりに処置の準備を進めていく。

 

 保存していた血液袋を二つ用意し、それぞれを二人のベット脇へと置き、エルドを落ち着かせるようできるだけハキハキと、ゆっくりしたトーンで説明を始めた。

 

「二人の血液型から推測するに、必要なのはこの二種類の血液でしょう。 ですがエルド様、一気に送ってはいけません。 少しずつ、体に慣らしながら少しずつお願いいたします」

 

「わかりました、指示を下さい先生。 僕が二人の体内に血液を転移させます」

 

 その後、長時間にわたる輸血治療を施し、エルドとアリステアの努力も相まってキースとラヴィニアは事なきを得ることができたのだった。

 

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 無事バイタルも安定し、すやすやと寝息を立てているラヴィニアとキース。 ラヴィニアの怪我はユージーンに転移させようとしたのだが、不可能だった。

 

 当時の事を思い出したエルドは、眉間にシワを寄せながら窓越しに夜空を見上げる。

 

 処置が終わってからというもの、エルドは寝ようともせずラヴィニアの隣にずっと座っており、時折キースの右腕へと視線を落とし悔しそうに顔をしかめている。

 

 怪我を転移させることはできても、切り落とされた腕を元に戻すことはできなかった。

 

 アリステアからは「命を繋ぐことができただけでも軌跡なのです」と諭されてはいたが、その場にすぐ駆けつけることができなかった自分へ腹が立ってしょうがない。

 

 あの時、バートンとマートンと呑気にお昼ごはんを食べている最中、キースやラヴィニアは命をかけてリノイ村を守るため尽くしてくれていた。

 

 なのにエルドは、村の入口で起きていた騒ぎに気がつくこともできなかった。

 

 怪我を負ったキースを連れ、村人たちに避難を促していたウェインを見かけなければ、最悪の事態になっていてもおかしくはなかった。

 

「僕が、僕がもっとしっかりしていれば……」

 

 自らの無知を呪い、歯をきしらせてしまうエルド。 休もうとしないエルドを心配し、ついてきていたセレストはそんな彼の硬い拳に優しく手を被せた。

 

「エルド君、終わったことを後悔してもどうしようもできないんだよ。 時間は巻き戻せ無いんだから」

 

「それは分かってる。 だけど、この怒りは押さえられそうにないよ」

 

 まだ十才になったばかりの少年には、あまりに残酷過ぎる結末だ。 自分の力は万能だと奢ってしまったエルドにとって、これほど屈辱に思うことはないだろう。

 

「そうだね、エルド君も人間なんだから、悔しいって思うこともたっくさんあるもんね。 でもねでもね、エルド君のお陰でキースさんも、ラヴィニアさんも助かったっていう事実も変わらないんだよ?」

 

 セレスト、エルドと同い年とは思えないほどの説得を試みる。 これにはさすがのエルドも固く握っていた拳を緩め、にっこり微笑んでいるセレストの顔をまじまじと見つめてしまう。

 

 なんだか知らないが、恋が始まる五秒前な雰囲気である。 しかも窓から差し込む月の明かりもムーディーな雰囲気である。

 

「だからね、エルド君は二人を助けたすっごい人なんだ! あの勇者たちを一瞬でビビらせて、尻尾を巻いて逃げさせちゃうほどにすごい人なんだ! あたしたちだって流行病から救ってもらったし。 エルド君はね、守れなかった人よりも守った人のほうがたっくさんいるんだよ!」

 

 エルドは泣いた。 なんだよこの娘、普段は事あるごとにお嫁力をアピールしてくる女狐かと思っていたが、めちゃくちゃ優しくて包容力ある娘じゃねえかと思い直してしまいそうだ。

 

「ちょっちさー、セレってぃー。 あたいを差し置いてエルちゃんを拐かすのはやめろって、いつも言ってるっしょー?」

 

 いつの間にか起きていたラヴィニアは、ここぞとばかりにいい女を演出していたセレストに呆れたような声をかけた。

 

 だが、場を和ませようと声をかけたラヴィニアだったが、予想外の出来事が発生してしまう。

 

「ラヴィニアお姉ちゃん! 大丈夫? もう痛いところはない?」

 

「目を覚ましてくれてよかったラヴィニアさん! 心配をかけないで下さいよ!」

 

「ひょえ?」

 

 ラヴィニアはびっくりした。 エルドは過保護だから分かるとして、まさかセレストからも心配されるとは思っていなかったからである。

 

 いつもセレストとディアナとラヴィニアは、エルドをかけて口喧嘩をしている犬猿の仲だ。 そんなセレストが、純粋にラヴィニアの身を心配し、うるうるした視線を向けてきている。

 

 これはもしやエルドに好印象を持ってもらうための演技か? と疑うラヴィニアだったが、彼女の目を見ていたら……そんな風に思ってしまってごめんなさいと土下座したくなってしまった。

 

「痛いところとか無いですか? あ、食べたいものとかありますか?」

 

「べ、べっつにー。 あたいはこう見えて元魔物狩人マーセナリーだからー。 怪我とか慣れてるしー。 お腹も別に減ってないってーの」

 

「何事もなくて、本当に良かったです」

 

 恥ずかしくなったラヴィニアはぷいっとそっぽを向いてしまう。

 

「それよりもさ、エルちゃん。 あの後どうなったか教えてもらってもいい?」

 

 ラヴィニアは真剣な顔でエルドに問いかけた。 真剣な問いかけに対し、エルドも真摯に返答する。

 

 まず、勇者たちの撃退に成功したこと。 セレストとともにアシュタラの街へ速攻で転移したこと。 そして、アリステアと協力して二人に治療を施したこと。

 

 かいつまんで説明をしたところで、ラヴィニアは眉間にシワを寄せながら病院の天井を眺める。

 

「って事はさ、エルちゃんの名前はあのバカどもにバレてないんだよね」

 

「えっと、名乗ってはいないけど……そこら辺はよくわからないや」

 

「すぐに調べたほうがいいね。 ディアにゃんはどこにいる?」

 

「ディアナお姉ちゃんは、リノイ村に残って混乱している村人たちを説得してくれてるはずだよ?」

 

 エルドのその答えに対し、ラヴィニアはガバっと身を起こし、立ち眩みを起こしたのかつらそうな顔で頭を押さえる。

 

「無理しちゃダメだよラヴィニアお姉ちゃん!」

 

「まだ病み上がりなんですから、急に動いてはダメです!」

 

 心配そうに声を掛けるエルドとセレストだったが、ラヴィニアはお構いなしとばかりにエルドの両肩を鷲掴みした。

 

「エルちゃんがアシュタラの街に来てから何時間経ってる? リノイ村の様子を最後に見たのはいつ?」

 

 鬼気迫る表情で問いかけてくるラヴィニアを前に、エルドは顔を青ざめさせながら窓越しに夜空を見上げた。

 

「多分、ラヴィニアお姉ちゃんたちの治療に没頭してたから、五時間以上経ってるかな?」

 

「エルちゃん、なにもなければそれでいいんだけど、今すぐリノイ村の様子を見に戻って。 あたいは大丈夫だから、早く!」

 

 ラヴィニアに急かされたエルドは、胸騒ぎを感じながらもゆっくりと頷き、即座に転移を行使した。

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