四章
第29話 謎の組織ができたらしい
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時は過ぎ去っていき、エルドが十才を迎えた頃、命を吹き返しさらなる発展を遂げたアシュタラの街に、とある一団が足を踏み入れようとしていた。
なんでも、この街では二年前、信じがたいような奇跡が起きたらしい。 原因不明の流行病が街を蝕み、その病は、あわや大量の死傷者を出してしまいかねないほどの猛威を振るっていたとか。
だがその病は、奇跡のような所業の末収束したのだ。
きっかけは、とある少年がふらりと街を訪れたことだという。
その少年が街に足を踏み入れたその日、アシュタラの街を蝕んだ流行病は、驚くほどあっさりと収束してしまった。
まずは驚くべき軌跡の力で廃棄物で溢れたアシュタラの街をきれいな状態へと戻し、そして感染者を広場に集めると、瞬く間に感染者の体から病の源を絶ったという。
詳細は不明だが、病が完治したのはまばたきする間の一瞬だったらしい。
その後、その少年は広場に集まった感染者を治した後、動くことができない患者の下を回り、見事一日で病を完治させてしまったのだ。
病の進行が進んだ者は手足に軽い痺れが残るという後遺症こそ負ってしまったが、それでも残り僅かだった命を繋ぐことができた。 ゴミ捨て場に収集したゴミを焼き払い、消失したウイルスの脅威は黒炎とともに天に去っていく。
その篝火を見送りながら、街人達はお祭り騒ぎをして救世主であるその少年を称えた。 がしかし、どうやらその少年はそういった歓迎をされたくなかったらしく、歓迎の宴を開く準備をしている最中に、風のようにその姿を消してしまったらしい。
こうしてアシュタラの街には、救世主エルドという存在は伝説として語り継がれた。
そしてその伝説は、アシュタラの街で生まれた聖エルド教という新たな宗教を創り出してしまい、聖エルド教は他の国や街で病に伏せっている人々を救うため、多大なる寄付金を上納していく活動を起こし始めたのだった。
「へー、これが噂の救世主、エルドの銅像か……」
賑やかになったアシュタラの街の入口に置かれている銅像を眺めながら、金髪碧眼の若者は興味深そうに銅像の台座に記された伝説を一読した。
「まるで英雄じゃあないか。 実に興味深い」
「おーいユージーン! いつまでその銅像の逸話を読んでるつもりだ?」
金髪碧眼の若者は、ユージーンと呼ばれた瞬間爽やかな笑みを浮かべながら振り返る。
「すまないジェラード。 すぐに街へ入ろう」
「それにしても、本当にいんのかよ? 伝説的存在ってことになってんだろ?」
ユージーンと呼ばれた金髪碧眼の若者は、全身に重々しい甲冑を纏った巨漢の男へと小走りで寄っていく。
「噂が立つということは、必ず要因があるものだ」
巨漢の鎧男、ジェラードの下へと追いついたユージーンは、ゆっくりと振り返り、少年を祀った銅像へと熱視線を向ける。
「もしそんな英雄がいたというのなら、ふさわしいじゃあないか……」
そしてその銅像へと手を伸ばし、恍惚とした表情で告げる。
「勇者であるこの僕が率いる、聖騎士団特殊行動部隊の一員にね」
この国、セオドリク帝国が誇る最大戦力である、聖騎士団特殊行動部隊……通称勇者パーティーのリーダーを務めるユージーン・フレッチャーは、新たな仲間を求めてアシュタラの街へと足を踏み入れた。
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十才になったエルドは、リノイ村で平穏な日々を過ごしていた。
「うふふふふ。 エルド君、今日のお弁当はね、お父さんからもらった型抜きを使って可愛くデコレーションしたんだ!」
「うわぁ! 色鮮やかですごい美味しそう!」
「そうでしょうそうでしょう! こんなに美味しそうなお弁当を作れる女の子が、お嫁さんにはふさわしいと思わない?」
「おいこら小娘。 貴様エルド様を拐かすなとあれほど言っただろうに」
牧場の片隅でお弁当を広げる少年少女の間に、般若面のディアナが現れた。 それに対して少女は、わかりやすく舌打ちをしてお弁当を抱え込む。
「ほんっと、小うるさいおばさんですこと」
「わたしめはまだ十九才である。 言うまでもなくピチピチなのである」
「まあまあ、ディアナお姉ちゃんも、セレストちゃんも落ち着いて! みんなで仲良くご飯を食べようよ」
アシュタラの街の騒動から一週間が経った頃、リノイ村は新たな村人を迎えることになった。 荷車で大荷物を引いてきた少女は、一枚の手紙とともにエルドの家に寝泊まりすることが決まったのだ。
手紙を受け取ったエルドの両親は嬉しそうに微笑んでいたため、エルドはこっそり手紙の内容を確認したところ、こう書かれていた。
『我々の命だけではなく、街の者たちまで救った大恩人へ、感謝の意を込めてこれらを贈呈する。 なお、エルドくんには年の近いお友達がいないご様子。 贈り物とともに、私の可愛い可愛い一人娘もエルド君に差し上げましょう』
その手紙を盗み見たエルドは、自分の記憶を転移させてしまうことはできないかと考えたが、やめておいた。
いや、記憶を転移させるという高等技術、エルドでも流石に……できてしまうわけなのだが、それをしたところでどうにもならないと悟ったのだ。
なんせ、毎晩毎晩布団に潜り込んでくるクセモノが増えてしまったせいで、記憶を飛ばして大混乱に陥るよりは、ある程度事情を知ったうえで華麗にスルーするのが得策だと考えたからである。
しかし、その日から早二年が経った今も、胃を痛めるような出来事は多数起きている。
「はぁ? そんなお弁当、牧場主であるわたしめですら簡単に作ることができますが? むしろ、そのお弁当の大半を占める卵、その卵を産んでいるニワトリを育てているのはわたしめですが? それはつまり、そのお弁当を作ったのはわたしめというわけで……」
「はいはい、その文句は聞き飽きましたー。 これだからおばさんは、考え方が古臭いと言うか、いちいち小言が多いと言うか」
「おい小娘、わたしめはまだ十九才。 ピッチピチの十九才ですが?」
「おばさんの定義ってわかります? 相手との年齢差をいちいち気にし始めた時、それがおばさんの始まりだと言う説が濃厚なんですよ?」
毎日こんな口論を聞かされているエルドは、考えるのをやめた。
二人の口論に熱が入り始めたところですかさず転移。 尻尾を巻いて逃走したわけではない。
転移先は管理小屋の裏手に作られている、小さな居住スペースである。
「若、またあのバカ娘たちが喧嘩していたのですか?」
「バートン兄、聞かれたらマズイから言葉を濁して!」
エルドは心安らぐ場所に移動しただけである。
「ごめんねバートン君とマートン君。 どうしても食事中くらいは心を穏やかにしたいからさ」
「気にしねーでくだせー若。 俺等としても、ここが落ち着く場所だと言っていただけるだけでもありがてーことですから」
「バートン兄の言うとおりですよ! 若は自分がしたいようにしてていいんですから!」
エルドは思った。 例え相手が魔族でも、互いの主張を尊重し合えば、種族の垣根を超えて親友たる存在になれるのだということを。
なぜかほろりと涙をこぼしながら、エルドは実の母であるセルマに作ってもらった野菜たっぷりの弁当を堪能する。
しかし、エルドはまだ油断するわけにはいかないのだ。 なぜならこの魔族の双子、バートンとマートンには、監視がつけられているのだから。
「今、管理小屋の奥からエルちゃんの匂いがした!」
そう、バートンとマートンは牧場の管理小屋に住んでおり、お昼休憩以外は牧場の仕事を手伝ってくれている。 だがしかし、彼らは一度リノイ村を壊滅の危機に追いやった元魔王軍幹部でもあり、人類の敵とも言われている魔族そのものなのだ。
二人は魔族ということで形上は監視がつけられているため、彼らの近くにはこの村でも最強戦力と言われている元金ランク
そう、ラヴィニアという超ド級の変態が!
「ってあれ? ちくしょうまた逃げられたか……って、バトマトもいねー!」
監視対象が姿を消してしまえば、さすがのラヴィニアも気が気ではない。 エルドとともにどこかへ逃げたのだと分かってはいても、探すしか無いのである。
「ちっくしょー! エルちゃーん! もうほっぺた真っ赤になるまでスクラッチしないからー、バトマトと一緒に出てきてちょんまげー!」
ラヴィニアは悲鳴にも似たような声を上げながら管理小屋から走り去っていく。 その姿を、エルドと双子の三人は屋根の上から見送った。
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