第26話 いざアシュタラの街へ〜其の二〜
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「なーるー、無意識に瞳に生命力を集中させて、生命力を削っているであろう異物を見えるようにしていると……」
ワケもわからないままかごに入っていた半玉、ディアナの牧場で取れたソフトボイルド種の卵にありつくセレストの両親は、ラヴィニアとエルドの話を聞きながら疑問符を浮かべている。
「そうそう、人間が生きていられるのは生命力があるからで、病気っていうのはその生命力を削ってしまう外的要因のひとつなわけだよ。 瞳に生命力を集中すれば、体の中に生命力を削っているであろう極小のつぶつぶが見えるはずなんだ。 それをピックアップして転移させただけってこと」
「あーそういう事か」
納得しているのはラヴィニアだけだが、早速とばかりに窓際へ近づき、首を伸ばして街の様子を確認し始めるラヴィニア。
「あ、エルちゃん。 あそこの壁にもたれかかってるおっさん。 あれももしかして感染者?」
「ああ本当だ! さすがラヴィニアお姉ちゃん! 金ランク
「そんな褒めないいでよーエルちゃーん。 お礼はほっぺたむにむに権でいいからさ♡」
「うん、考えとくね」
あからさまにラヴィニアから距離を取るエルドだが、二人のやり取りを聞いていたセレストの両親は、目を見開きながらラヴィニアを凝視する。
「元、金ランク
「まさかあなた、三年前に疾走したという伝説の金ランク
突然かしこまり始めた両親を横目に、ラヴィニアはつまらなそうに鼻を鳴らす。
「あー、そんな風に呼ばれてることもあったねー」
両親の疑問を肯定した途端、二人は風よりも早く平伏し、ラヴィニアに対して経緯を示し始めてしまう。
「知らなかったこととは言え、ご無礼をお許しください!」
「この度は、助けていただき感謝のしようもございません」
突然扱いが変わったことで、ラヴィニアは不機嫌そうに舌を鳴らし、苛立たしげな足取りで二人の目前へと歩み寄る。
「あんさー。 礼言う相手間違ってんじゃねー? あんたらを助けたのはあたいじゃなくてー、あたいの可愛い可愛いエルドちゃまなんだけど? なんでエルちゃんにお礼言うより先にあたいに頭下げてるわけー? はっ倒されてーの?」
「ちょっとラヴィニアお姉ちゃん! そんなに怒るくらいなら、お姉ちゃんもマートンさんとバートンさんと一緒に見張り行ってて!」
ラヴィニアがブチギレる理由もわからないでもないが、優しいエルドにとってはラヴィニアの対応はあまり好ましくなかったようだ。
涙目になってしまうラヴィニアに対し、呆れたように頭を抱えたディアナはとぼとぼ外へ出ていこうとしていたラヴィニアに耳打ちする。
「ラヴィニアさん、あなたは感染者の見分けができるのですよね? この街の感染者がどのあたりに多いのかがわかれば、エルド様は大変喜ばれるはずですけど?」
「え? まっ? もしあたいが感染者の分布を調べたら、エルちゃんのほっぺムニムニできる感じ?」
「ええ間違いないでしょう。 悔しいですが、生命力の扱いに乏しいわたしめにはできない仕事、あなたにしかできない重要な役目なわけですから、それはそれは感謝されることでしょう」
ディアナはただのバカではなかった。 ずる賢さは一流だった。
そしてラヴィニアは……
「任しときなディアにゃん。 五分で戻っから」
バカが付くほどチョロかった。 ギラついた瞳で家を出ていくラヴィニアに対し、ディアナはやってやったぜと言わんばかりのドヤ顔を向けるのだった。
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流行病は最強の聖騎士だろうが
そんな流行病にかかったセレストの両親は、エルドに会って数秒で完治した。
理由は非常に単純で。 流行病の原因となっているウイルスを全て体外に転移させたから。
全く持って常識外の力を誇るエルドに対し、自らの不調が治ったことに、セレストの両親が気づくのは数分後のことだった。
「本当に体が軽くなっている!」
「エルド君、いいえ……エルド様! 旦那だけではなく私までお救いいただき、感謝の言葉もありません!」
「先程はお礼を言う相手を間違えてしまった上に、お礼を申し上げるのが遅くなってしまい申し訳ありませんエルド様!」
「エルド君、卵も譲ってくれてありがとう!」
「こらセレスト! エルド様に向かってその口の聞き方はなんだ!」
「あの、お気になさらずに」
エルドの前で、平伏しながら感謝の言葉を呪文のように唱えるセレストの両親に対して、セレストは頬杖をついてかごの中に入っていた半玉を貪っている。
「この卵、黄身が濃厚で美味しいね!」
「こらセレスト、はしたないですよ!」
「我々のような木っ端者に、このように質の良い卵をお恵みいただき、もうなんとお礼申し上げればよろしいか」
「あー、気にしないでください」
エルド、終わることのない感謝の無限ループを前に、うんざりし始めている。 しかしディアナはというと……
「ちょっとよろしいでしょうか。 感謝の気持を示したいというのならば、エルド様の忠実なしもべであるわたしめに提案があるのですが」
「なんなりと! なんなりとお申し付けください」
「先ほど一階に足を踏み入れさせてもらいましたが、この雑貨屋には興味深い品が揃っていますね」
ディアナはこんなときでも、目ざとく雑貨屋のラインナップを確認していたようだ。 そう、この雑貨屋はセレストの父が発明した便利グッズだけでなく、様々な日用品や家具も取り扱っている店である。
「わたしめとエルド様は共に牧場の経営をしていてですね、一つ取引と行きたいのです。 私の牧場で取れた卵を優遇するので、こちらに並んでいるバターメーカーなるものや、マヨネーズメーカーなるものをお安く譲っていただきたいと思うのですが?」
そう、セレストの父は天才発明家だったのだ!
彼が作ったマヨネーズメーカーは、卵を入れるだけであら不思議、マヨネーズと呼ばれる調味料を作成することができるとんでも商品なのだ。
同じ原理でバターメーカーやチーズメーカーなるものがあり、これらはミルクを入れることでバターやチーズと呼ばれる乳製品を作ることが可能。
値段にして小さな一軒家が買えるレベルの高級品だが。 図太いディアナはこの機会にこれらの商品を安く譲ってもらおうと企んでいたのだ。
とんでもねー腹黒策士である。
「そんなもの、無料で差し上げます!」
「あ、いや。 無料は流石に申し訳なくて……」
「この街を救っていただいた英雄様への感謝の気持ちです! むしろ、マヨネーズメーカーだけでなくバターとチーズメーカー。 三点セットで差し上げます!」
ディアナは計算した。
牧場で毎朝とれるスタンダード種の卵が銅貨一枚だとする。 この店頭に並んでいるマヨネーズメーカーは金貨二十枚の高級品だ。
他二つも同等の値段。 金貨二十枚もあれば安い一軒家が買える、って事は安い一軒家が三つ分の財産だ。
銅貨が十枚で銀貨一枚。 その銀貨が十枚で金貨一枚。
つまり金貨一枚は卵百個分。 マヨネーズメーカーが金貨二十枚ということは、卵二千個分ということになる。
卵二千個ということは、単純計算でも毎朝卵を産んでくれるスタンダード種のニワトリが、二千日かけて産み出すほどの財産。
「む、ムリョー? 金貨二十枚が、ムリョおぉぉぉ?」
軽い気持ちで値切ったつもりが、とんでもない返事が帰ってきた。 目がまんまるに開いてしまった。
そして、ディアナは頭から湯気が出た。 これは流石に貰えない。
「えーっと、お気持ちは嬉しいんですがねぇ、お二方。 今は置く場所がないから遠慮させていただくとしましょう」
嘘である。 必要なものしか置いていない管理小屋は殺風景であり、むしろ置く場所しか無い。
「ですがしかし……」
「エルド様、長くお邪魔するのはセレストちゃんのご両親に迷惑でしょう。 そろそろお暇させていただきましょうか?」
「それもそうだね。 さすがディアナお姉ちゃん! ごめんなさい、長々とお邪魔してしまって」
礼儀正しくペコリと頭を下げるエルドだが、この流行病がどれほど危険なものなのかを知っているセレストの両親は、なにかお礼をできなければ気がすまないようだ。
「迷惑だなんて滅相もない! 恩人をもてなせることは、我々にとっては
「遠慮なさらず、私の家で取り扱っている商品、どれでも好きなものを持っていってください! むしろ、店に並んでいる商品全てお譲りしても……」
「エルド様! 流行病は早期解決が命でございます! ほら耳を澄ませてください、まだこの街には助けを待っている人々が山程!」
「それもそうだね! とりあえず、お邪魔してすみませんでした。 僕達はもう行きますので、元気になったらリノイ村に遊びに来てくださいね!」
半ば無理やりセレスト宅を後にするエルドとディアナの背中に、セレストの両親は必死に静止の呼びかけをしたのだが……
ディアナに煽られたエルドは、アシュタラの街を救う気満々になってしまったようだ。
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