第24話 新たな脅威が迫っている件〜其の三〜

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 絶望したセレストは放心状態になってしまう。 ガックシと膝をつき、絶望コレクションの仲間入りを果たしてしまった。

 

 静かになった管理小屋の中で、エルドは体を楽にできるよう椅子に深く腰掛け、自分の意識をセレストの中へと転移させる。

 

 転移憑依、成功。

 

 ゆっくりを目を開けたエルドの意識を宿したセレストは、眼の前のイスで眠ったように腰掛けている、眠りのエルドを確認。

 

(よしよし、このままセレストちゃんの記憶を読んで、状況を把握しよう)

 

 そうしてエルドはもう一度目をつむり、セレストがここ数日の間に体験した記憶を覗き見ることに成功したのである。

 

 始まりは、何の変哲もない日常。

 

 アシュタラの街はリノイ村よりも裕福だし、人口もかなり多い。 そのため食堂や宿屋などの施設も充実していて、人の出入りも非常に多いのだ。

 

 なんせ、アシュタラの街は魔族領に入る人族が、ジェラウス山脈に入る前に経由する街だ。 聖騎士団だけでなく魔物狩人マーセナリーも多数出入りするし、なんなら勇者一行もこの地を経由するくらいの大きな街だ。

 

 施設も整っているため温暖な気候でしか育たないはずの作物や家畜も育成できる建物を常備している。 ディアナが物々交換で入手してきたバナナオレ種もこの街で育てられている幼体だったのだ。

 

 こんなに栄えた街となると、様々な問題点が発生する。

 

 まず、発生する問題はゴミの処理だ。 人が多い分ゴミは多くなり、処理場は常に山盛りに盛られたゴミの山と化してしまう。

 

 そのゴミの中には残飯も含まれる。 資金に余裕がある人たちは、自分の食べたいものだけを食べ、せっかく調理した食料はなんの躊躇なく廃棄してしまう。

 

 そうして廃棄された食料には、ウイルスや菌を媒介する生き物も寄り付いてくる。

 

 流行病の感染源に、ネズミやゴキブリなどと言った不潔な生き物が挙げられるのは間違いない。

 

 他にも可能性を上げればきりがない。

 

 例えば、この街に入った行商人が、他の街から病を持ち込んだケース。 他にも行商人が持ち込んだ荷物に病原成分が付着し、飛沫感染したケース。

 

 マナーの悪い魔物狩人マーセナリーが、討伐した魔物の血液や死骸を正しく処理せず、血液が手や食器に付着し、謝って経口摂取してしまった結果未知の病が発症したことも考えられるだろう。

 

(原因を考えればきりがないな。 何か、手がかりになりそうなことはないのか?)

 

 意識を集中させ、セレストのここ数週間の食事の記憶を呼び起こす。 食事はいつも様々な野菜や肉類に彩られており、思わずよだれがじゅるりとこぼれるエルド。

 

 こう見えてエルド、食いしん坊なのである。 いかんいかんと自分を律して再度集中する。

 

 そしてエルドは、とある異変に気がついた。

 

 ある日の食卓、セレストの父と思われる人物は、指に布のようなものを巻いていた。 それ以前の食卓では巻いていなかった布だ。

 

 布とは言ってもそれはテープのようなもので、ガーゼを固定するために巻いていただけだろう。 この村の便利グッズを知らないエルドにとっては、それは布のようなものという認識しかできないが……

 

 どうやらセレストはその事に一切疑問を持たなかったらしい。

 

 それも仕方がないことだろう。 記憶を遡る限り、セレストの父は発明家だ。

 

 便利グッズを発明し、発明したグッズを母の経営している雑貨屋で販売している。

 

 ここで言う便利グッズとは、ボタン一つで明かりがつくランプや、自らの生命力を微量注ぐことで吸引力が変わらない掃除道具になる機械など。

 

 生活を便利にしてくれる便利グッズを研究、及び発明しているのがセレストの父だ。

 

 割と裕福な家庭らしく、家もきれいで広いし、洋服もいちいちかわいいし、毎食美味しそうな料理が並んでいる。

 

 エルドは嫉妬した。

 

 セレストの記憶にあったシチューと呼ばれる料理を堪能したくてよだれが止まらなくなった。

 

 閑話休題、セレストの記憶を遡ったことで、なんとなく感染源を特定できた気がするエルドは、すぐさま憑依していた意識を自分の下へと転移させる。

 

 ふっと意識が戻り、謎のレクイエムをトリオしているメンバーに声を掛ける。

 

「お姉ちゃんたち! 目を覚まして!」

 

「エルド様が呼んでおられる」

 

「ほっぺをむにむにしていーんか?」

 

「それは後にしてねラヴィニアお姉ちゃん」

 

 エルドはこれを失言だと後悔するのはしばらく後の話ではあるが、絶望のレクイエムは見事ソロになった。

 

 正気に戻った二人にかいつまんでわけを話すエルド。 それを真剣に聞いていた二人は、ふむふむと納得したうえでさらなる意見を上げる。

 

「つまり、エルド様の見立てでは飛沫感染はないと?」

 

「飛沫感染ってなんだし」

 

「頭が足りないラヴィニアさんは、どうぞお黙りくださいませ」

 

「は? ディアにゃんちょーしのんなよ?」

 

「いちいち喧嘩しないでお姉ちゃんたち!」

 

「エルド様の仰せのままに!」

 

「エルちゃんがそー言うんなら許してやらんでもない!」

 

 ちなみに補足すると、飛沫感染とは咳やくしゃみによって空気中に病原菌が蔓延し、それを吸い込んでしまうことによって感染するという感染経路のことを指す。

 

 エルドはセレストの記憶を遡る過程で、感染した母や父がくしゃみや咳の類をしていなかったことや、街を散策するセレストの記憶にもこれらの行為をしていた人々がいなかったため飛沫感染は可能性から除外した。

 

「となると考えられるのは、経口感染や接触感染……血液感染の説もあるのでは?」

 

「さすがディアナお姉ちゃん! 毎日本を読んであげてただけあるね!」

 

「え、なに? エルちゃん、ラヴィニアおねーちゃん話についていけないんだけど? あたいは本を読んでもらったことなんてないんだけど?」

 

「ふはははは、わたしめはエルド様に読み聞かせていただいた本の内容は、一文字一句違わずにこの脳裏に刻んでおります故、どんどん頼っていただいて結構!」

 

 どうやら、毎日のようにエルドに叩き起こされ、本を読み聞かせられていたディアナもまた、一般人顔負けの知識量を得ていたようだ。

 

 新参者であるラヴィニアには、この圧倒的本の知識量は得ていない。 これはエルド直々に本を読み聞かせてもらっていたディアナにしか得られない特権である。

 

 勝ち誇るディアナと、悔しがるラヴィニア。 そしてまた喧嘩しそうなこの二人を見て、呆れ返るエルド。

 

 このバカ二人を揃えると話が進まない。

 

「ともかく、僕がセレストちゃんの記憶を見た限り、感染した人たちは体のどこかしらに布を巻いてたんだ! 多分あれ、怪我して出血したのを止めるための布だよ!」

 

「ほほう、となると考えられるのは血液感染ですね?」

 

「ふむふむなるほど、けつえき感染ね!」

 

「もうっ! ラヴィニアお姉ちゃんはちょっと静かにしてて!」

 

 ラヴィニアは絶望コレクションに再度並ぶことになった。 そして謎のレクイエムはソロからデュエットになった。

 

「ディアナお姉ちゃんが言う通り、血液感染の可能性も捨てきれないけど、僕はそれより伝播感染が疑わしいと思うんだ!」

 

「なるほど、エルド様がおっしゃった布とは、生き物によってつけられた傷を保護するための布だと?」

 

 伝播感染、生き物から人へと直接病原菌が感染するその経路は、爪による引っかき傷、噛まれたことによる噛み傷など、病原菌を宿した生き物が人間へと危害を加えた才に感染する経路を指す。

 

 エルドはアシュタラの街に用意されていた廃棄区画。 いわゆるゴミ捨て場に様々な生き物が集まっていることを知っていた。

 

 ゴキブリや鼠にとどまらず、おそらくゴミが集積するその地点には様々な病原菌が溢れかえっているだろうことが推測できる。

 

「そういうわけで、僕はアシュタラの街を助けるために、これから転移したいと思います!」

 

「危険ですエルド様! 貴方様が直々に向かう必要はないはずです!」

 

 エルドは悪い意味でいい子に育ってしまったのだ。 ディアナやウェインなど、困っている人を見捨てられないお人好しに育てられた弊害と言ってもいいだろう。

 

 何より、以前魔物の群れに襲われた際、親の言いつけを守ろうとするばかりにラヴィニアに大怪我を負わせてしまったことを、ずっと後悔している。

 

 だからこそ、使うなと口を酸っぱく言われていた転移能力は、使うことをためらうことが少なくなった。

 

「僕はこの村に危害を加える悪い人に対してはなんの容赦もなく、この力を使って追い払ってやろうと思ってる。 けど、助けを求めてる人を、助けられると分かっているのに助けないなんて……そんな恥ずかしい人間になっちゃったら、パパやディアナお姉ちゃんの恥になっちゃうからね」

 

 ディアナは泣いた。 まさか自分のためにそこまで思ってくれてるだなんて思わなかったからでもあり、端的に言ってチョロいからである。

 

「僕が沢山の人を助ければ、僕を育ててくれたパパやママ、ディアナお姉ちゃんは僕のことを誇りに思ってくれるはず! 僕にとってはそれが何よりも嬉しいんだ! それに、助けられる人を助けないだなんて、それこそ悪い人がすることだもん!」

 

「エルド様ばんざーい! エルド様パーフェクトリー!」

 

 エルドは、いい子に育ったのかもしれないが、それは悪く言ってしまえば、天性の巻き込まれ体質になってしまったと言ってもいい。

 

 だがしかし、困っている人を知らん顔で追い払う人間よりも、親身になって力になろうと努力する人間のほうが、みんなから好かれるいい人である事実には代わりはないだろう。

 

 彼らがアシュタラの街に行ったところで、力になれるかなれないかはまた別の話だが、間違いなく言えることがある。

 

 エルドはこの瞬間の出来事が原因で、史上最悪な面倒事に巻き込まれる未来など予測できなかったという事が。

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