第23話 新たな脅威が迫っている件〜其の二〜

 ・

 流行病はどういった経由で感染するのかがわからない限り、対策の立てようがない。 強いて対策を立てる方法があるとすれば、病にかかった可能性がある人物に近づかないことである。

 

「この少女を一週間隔離いたしましょう!」

 

「そ、そんな……一週間も無駄にしちゃったら、お父さんもお母さんも死んじゃうよ!」

 

 流行り病という話を聞いてから完全にパニック状態に陥っているディアナは、少女を管理小屋の奥へと押し込もうとしてしまう。 しかしそんな無慈悲な様子を見てエルドが待ったをかける。

 

「ディアナお姉ちゃん! とにかく話を聞かないと!」

 

「危険ですエルド様! この少女と会話を交わした時点で我々も流行り病に感染した可能性がある以上、これ以上この村にウイルスを散布させるのはマズイです!」

 

「でも、この子は家族を助けたい一心でここまで来たんだよ? それなのにこんなひどいことって……」

 

 エルドが必死にディアナを落ち着かせようと声を上げるが、少女はエルドのその優しさに付け入り、エルドへすがりついてしまう。

 

「助けてお兄ちゃん! お母さんとお父さんが……」

 

「無礼者! エルド様に近づくんじゃあない! エルド様が流行り病に感染したらどう責任を取るのだ!」

 

「もう! お姉ちゃんうるさい! あっち行ってて!」

 

 ディアナはショックを受けた。 流行り病が蔓延するという絶望よりも、エルドに拒絶される方がショックらしい。

 

 しかしディアナが静かになったおかげで少女の話はゆっくり聞けそうだ。 結果オーライである。

 

 虚ろな目で膝をついてしまうディアナなどそっちのけで、エルドは少女から事情を聞こうと試みる。

 

「えーっとね、まずは何が起きたか話して欲しいんだ。 とりあえず、君の名前から教えてくれる?」

 

「……セレスト」

 

「セレストちゃんっていうんだね。 流行り病が蔓延し始めたのはいつ頃なのかな?」

 

「二週間くらい前」

 

「結構経ってるなー。 どんな症状かは分かるかな」

 

「お熱が出て、いっぱいゲーして、体中に赤いプチプチが出てきて、指先から動かなくなってくるの」

 

「結構ヤバそうな流行病だね」

 

 八才になったエルドは、両親のお陰で賢く育っているし、小さい頃から絵本以外にも子どもの教育に良さそうな本ばかり読んでいた。 そのため割と頭はいいほうなのだ。

 

 流石に専門的な医学知識はないが、素人が聞いても何となく分かることは複数ある。

 

「嘔吐するってことは体内にばい菌が入ってる証拠かな? 体中に赤い発疹……血液に何かしらのばい菌が混ざってる? いや、皮膚の方にばい菌がついて発疹が出ることも考えられるな。 そうなると、指先から動かなくなるのは細胞が硬化してるからか、それとも皮膚の方に問題があるのかな?」

 

 エルド、八才とは思えないほどの知恵を披露しながらぶつぶつと呟きだす。 読書家というものは割と賢いのだ。

 

 そんなエルドのつぶやきを見たセレストは、これは間違いなくすごい人に違いないと確信してしまう。

 

 ガッシリと腰に腕を回し、もう絶対離れないぞとばかりのくっつき虫ムーブを繰り出す。

 

「ちょっとセレストちゃん? いきなり抱きつかれたら……」

 

 嫌な予感を察知したエルドがセレストに説得を試みるが、すでに遅かったようだ。

 

 小屋の奥からドスドスと、うるさいアイツが駆け寄ってくる。 混沌の音が聞こえてくる。

 

「ごらぁぁぁ! あたいのエルちゃんに何してんだクソガキィィィ」

 

 危険を察知したラヴィニアが、双子の監視をほっぽって駆けつけてきてしまうのだった。

 

 ・

「エルド様から離れろこんのマセガキがぁぁぁ!」

 

「いやぁっ! エルド君はあたしのなの!」

 

「何言ってやがるこのマセガキめが! エルちゃんはあたいのものだ!」

 

 カオスな現場が出来上がっていた。

 

 エルドにしがみつくセレストと、そんなセレストを引き剥がそうとしつつも、エルドのぷにぷにのほっぺに自らの頬をなすりつけるラヴィニア。 事故を装ってスリスリしているようだが、明らかに故意であることは馬鹿でもわかる。

 

 だが今はそんなくだらないことをしている場合ではない。

 

「ラヴィニアお姉ちゃんもうるさい! あっち行って!」

 

 エルドの容赦ない拒絶宣言。 これにはさすがのラヴィニアも泣いた。

 

「む、無念……」

 

 目を見開いたまま滝のような涙を流し、膝と共に心も折ってしまうラヴィニア。 絶望的表情で膝をついていたディアナの隣に、ラヴィニアも仲良く並んでしまうのだった。

 

 絶望コレクションがここに爆誕した瞬間である。

 

 そんな二人を勝ち誇ったような顔で見下ろし、絶対勝者の証であるあっかんべーを披露するセレスト。

 

 こいつさっきまで満身創痍だったのは嘘なのではないかと疑いたくなるエルドだが、今はともかく流行り病のことを詳しく知らなければならない。

 

 だが、セレストから聞いた話だけを参考にして行動を起こすのは明らかに無謀。 詳しい話を当事者や大人の口から聞きたいが、彼女の慌てようを見る限り、現地に向かっての情報収集はあまりに危険。

 

 どうしたものかと思案するエルドだったが、とんでもないことを思いついてしまう。

 

(僕の力は特別なものだって、パパやディアナお姉ちゃんから何度も聞かされてきた。 転移能力だって言われたこの力を使えば……僕の意識を転移させて他人に憑依することができるんじゃ?)

 

 エルドは頭がいい子なのだが、考えることはいつもぶっ飛んでいた。

 

(意識を同調させられれば、セレストちゃんが見聞きした記憶を詳しく読み取ることができるかもしれない!)

 

 自分の意識を他人の体に転移させる。 言葉にすれば簡単なことだが、失敗すればどんな危険な目に合うのかをまるで考えていない。

 

 万が一失敗すれば、エルドの体は魂が無くなった抜け殻のような存在になってしまうことであろう。

 

 皮肉にも無謀過ぎるエルドの思いつきを止めることができる、頼りになる……いや頼りになるかはわからないが、少なくとも常識をよく理解している姉二人は現在、絶望に染まった表情で謎のレクイエムをデュエットしている。

 

 エルドの無茶を止めるものは、この場にはいなかった。

 

 思い立ったらすぐ行動がエルドの悪い癖だ。 早速とばかりに自分の意識に集中し、その意識だけをセレストの中に転移させようとするのだが……

 

(弾かれた、やっぱり難しいか)

 

 無事事なきを得たわけだが、上手くいかないことに歯噛みするエルド。

 

 この三年間、エルドはもしもの出来事に備え、隠れて転移能力を磨いていたのだ。

 

 その結果、幼い頃は認知しているものしか転移できなかった彼は、座標さえわかれば認知していないものも転移できるようになっている。

 

 先ほど水が入ったバケツやコップを転移させたのもその応用で、水の場所、バケツを置いている場所、コップが置いてある場所を分かっていたゆえに、別々の場所にある水と容器を同じ場所に転移させるという応用技を繰り出していたのだ。

 

 かなり精度の高い座標認識能力が必要なこれらの行動を、息をするように成功させてしまうあたり、エルドは近代稀に見る天才であることは疑う余地もないだろう。

 

 そんな天才は、自らの転移能力を次のステップへと進化させようとしてしまっている。

 

(さっきは弾かれたけど、認識さえしていれば目視できないものでも転移できる。 って事は、セレストちゃんに僕の意識を弾かれたのは、彼女の意識が覚醒しているからなんじゃ?)

 

 憶測から失敗した理由を導き出し、次の可能性へと思考を切り替えるエルド。 そんな彼が目につけたのは、放心状態で膝をついているバカ二人。

 

(今のお姉ちゃんたちは、放心状態だ。 つまり自分の意識が限りなく弱ってる状態)

 

 早速とばかりに行動を起こしてしまうエルド。 そして、悲しいかな彼の憶測は正解に近い推理だったことが判明した。

 

 ゆっくりと目を開けたエルド……の意識を宿したディアナは、眼の前で脱力してセレストにもたれかかっている自分の姿を視認する。

 

 突然パタリと倒れてしまったエルドを見て、セレストは悲鳴を上げて喚き散らしているが今はそんな事どうでもいい。

 

(成功したんだ! 早速ディアナお姉ちゃんの頭の中を覗いてみよう!)

 

 エルドは目をつむり、憑依したディアナの脳内で何を考えているのか確認してみることにした。 そして、冷や汗をこぼした。

 

 『エルド様に拒絶されたわたしめなど、生きる価値なし!』

 

(……え?)

 

 『エルド様に不快な思いをさせたわたしめは万死に値する、切腹しなければ!』

 

(なんで?)

 

 『ああ、エルド様のぷにぷにのほっぺをツンツンして癒やされたい』

 

 『そう言えば、寝てるときにほっぺたツンツンしてることバレてないよね?』

 

 『もしかしてバレてしまったから最近わたしめのお膝に乗ってくれないのでは?』

 

 『バナナオレ種も最近元気だし、そろそろレモネード種を増やそうかしら?』

 

 『ああエルド様! エルド様エルド様エルド様ぁぁぁ♡』

 

 エルドは安心した。 雑念の中に見つけ出した一条の光、牧場のことを考えているディアナの思考を見つけ出したからだ。

 

(上手く行った、放心状態の人になら憑依できる!)←棒読み

 

 これ以上ディアナの脳内を覗くのは色々マズイであろう事を悟ったエルドは、すぐに意識を自分の体に戻す。

 

 ふっと自身の体に戻り、ゆっくりと目を開けると、眼の前で泣きじゃくりながら何度もエルドの胸のあたりをぽこぽこ叩いていたセレストが確認できた。

 

 実験成功である。

 

(後はセレストちゃんを放心状態にすれば万事うまく行く!)

 

 そう結論付けたエルドは、意識が戻ったと同時にセレストの肩をがっしりと掴み、心にもない言葉をかけた。

 

「ごめんよセレストちゃん。 僕達は君を助けることはできない。 それに、これ以上騒がれると僕達に流行り病が移っちゃうから、静かにしてくれないかな?」

 

 エルドの冷めきったその言葉を聞き、セレストは絶望した。

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