第22話 新たな脅威が迫っている件

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 ディアナとエルドはリノイ村の入り口で倒れていた少女を牧場の管理小屋へと運んだ。

 

 ひとまず安静な場所に少女を寝かせ、ディアナはそばに残って目を覚ますまで待つことに。

 

「ディアナお姉ちゃん! その女の子が目を覚ますまでに家畜小屋の清掃を終わらせてくるね!」

 

「申し訳ありませんエルド様、よろしくお願いいたします」

 

 いつもはエルドとディアナが一緒に清掃に向かうのだが、今日ばかりは仕方がないだろう。

 

 すたすたと走り去るエルドへ申し訳なさそうに頭を下げるディアナ。

 

 今やこの牧場に動物小屋はニワトリ小屋が五つ、牛小屋が三つもあり、一つ一つ清掃するとどうしても三時間近くかかってしまう。

 

 小屋の中を清潔にしなければ家畜たちが病気になってしまう故、清掃は手を抜けない仕事なのだ。

 

 そんな重労働をエルド一人に頼んでしまうのは申し訳ないと、ディアナは罪悪感に駆られるのだが……

 

 エルドが管理小屋を去ってから数十分経った頃。

 

「お姉ちゃん! 女の子は目を覚ました?」

 

「え、エルド様? いいえまだ目は覚ましておりません! ちょうどよかった、清掃はわたしめが変わりますので、エルド様はこの子の様子を見ていては下さいませんか?」

 

「お掃除ならもう終わったよ!」

 

 元気よく答えてくれるエルド。 しかしディアナは嘘つくんじゃねーと言いたい気持ちになってしまうが、かろうじて飲み込んだ。

 

 ディアナ的には未だにエルドは怒らせたらあかん存在なのである。

 

「そのですね、疑うわけではありませんが、わたしめも家畜の状態を確認するため小屋の様子を見てまわりたいので、ひとまずこの子の様子を見ていて下さい」

 

「分かったよ! お水持ってくるね、濡れた布でお顔を拭いてあげなきゃ!」

 

 エルドはパチンと指を鳴らし、少女を寝かしているベンチの隣に水が入ったバケツを召喚する。

 

 瞬きする間に現れたバケツは、エルドが転移能力を使用して用意したものだ。

 

 息をするように能力を行使してしまったエルドを前に、ディアナは思わず二度見する。

 

 その能力は三年前の一件以来、非常時以外は使わないようウェインと共に口を酸っぱくして言い続けていたわけだが……

 

「え、エルド様? そのお力を使用するのは危険だからと……」

 

「ディアナお姉ちゃん! 今はこの女の子の命に関わるかも知れないから、出し惜しみするのはよくないと思う!」

 

 なんの悪びれもなく言い放つエルド。 ディアナは確信した、この子はきっと面倒な時とか、隠れてこの能力使いまくってるなという事に。

 

 転移の手際良さからその兆候が滲み出ている。

 

 それはともかく、エルドがしっかり掃除をしたのか動物小屋を回って確認しなければならない。

 

 言いたい事は山ほどあるが、エルドの言う通り少女は只事ではない問題に瀕しているのはなんとなくわかる。 今回ばかりはしょうがないだろうと目を瞑り、ディアナは管理小屋を後にした。

 

 ・

「めっちゃ綺麗になっとるやん」

 

 動物小屋を回ったディアナは、キラキラと輝くほどに綺麗になっている動物小屋を見て周り、遠い目でつぶやいた。

 

 戻ってきた時間と言い異常なまでのきれいさといい、考えられる理由は唯一つ。

 

 いつも箒で地道に掃除して、鼻をつく家畜臭に耐えながらせっせと仕事していた自分の苦労はなんだったのか……

 

 考えたら負けだと思い至ったディアナはふるふると頭を振る。

 

 方法はどうあれ、エルドはサボらず掃除したという事は確認できたた。 ひとまず管理小屋に戻るべきだろう。

 

 その間、ディアナはなんと言ってエルドを注意しようかと考えながら戻っていく。

 

 すると、ベンチで横になっていた少女を心配そうな顔で看病していたエルドは、パァッと明るい笑顔を浮かべながらディアナの元へと駆け寄ってきた。

 

「ディアナお姉ちゃん! 何も問題なかったでしょ?」

 

「あ、はい。 確かに綺麗でしたし、問題は何もなかったのですが……」

 

 言葉を濁らせるディアナに対し、エルドは可愛らしく小首を傾げた。

 

 おそらくエルドは少女のために、良かれと思って動物小屋掃除に転移能力を使用したのだろう。

 

 小屋内にあったゴミを全て廃棄場に転移させて、手作業で掃除するよりも効率的かつ完璧に掃除してみせたのだ。

 

 でないとあの短時間で戻ってきた事に説明をつけられない。

 

 口うるさく注意するよりも、軽く釘を刺す程度に注意した方がいいだろうと考え、小さく頷いてから人差し指を立てる。

 

「いいですかエルド様、今回のように人命が関わる場合は仕方がないですが、転移能力は村人以外に知られると面倒な事になります。 なので、使う前はわたしめやウェイン団長の許可をとるようにして下さい!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 しゅんとしながら口を窄めてしまうエルドを前に、ディアナは罪悪感に駆られる。

 

 エルドが素直でいい子すぎて、怒るという行為が辛いのである。

 

 落ち込んでしまったエルドを元気付けようと、ディアナは管理小屋の裏でミルクの仕分けをしているバートンとマートンから、レモンミルクを貰ってこようと思い立つ。

 

 エルドはレモンミルクが大好きなのだ。 餌付けして機嫌を直そうとする算段であるのは言うまでもない。

 

 しかし、ディアナがそう思い至った瞬間。

 

「んぐぅ……」

 

 少女が唸り声を上げた。

 

 エルドは眉を開いて横になっている少女の元へと飛びつく。

 

「目を覚ました! 大丈夫? お水飲む?」

 

 そう声をかけながら、しれっとコップに注いだ水をテーブルの上に転移させてしまうエルド。 どうやら全く反省していないようだ。

 

 ディアナはその瞬間を目撃してしまい、ぅおいっ! っと突っ込みそうになったがなんとか我慢。

 

 おそらくエルドも悪気はなかったのだろうから仕方がない。

 

 ディアナが一人でああだこうだ考えている間に、少女はゆっくりと目を覚ます。

 

「ええっと、ここは……?」

 

「目を覚ましたの? 気分は大丈夫? とりあえずお水飲んで!」

 

 エルドは困惑している様子の少女に半ば強引に水を差し出すと、少女は遠慮がちに水を受け取り、一息に飲み干してしまう。

 

 その様子を見て、おそらく村の前で倒れていたのは疲労のせいだろうと推測するディアナ。

 

 なぜなら少女に外傷の類は見られず、顔色を見ても病気には見えない。 となると考えられるのは、アシュタラの街からここまで飲まず食わずで歩いてきた事による疲労か、それ以外のなんらかの要因が考えられる。

 

 こういったことが初めてであるエルドは軽いパニック状態になっていたため、ディアナはそっとエルドの肩に手を置き、少女から事情を聞くため落ち着き払った動作でかがみ込む。

 

「こんにちは、わたしはリノイ村で牧場を経営しているディアナよ。 君はどうして村の入り口で倒れてたのかな?」

 

 聞き取りやすいようゆっくりと、警戒されない程度の音量で問いかけるディアナ。

 

 伊達にトラブルに巻き込まれ続けていたわけではない。 ディアナはこういった時、落ち着いて物事を進めることができるのだ。

 

 ディアナの余裕ある態度に少女はホッと胸を撫で下ろし、ここまでの出来事を思い出すために視線をどこか遠くに向け、一人思案に耽る。

 

 そして数秒の間をおいて、ようやく何があったのかを思い出した少女は、ハッと息を吸い込み怒涛の勢いで事情を説明し始めてしまう。

 

「あのあの! えーっと、アシュタラの街で、流行病が蔓延しちゃったんです! お父さんとお母さんも感染しちゃって、薬屋のダレンおじちゃんも倒れてしまって! もうみんな倒れちゃったんです! このままではみんな死んでしまいます、助けて下さいお願いします!」

 

 流行病、それはこの世界において魔王軍の次に恐れられる存在。

 

 一度流行り始めれば原因が解明されるまで無慈悲に蔓延して、人々の命を容易く刈り取り、例えどんなに強い力を持った戦士でも嘲笑うように命を散らしてしまう。

 

 言うなれば無敵の存在。

 

 少女のすすり泣く声が管理小屋内に響く中、ディアナは石化したように固まってしまう。

 

 いくらなんでも流行病は、魔王軍襲来より厄介すぎる問題である。

 

 そうして、謎の間をおいてから、ディアナはゆっくりと立ち上がった。

 

 大丈夫、落ち着いて。 平常心……平常心。

 

 大きく深呼吸を挟んだディアナは、隣できょとんとしているエルドを直視。

 

「どっどっどっどっ、どうしましょうエルド様ぁぁぁぁぁ!」

 

 前載撤回、ディアナはトラブルに対する耐性が毛ほどもついてなかったようだ。

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