第21話 謎の少女発見にて
・
幼少期のエルドに毎朝叩き起こされていたディアナは、すっかり日の出前に起きるという習慣がついてしまっていた。
まだ薄暗いリノイ村の中を一人で散歩しながら、毎日のようにすれ違う農婦のルイーザさんに挨拶し、自宅に戻る。
朝食の支度前にちらりとエルドの部屋を覗いてみると、まだ気持ちよさそうに……否、寝苦しそうなエルドを見つけ、またかとため息をつく。
呆れた表情で布団をめくり、予想が的中したことで頭を抱えるディアナ。
「ちょっとラヴィニアさん、エルド様の布団に潜り込むのはやめてくださいって言ってるじゃないですか」
仰向けに寝ているエルドの腰にコアラのように抱きつきながら、すやすやと気持ちよさそうな寝息を立てているラヴィニアに、ディアナは毎朝のように小言を言っているのだが。
むにゃむにゃ言いながら微睡から覚め、舌打ち混じりに逆ギレしてしまうラヴィニア。
「朝っぱらからうっさいなー。 あんたはエルちゃんのなんだってのー? 彼女じゃあるまいしー」
不機嫌そうに返事してくるラヴィニアに、ディアナは再三にわたりため息をつく。
そこからそれぞれ目を覚まして身支度を整えること数分。
日が昇りきり、ようやく朝の日差しが窓から入り始める頃、家族全員が食卓につき朝食を取る。
ラヴィニアは相変わらずエルドを溺愛しており、八才になっても食事の際はラヴィニアの膝の上でぬいぐるみのように抱えられてしまっているエルド。
エルドも八才になったのだ、いい加減恥ずかしくて仕方がないが、あまり拒絶するとラヴィニアはガチ泣きするため強く言えないのである。
「ねーねーラヴィニアお姉ちゃん。 僕自分で御飯食べられるよ?」
「遠慮しなくていいんでちゅよーエルちゃーん? まだまだ子どもなんだから、おねーちゃんにあまえなさーい?」
「はっはっは、エルドは姉二人に可愛がられてて幸せものだな!」
その様子を笑いながら眺めるウェイン。 ちなみに、ラヴィニアは移住してきた事になっているためウェインの養子という枠組みではない。
言うなれば近所のお姉さんと言ったところだろう。 一応ラヴィニアの一軒家も建てられてはいるのだが、彼女が利用してるところを見た村人はいない。
素知らぬ顔で、毎日エルドの部屋に入り浸っている。
ディアナは不機嫌そうにそっぽを向き、朝食の黒豆スープを貪り小言を嘆いた。
「エルド様が小さい頃は、エルド様の方からわたしめのお膝に座ってくれてましたがね」
「ちょっちディアにゃーん。 その自慢話はもう何十万回って聞いたんだけどー? もしかして負け惜しみー?」
「ムッキィー! この少年好きの変態め!」
「あたいは少年好きなんじゃなくてエルちゃんを溺愛してるだけだしー」
「それを少年好きだって言ってんですよ!」
毎朝恒例の口喧嘩が始まり、黒豆スープをちまちますすっているエルドは苦笑い。
「こらこら二人共? お食事中は仲良く食べないと。 それに、エルドも困ってるんだからその辺にしてあげなさい?」
なぜかは知らないが、ラヴィニアもディアナもエルドの実の母であるセルマには頭が上がらないらしく、それぞれ面白くなさそうな表情のまま静かに朝食を食べ始める。
ちなみに、エルドはその隙にいつも通りラヴィニアの膝上から退避して、ディアナの隣の席に礼儀正しく座ると、美味しそうに朝食にありつくのだった。
・
「ディアナお姉ちゃん、今日は何をするんですか?」
「まずはバナナオレ種の牛小屋に行って、温度を確認しないとダメですかね? あの品種は寒さに非常に弱いですから」
「あたいのバナナミルクのためにも、スティーブには元気に育ってもらわんとね!」
朝食を堪能したディアナは、軽い足取りで牧場へと向かう。 後ろにてくてくとついていくエルドは、今日は何をするのかとディアナに確認を取る。
幼少期はエルドに忠実に従っていたディアナだったが、今では立場が逆転し、ディアナの言う事を素直に聞いてくれる補佐官のような存在になっているエルドである。
ここ最近は軌道に乗り始めたバナナオレ種の健康状態チェックから始まっており、三人は慣れた足取りでバナナオレ種専用の牛小屋へと向かう。
バナナオレ種は温暖な気候で育つ品種のため、牛小屋内の温度管理は徹底しなければならないのだ。
そのためバナナオレ種の牛小屋には常にお手伝いの人が駐在しており、二十四時間体勢で温度管理を徹底している。
牛小屋の入口に【すてぃーぶ】と手書きで書かれた看板が立てかけられており、他の牛小屋と違って中の熱を逃さないよう頑丈に作られた牛小屋は、引き戸を開けなければ中にはいれない構造になっている。
普通の牛小屋にもドアはついているのだが、力を加えれば勝手にパタパタ開くスイングドアのようになっているのだ。
引き戸をガラリと開け、入口に入ってすぐ隣りにある温度計を確認するディアナ。 エルドはディアナの様子をうかがい、満足そうに頷いたのを見て温度計の隣に貼り付けられているチェック用紙に丸印を記載する。
温度管理を徹底しなければバナナオレ種はすぐに病気になってしまうため、温度チェックは朝牧場に来た際と帰る前に必ず確認し、チェック用紙に確認した事を記すようにしているのだ。
お陰でバナナオレ種は今日も美味しいバナナミルクを出してくれるだろう。
二人とは別行動で、ラヴィニアはバナナオレ種の牛小屋の裏手に回り、裏口から暖炉室に入っていく。
「ちゃんとストーブ温めてっかバトマト!」
「「おはようございますサー!」」
「薪の数が少なくなってきてんねー。 今日は薪をちょーたつしてやっから、ついてきな」
「「ありがとうございますサー!」」
バートンとマートンは、バナナオレ種の牛小屋に寝泊まりすることになっており、ディアナ達が帰宅してから牧場に戻ってくるまでの間、二人は交代で温度管理を行っている。
流石に睡眠時間三時間とかいうブラックな牧場にはなっていないが、今ではこの村一番の働き者だと評価してもおかしくない双子くんである。
日中は温度管理の必要性はあまりないため、雨の日や特別気温が低い日以外はラヴィニアが呼びに来ると同時に二人は牛小屋を後にする。
ここから双子を監視するラヴィニアと、牧場の管理をするディアナたちは別行動。 エルドと離れたラヴィニアは非常に機嫌が悪くなるため、かなりきつい口調で双子に指示を出していく。
「薪ちょーたつしたらいつもどーり仕分け。 その後は邪魔にならんところで好きに遊んでな」
「「サーイエッサーッ!」」
今日は薪を調達したら村人に配る乳製品の仕分け作業をして、早く終わったら自由時間らしい。
幸い、村の人達は優しいため、魔族な上に一度リノイ村を壊滅寸前に追いやったバートンとマートンも、村人たちから白い目で見られたりせずに、優しく接してもらっている。
たまにお菓子ももらっているようだ。 可愛らしい見た目も相まってか、可愛がられていて何より。
ディアナとエルドはバナナオレ種の健康チェックが終わったら、そのまま他の家畜たちの様子を見て回り、問題がなければ卵やミルクの回収をしてから放牧。
その後は家畜小屋の掃除やら、今後の牧場経営の計画を立てたりするわけなのだが……
放牧作業が終わり、小屋の清掃に移ろうとしたエルドは突然村の入口へと視線を向けたまま、目を細めて固まってしまった。
ディアナはいつもと違うエルドの行動に違和感を覚え、首を傾げながらエルドの視線を追いかけてみる。
すると、村の入口にエルドと同い年くらいの女の子が倒れているのを発見してしまう。
薄緑色の髪が腰のあたりまで伸びており、ピンク色の大きなリボンで括られたハーフアップ。 背丈はエルドより一回り小さく、どこかのお姫様かと見間違えるレベルのか弱そうな少女。
育ちが良さそうな衣服を纏っているのだが、所々擦り切れており、何度か転倒してしまったのだろうか? 全身泥だらけだ。
「なにかしら? あの子の格好、リノイ村の子じゃないですね」
「この前バナナオレ種を買いに行った時、ああいう格好の人を見た気がするんですけど……」
この牧場で飼っている家畜は、ほとんどがバレイジー村から拾ってきた生き残りだ。 野生化していた家畜たちを効率的に飼いならすために、野生化してしまった時期の記憶をマートンに奪わせることで牧場の発展を効率化することに成功したのはココだけの話である。
唯一、バレイジー村の生き残りではない家畜はバナナオレ種だけだ。
リノイ村から歩いて三日ほど進んだ場所に、アシュタラという街がある。
ディアナたちはアシュタラの街にバナナオレ種の牛を買いに行ったことがあるが、リノイ村と違ってかなり発展した街だったため、みんな可愛らしい装飾が施された衣服を着ていたのをエルドは覚えていた。
リノイ村の入口で倒れている少女はまさに可愛らしい装飾が施されたい服を着ていたのだが、その衣服はボロボロに擦り切れており、可愛らしさを台無しにしてしまうほど泥にまみれていた。
これはただごとではないと確信したディアナとエルドは、どちらからともなく倒れている少女の元へと駆け寄っていくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます