二章
第11話 牧場経営を始めるにあたり
・
廃村となってしまったバレイジー村から南西へ数キロ歩いたところには、小さな林がある。 その林の中で、驚愕の声が上がった。
「ううぇ? なんじゃこの記憶はっ!」
「おいおいマートン、一体どうしたってんだ」
薄紫の髪を短く切った少年が、身の丈三メーター近くはある巨大な狼の顎を優しく撫でながら、驚きの声を上げていた。 この禍々しい血色の毛並みをした狼は、何を隠そう魔物である。
テオガルム、この魔物は無機力を熱に変換する事を得意としている上に、全身を超高温にして攻撃をすることで周囲を灼熱の地に変えてしまう。 相手の集中力を奪いながら戦うこの魔物の危険度はセカンド。
魔物の危険度はファーストからフィフスまで序列分けされているのだが、簡単な強さの基準を説明するなら、
逆に最低危険度のファーストの場合は十人で足りるし、サードの場合は三十人は必要と言われているだろう。
そんな危険なテオガルムをまるでペットのように撫でながら、奇声を発した薄紫髪の少年。 これは明らかに異常な光景である。
そして、突然奇声を発した少年へ、不思議そうに首を傾げながら声を掛けた二人目の少年。 二人共分身しているかのように容姿が似通っており、姿形は人の子供そっくりなのだが、明らかに人族ではないと証明できるものが背中から生えている。
二人の少年は、背中に蝶のような羽を生やしているのだ。
「聞いてくれよバートン
「ほほう、テオガルムの記憶か。 それでそれで、一体どんな記憶だったってんだ?」
声変わり前の可愛らしい声で物騒な会話をしている二人の少年。 見た目も声もそっくりな二人は、何を隠そう魔王軍幹部。
双子の魔族、悪精の血を引いているバートンとマートンである。
二人の無機力は少々特殊な性質のため、この双子自体の戦闘能力は大して高くはない。 変な話、一般的な村人が一対一で戦ったとしても五分五分の状況を作り出せるだろう。
個々人の腕力や運動能力は極めて低く、見た目通り少年のようなスペックであることは変わりない。
では、なぜそんなにも貧弱な双子の少年が魔王軍幹部などという強者にしか与えられない地位を与えられているのか。
答えは簡単、彼らは無機力の性質が強力だからである。
「話すぜバートン兄、このテオガルムちゃんはな、先程小さな村をたまたま視界に入れていたんだ」
「ほうほうマートン、このテオガルムちゃんはメスだったのか、初耳だぜ」
「そこはどーでもいいんだバートン兄。 問題はその村におきた現象だよ!」
「なになにマートン。 小さな村に何かがおきたってのか?」
傍から見れば、仲の良い双子が楽しそうに会話しているようにしか見えないが、これはマートンが呪法師としての実力を証明する会話に相違ない。
「いいかよく聞けバートン兄。 このテオガルムちゃんの記憶を奪ったんだがな。 驚くべきことに、小さな村が一瞬にして消失したんだ!」
「嘘だろマートン! 村が一瞬で? まさかアイザックさんがぶっ殺されたのも、魔王様が逝去されてしまったのも、その謎現象と関係あるってのか!」
目を見開くバートン。 その驚きようを見てマートンはゆっくりと頷き、テオガルムを優しく撫でる。
「ここらへんでなにか起きてるのはこれで確信だ! 一体何で小さい村が突然消失したのか、これからその理由を魔物たちに探らせよう!」
「そうだなマートン! よし、俺の力で魔物をたくさん使役して、この辺りをより重点的に調べさせるぞ!」
双子の弟、マートンの能力は魔物の記憶を奪い、閲覧することが可能なのだ。 記憶を奪われた魔物は放心状態になってしまい、まるで人形のように硬直してしまう。
そして、双子の兄バートンは、魔物を自在に使役することが可能。 魔物の自由を奪い、自らの思惑通りに操作することができる。
この双子にかかれば、危険度フィフスに分類される魔物を何体も使役することが可能な上に、その数に際限はない。
バートンがぱちんと指を鳴らすと。 彼の後ろには不気味に光る真紅の光が無数に現れた。
「そうと決まればマートン! 後は俺に任せておけ! ここからは全員係で捜査開始だ!」
バートンの背後で光っていた真紅の光は、全てが魔物の瞳だった。
目算、五十を超える危険度セカンド以上の魔物の軍勢。 その脅威が今、廃村となったバレイジー村周辺に放たれてしまう。
・
村がシャーレーン湖の側に転移してしまった翌日。 早朝からシャーレーン湖に集合し、何があったのかと騒ぎ立てる村人たち。
混乱するのも仕方がないことだろう。 村ごと転移するなんて力技、理解に苦しむのは言うまでもない。
奇跡だなんだと口にするものもいれば、魔物が現れた影響かと疑うものもいるし、はたまた水場が近くにきてラッキーだと楽観しているものもいる。
なんにせよ、シャーレーン湖が近くに来たのだ、水汲みの仕事をしていたカミールは大喜びである。
大騒ぎしている村人たちの元へ気まずそうな顔で近づいていくウェインとディアナ。 二人は今朝方までずっと相談をしていたのだ。
このような事態になってしまった以上、エルドの特殊能力の件は隠し通すことはできないだろう。
村人たちにエルドの特殊能力のことを話せば、もしかしたら私欲で利用してしまおうと考える村人がいるかも知れない。
だが、変な嘘をついて信用を失うのも避けたい状況だ。 だから、信じるしか無いのだ。
村人たちの善意を。
「聞いてくれみんな。 今回の件なんだが……」
ウェインは、エルドの能力のことを包み隠さず村人たちに説明した。 先日バレイジー村に魔王が現れたこと、その直後に魔王軍幹部が襲撃してきたこと。
ここ最近目撃されている魔物は、おそらく魔王軍と関係があるであろう推測。 姉を思うがあまり村ごとシャーレーン湖に転移させてしまったエルドの優しさ。
すべてを話し終えたウェインは、ディアナ顔負けのきれいな土下座を村人たちに向けた。
隣りにいたディアナも、ウェインに習ってさらに洗練された土下座を披露する。
「黙っていてすまなかった! 俺はただ、息子に血塗られた未来を送ってほしくなかっただけなんだ! どうか、どうか俺の息子に平穏な日々を送らせてほしい」
「わたしめからもどうかお願いいたします! 命の恩人であり、大切な弟君であらせられるエルド様に、平穏な生活を送っていただきたいのです!」
二人の必死な土下座を前に、村人たちは小さなため息をつく。
「ひどいわねー、ウェイン団長は私達のことを信用してくれていなかったのね?」
「全くだぜ。 エルドのやつ、あのおつかいの時そんな危ねー目に合ってたのかよ。 早く言えってんですよ」
はじめに口を開いたのは農婦であるルイーザだった。 毎朝エルド達が散歩していた際、その仲良し姉弟に挨拶をしていたほんわかした女性。
次いで嫌味を言い始めたのは自警団の一員であり、村の入口を見張っているキース。 いつも賢くなった気になって新聞を眺めている、穀潰しだと村人からいじられがちな青年だった。
それを境に、村人たちは呆れたような声でそれぞれ思っていることを口走っていく。
「つまり俺は、エルド君のお陰で仕事無くなっちまったわけだ」
「カミール、お前力自慢なら大工でもやってみたらどうだ?」
「水が取り放題ってことは、これからは毎日お風呂に入れるのね?」
「ようやく水を使った料理を作れるじゃないか」
てっきり口汚く罵られるとばかり思っていたウェインは、不思議そうな表情でゆっくりと顔を上げる。
「ウェイン団長、つまりあの魔王軍幹部に殺されかけた俺を助けてくれたのは、エルド君ってことですよね?」
アイザックに襲われ、大怪我をおっていた自警団員のバーナードは、苦笑いを浮かべながら声をかけてくる。
「恩人を死地に追いやるような、そんな不義理は俺にはできません」
「それもそうだな、俺達あのままだったら、魔物に食われるか水不足で餓死してたんだもんな」
「エルド君は、さながらリノイ村の英雄ってことになるわね!」
「そうと分かれば、エルドの特殊能力を利用しようとするバカなやつは、この村にはいねーよな?」
キースが大声を上げながら村人たちに振り返ると、ほぼ全員、示し合わせたようなタイミングで頷いている。 寸分の悩みなく、全員が偽りない笑顔を浮かべて頷いていたのだ。
その光景を見て、ウェインとディアナは泣いた。 ついでに、なぜか知らないがキースも泣いた。
「ありがとう、みんなありがとう!」
「わたしめは、この村の一員になれて幸せでございます。 本当に、本当にありがとうございます!」
「水くせーこと言ってんなよ団長! これからは、俺達みんなでエルドを守っていこうぜ!」
「そうよそうよ、私も毎朝エルド君に挨拶してるんだから! そろそろお姉さんにも心をひらいてくれてもいいと思うのよね!」
そうして、感謝のあまり大泣きし始めるウェインやディアナに釣られ……
エルド以外の村人たちは大泣きした。 たぶんみんな、その場のノリで泣いてるのだろう。
こうして、なんだか知らないが感動的な光景が出来上がった。
その光景を物陰に隠れて盗み見ていたエルドは、意味がわからず首を傾げていたのだが。
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