第10話 リノイ村にて〜其の五〜

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 ガックシと肩を落としながら集会所から出てくるディアナ。 結局魔物の対策は名案が出ないまま、日が暮れて暗くなる前にそれぞれが家に帰ることになってしまったのだ。

 

 ディアナは悔しそうな表情をして盛大なため息を吐く。 村のために牧場を開くと決心したものの、魔物の発見情報があったせいで村は水不足に陥りそうになっている。

 

 牧場を設営するだなんて事を言っている暇はなくなってしまったのだ。

 

 しかし、ディアナが提案した家畜を囮にすると言う策は、この会議の中では最も可能性が高い提案だったのは言うまでもなく、集会所から出てきた村の重鎮たちは、肩を落としているディアナの背に向かって称賛を浴びせていく。

 

「ディアナちゃん、わしは君のことを誤解しとったわい。 これからの活躍を期待しておるぞ?」

 

「おつかれさま! ディアナちゃんは若いのにすごい博識だったな、息子にも見習って欲しいもんだぜ!」

 

 手放しに褒められたディアナは、複雑な気持ちになってしまっていた。

 

(村のためになにかしたい、そうは思っていても私の知恵はまだまだ未熟だからな。 きっと村の人達は、私に気を使ってくれているだけに違いない)

 

 つい最近村も家族も亡くしてしまったディアナは、少なからずさみしい思いを胸に秘めている。 まだ十四才という少女にとって、理不尽に家族や村の人々を奪われてしまった悲しみはそう簡単には拭えない。

 

 この数カ月間その事を思い出して心を病まなかったのは、近くにエルドがいて恐怖のあまり極度の緊張に陥っていたからに過ぎないのだ。

 

 久々にエルドと別れて集会所で村の人々と意見を交わしあったディアナは、茜色の空を見上げながらバレイジー村での日々を思い出してしまっていた。

 

(パパやマークさんたちも、よくこうやって話し合いをしてたっけな。 まあ、ほとんどが暇つぶしのためのものだったんだろうけど)

 

 ほろりと涙を流しながら、ノスタルジックに浸ってしまう。

 

「さーて! 水不足をどうにかして、すぐに牧場経営のことを考えなきゃ!」

 

 このままではマズイと思ったディアナは、気を紛らわせようと独り言を呟いて、思考を切り替えた。

 

「お姉ちゃん。 お水がないせいで牧場できないの?」

 

 とまあ、集会所の端っこでディアナの帰りを待っていたエルドは、この独り言をたまたま聞いてしまっていたわけで……

 

 ディアナは冷や汗を流しながら、どうしたものかと思考を回転させる。

 

 どうやら、いつも遊んでくれる姉がいなかったせいで寂しくなったエルドは、会議が終わるのを集会所の前で待ち構えていたらしい。

 

「これはこれはエルド様。 確かに水は不足しているみたいですが、あと数日もすれば解決される程度のことです。 私が牧場の設立をするのはすぐですのでご安心を」

 

 取り繕ったような笑いを浮かべるディアナ。 余計なことを言ってしまえば、エルドはいとも簡単に魔物を討伐してこの問題を解決してしまうだろう。

 

 だが、それだとエルドのためにはならない。 この少年は危険すぎる。

 

 だからこそ、村の人々にもこの少年の特殊能力をバラしてはいけないのだ。

 

 慌てふためくディアナに助け舟を出すように、集会所の中から駆け寄ってくるものがいた。

 

「おおエルド! こんなところまで迎えに来てくれたのか!」

 

「お姉ちゃんと遊んであげようとしたのに、パパが連れて行っちゃったから」

 

「ごめんなエルド! パパはディアナちゃんに昨日牧場を建てたいと相談されていたからな! 村のみんなにも話そうと思って連れてきたんだ!」

 

 エルドの頭をワシャワシャと撫でながらニコニコ笑うウェイン。

 

 どうやらエルド、未だに姉であるディアナを面倒見ている側だと思っているらしい。

 

「パパ、お姉ちゃんはお水がないせいで牧場できないんだって。 川のお水はまだきれいにならないの?」

 

「そうだなーこの川はもうダメみたいだ。 すぐ近くに水場があればこんなことにはならなかったのにな。 まあ安心しろエルド、パパがすぐに水不足を解決して……」

 

「近くにお水があれば、お姉ちゃんは元気になるってこと?」

 

 ディアナはぎょっと目を見開き、慌ててウェインの口をふさぐ。

 

 このままではエルドが魔物を狩りに行ってしまいかねない。

 

 ぼーっと空を見上げ始めたエルドへ、早口に弁明の言葉をかけるディアナ。

 

「ご安心くださいエルド様! お水なんかすぐ手に入るので、すぐ近くにあろうがなかろうがこれと言って困ったことにはなりませんよ! あははー」

 

 と、そんな風に弁明しようとしたのだが、時すでに遅し。

 

 わざとらしく話していたディアナの前から、エルドはまばたきとともに姿を消してしまった。

 

 ディアナとウェインはマズイと言わんばかりに顔を見合わせ、エルドの思惑を推測する。

 

「どどど、どうしようディアナちゃん! エルドはおそらく魔物の噂を聞いていたはずだ! このままでは村周辺の魔物を処理しに行ってしまうぞ!」

 

「ウェイン様が口を滑らせて余計なことを言うからでしょうが! いったいどこへ向かったのでしょう!」

 

 予測していたことだがエルドは自身も転移させることが可能らしい。

 

 慌てて村の入口まで駆けていくディアナとウェイン。 四方を見渡してもエルドの姿が見えず、ますます焦燥にかられてしまう二人だったのだが……

 

「手分けして村の周辺を回りましょう! なに、二人で反対方向に走りあえば、向こう側で合流できるはずですし、ここいら一帯は平地ですからすぐに見つかります!」

 

「それもそうだな、くれぐれも魔物に遭遇したら逃げるのに専念するんだよディアナちゃん!」

 

 お互いの意図を確認し、意を決して村の外周を回ろうとしたその瞬間……

 

「っ!」

 

「んなっ!」

 

 異変は、突然発生した。

 

 ・

 村の外に出ていたディアナとウェインは、誰よりも早くその異変に気がつくことができたようだ。 他の村人も気づいたか気づいていないのかはわからないが……

 

「な、なにが?」

 

「まさか、そう来るか!」

 

 顎が外れんばかりに大口を開き、今通ってきたばかりの村の入口へ、振り返って硬直する二人。

 

 否、振り返ってみていたのは、村の入口があったはずの場所。

 

「む、村が……」

 

「消えてしまった……だと」

 

 二人の視線の先には、巨大なクレーターしか残っていなかった。 まるで、そこにあったはずの村が丸々消失してしまったかのような、そんなクレーター。

 

 先祖代々開拓してきた村の畑も、昨日みんなで夕食を取っていたはずの我が家も、先程まで熱い議論をかわし合っていたはずの集会所も、丸ごと全て消失してしまったのだ。

 

 あまりの出来事に硬直してしまう二人。

 

 いったい、なぜ突然リノイ村は消失してしまったのか。 その原因は、まばたきしている間に突然目の前に現れた。

 

「お姉ちゃん、パパ……どうして村の外に出ちゃったの?」

 

 そこにいたのは、口に人差し指を添えて不思議そうに首を傾げるエルド。 まばたきする前はいなかったはずのエルドが、何くわぬ顔で立っていたのである。

 

 ゴクリと喉を鳴らす二人。 対するエルドはいつもどおりの不安そうな表情である。

 

「早くお家に帰ろ?」

 

「帰るとは言ってもですな、エルド様」

 

「ついさっき、帰るはずの家が無くなってしまったんだが?」

 

「……? 大丈夫だよ?」

 

 何が大丈夫なのか、そう問いかけようとした二人は、ふわっと胃の辺りに浮遊感を感じて口をつぐむ。

 

 またしても、周囲の景色が変わってしまう。

 

「あれ? 私の家が、眼の前に……」

 

「エ、エルド様? まさかとは思いますが……」

 

 ディアナは察してしまった。 だからこそ東の空を見上げてみる。

 

 毎朝眺めていたジェラウス山脈の位置を確認するため。 そして、疑問は確信に変わる。

 

「あれれーおっかしーぞー? いつも東の空にはジェラウス山脈の山頂がでかめかと見えたんだけどなー? ちょっと遠くなってる気がするなー」

 

 目を回しながら、この異変の答えにたどり着いたディアナは、自らの目を疑った。

 

 ディアナの空回りした声に反応したウェインも東の空を見上げ、察してしまう。

 

「ま、まさかエルド! ……村ごと転移させたのか?」

 

 リノイ村の根本的な問題は、すぐ近くに水場がないことだ。 正確に言えば、川の水を頼りに作られたリノイ村には、かつては水場があっただろう。

 

 ジェラウス山脈から流れるラウス川。 リノイ村を作った祖先は、この川の水を頼りに村を作った。

 

 だがその川は人族と魔族の戦いが原因で、死肉や血液が放置されたジェラウス山脈の大地と共に汚染されてしまっている。

 

 となれば、リノイ村は新たな水源を見つけてそこを頼りに生きていくしか無いだろう。

 

 しかしながら、先祖代々開拓してきた畑を放棄し、更には新たな水源の近くに村を引っ越すとなれば、家を作る労力もなければ一から開墾作業をしているような余裕もない。

 

 村を捨てて移り住むなんてことは、現実的に考えてありえないのだ。

 

 まあ、村ごとまるっと移動させられるのならば話は別なのだが……

 

「お姉ちゃん、これで明日から牧場の事に集中できるね!」

 

 リノイ村はたった今、村ごと転移してしまった。

 

 ディアナの話を聞き、ウェインの余計な発言が原因で水不足の悩みに気がついてしまったエルドは、お姉ちゃんのためにという良心の元、村ごと水源の側に転移させるという力技を披露した。

 

 方法は簡単。

 

 まずは自分が上空へ転移する。

 

 西に数キロ行った場所にある湖の場所を、空から視認する。

 

 村全体を視界に収める。

 

 転移させる。

 

 終了である。

 

「ウェ、ウェイン様ー、村の皆さんにはー、なんて説明すればいいでしょをぉー?」

 

「わからないよー、とりあえずー、ご飯を食べながら考えようかぁー」

 

 まるで歌劇を演じているような高い声と、いい具合にこぶしを利かせた喉でコミュニケーションを取り始める二人。 理解に苦しむ二人の頭では、きれいなお花畑が咲いてしまったのである。


 ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

 僭越ながら、少しでも面白いなとか、続きが気になると感じてくださった方は、ぜひブクマや☆、♡をよろしくお願いいたします!

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