第9話 リノイ村にて〜其の四〜
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翌日。
エルドに起こされ朝のお散歩を済ませたディアナは、ウェインに呼び出されて村の集会所へ足を向けていた。
要件は唯一つ。 この村の水不足に対する対策会議に参加してもらうためだ。
これはすなわち、この村の自警団団長であるウェインが、ディアナをこの村の一員として認めたと言う証明であると同時に、全幅の信頼を送っていると言う意味に相違ない。
「皆聞いてくれ。 この子は先日話した私の愛娘、ディアナだ。 この子はこれからこの村に牧場を設立し、村を豊かにするために尽くしてくれると誓ってくれたのだ!」
「お初にお目にかかります、ディアナと申します。 わたしめを拾っていただいたリノイ村の方々へ大恩を返すため、わたしめはこの村に酪農の技術を広められるよう尽くしていく所存! この命付きぬ限り、リノイ村の繁栄のために最善を尽くすとここに宣言いたしましょう!」
少し変わった子だが、言っていることは大変立派だし、十四才には見えないほどの覇気に溢れた少女だ。
村の重鎮たちはディアナの宣言へ拍手と共に敬意を送っている。
しかしながら、牧場を建てようと考えるのはいいが、忘れてはいけないのは水不足だ。
魔物が目撃されてからと言うもの、自警団が代わりばんこで街を徘徊しているが、目撃情報は増えるばかり。
「ディアナちゃんが牧場を設営できるよう、この村の水不足という問題は早々にかたをつけなければならんな」
「川が汚染されていなければこんなことにはならなんだのに」
「それもこれも中央都市のバカどもが後先考えず魔物を殺しちまうからじゃ!」
川の汚染は、ジェラウス山脈で行われている魔物との小競り合いが原因である。
人類にとって有毒な、魔物の血液や死肉がジェラウス山脈の大地に吸われ、地下水脈を汚染してしまっているのだ。
そのためリノイ村の人々は西に数キロ行った場所にあるシャレーン湖まで水を取りに行っている。 この湖は定期的に降る雨水が溜まってできた、言わば巨大な水たまり。
そのまま飲むのは無理かもしれないが、軽くろ過すれば問題なく飲める純水である。
無論、野菜を育てるのもこの湖から取ってきた水を使用する。
水汲み担当のカミールは週に一度湖に赴き、荷車に大量の水樽を乗せて戻ってくる力自慢で有名だが、戦闘は不得手なため魔物と遭遇すればひとたまりもない。 そもそも、自警団ですら全員係でかからなければ魔物が相手では手も足も出ないのだ。
リノイ村の周辺で確認された魔物は脅威の十二頭。 とてもではないが自警団の手に余る。
そもそも、この世界の魔物は一体一体の強さが災害級に強いのだ。 動物の中でも危険だと分類されているイノシシの数倍は強い。
もっとも、イノシシが危険だと言われているのはこの村基準の話だが。
「今更川が汚染されている件をどうこうできるわけがないのだ。 それよりも魔物の対策だ!」
「中央都市に
「
「それじゃあ
「そんな悠長に待っていたら、魔物にこの村を襲われるか水不足で餓死するのがオチだ」
魔物は一体で小さな村を容易く破滅させるほどの災害だ。 弱い個体ですら村人数十人係でも倒すことは難しい。
それを倒すための
多額の依頼が出るのを待つ
魔物の素材は、主に魔物の研究者や鍛冶師、物好きな貴族などに高値で買い取られるため、
これによって鍛治師は魔物の素材で防具や武器を作成し、
なんせ、魔物のほとんどは生半可な金属武具を破壊するか、弾き飛ばしてしまうほどの外殻を持っている。 目には目を、魔物には魔物を、魔物を狩るためには魔物の素材で作られた武具を使用するのが最も効率がいいのだ。
だからこそ魔物を狩る
村人たちの言う通り、放っておけば
依頼を出したところで報酬と呼べる報酬はだせない上に、中央都市までは馬車でも三週間はかかるほどの距離。
とてもではないが
「ひとつ、よろしいでしょうか!」
議論は白熱するが、一向にいい案は出てこない。 そんな膠着状態の中、満を持して手を上げたのはディアナだった。
「バレイジー村にはまだ生きている家畜が数頭いるはずです」
「確かに牛と馬が数頭生き残っておったな、柵があるせいで逃げることもできんのだろう」
「牧草があるから放っておいても生きていけるだろうがな」
「じゃが、その家畜がいるからなんじゃというのじゃ? 今は魔物の対策についての話し合いをしておるのじゃぞ」
ディアナの突然の意見に、村人たちは疑問を唱える。 しかしディアナは臆することなく問いかけた。
「家畜たちが魔物に襲われていないのは、少々奇妙かと思います」
確かに、家畜たちは普通の動物だ。 少なからず生命力を持っているため、魔物からすれば捕食対象でしか無い。
無機力を纏う魔物は、生命力を蓄えている人族や動物が捕食対象。 家畜も例外ではない。
それは村人たちにも言えたことだが、だからこそ不可解な点がある。
「魔物の目撃情報が数十件あったにも関わらず、村も襲われていなければ家畜たちも襲われていません。 それっておかしくはないでしょうか? 村はともかく、すでに住人のいない廃墟で細々と生きている家畜たちは、魔物の絶好の捕食対象だと思います。 それが生きているということは、ここいら一帯を徘徊している魔物たちは食事を必要としていないということになりますよね?」
ディアナの意見を聞き、村人たちの表情が変わる。
「もしや、人間を襲わない魔物だとでも言うのか?」
「新種という可能性もあるからのう。 なにぶん、中央都市の研究機関でも魔物の生態は謎が多いという話を聞いたことがあるほどじゃ」
「とは言っても、楽観視はできないのは確かなのでは?」
絶好の捕食対象である家畜たちが襲われていない以上、村人たちが襲われないという可能性も十分にありえる。 最も、なぜ襲われないのかを考えればキリがないが、それでも魔物に襲われないということが証明されたのならば、湖へ水を取りに行くのは不可能ではないはずだ。
「一度、家畜を魔物の前に放って様子を見てみるというのはいかがでしょう。 もっとも、このような危険な策、わたしめが責任を持って行いますのでその点はご安心を」
「ダメだディアナちゃん。 いくらなんでもそれは危険過ぎる!」
「ですが、襲われないということが証明されれば水を取りに行くことは可能なはずです。 それに、水を取りに行くことができるのなら、いつ来るかわからない
「とは言っても、君が牧場を設営するのなら、バレイジー村に残っている家畜は重要な財産だ。 万が一魔物が家畜を食ったとしたら、その財産を失うことになるんだぞ!」
それはそうだと言い淀んでしまうディアナ。
結局、その後も様々な意見が交わされたが、魔物の対策はこれと言っていい案が出ないまま、日が暮れてしまうことになったのだった。
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