7-5
「クララ?」
結衣は呆然とクラレを振り向いた。今まで結衣を魅了していた行列もそこで途切れ、夢から覚めた心地がした。
そこにはなんと言うことない、いつもの愛想ない紙袋頭が向き合っていた。
提灯の明かりに照らされた頭の段ボール色は妙に明るくて、結衣はどうも後ろめたくなった。団地の棟の間を駆ける風が冷たく、ようやく結衣は身震いした。
「わかった……クララが止めるなら、追っかけるのはやめとく」
これ以上後ろ髪を引かれぬよう、結衣は寺の前からきびすを返した。見えるとまた、追いかけてしまう気がした。正直あんな得体の知れぬものにふらりと惹かれる理由を自分でも言い表せなかったから、クララが制してくれると安堵さえ覚えた。
クララが差し出した手元には、彼のミサンガが揺れていた。
結衣もミサンガを結んでもらった方の手で握り返すと、クララはその手をとって行列とは反対の方角へと歩き出した。お互い指先はかじかんでいて、もうどっちが冷たいのかもわからない。そろそろ手袋が必要だと、そんなことを考えながら結衣はクララとはるか遠くに点滅する青信号を望んだ。
横断歩道が見えて、二人はその先にようやく知っている景色を拝んだ。似たようなマンションが建ち並び、手元には鬱蒼とした公園と、それから道に大きな「文」の字が白線で引いてあった。マンションの塗装パターンは、結衣の家のマンションと同じだった。
青に変わった信号の向こうでは、端正な顔が意外そうに眉を上げていた。
「……へえ。いいのかい」
渡ったほど歩道の先で、結衣を見つめたまま水飼は小さくそう呟いた。否、それとも水飼はやはり、彼女の後ろにクララが見えていたのだろうか。
結衣は今更恥ずかしくなってクララから手を離した。
「急にいなくなったからびっくりしたよ。どこを通って来たの?」
水飼はしげしげ奥の信号と結衣を見比べた。結衣はクララに連れられてと正直に話すわけにも行かず、表情を硬くした。なにせ本当に、結衣は着いてきただけでここまでの道は真っ暗すぎて何も覚えていなかったのだ。
今はただ、自分の家の近くに戻れたことばかりが都合よく嬉しかった。
結衣は水飼の目線の先をちらっとうかがった。水飼は目を細めているだけで、どこに焦点が合っているのかいまいち読めなかった。
結衣を無事自宅まで送り届けた水飼とクララは、それぞれ別方向に解散していった。ひとりになった結衣は、マンションの玄関口でようやくお腹が鳴った。
高い空に鈴の音が響き、扉の前で結衣は階下を覗いた。彼女の白い息に紛れ、あの行列がまた駅の方角へと向かっているのを結衣は一瞬見た気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます