邂逅編5話 修羅場慣れすりゃ順応も早い



「新手か!」


ゴリラ顔は空を見上げ、蝙蝠のような黒い羽根を生やした少女の姿を確認、驚愕で目を見開いた。


「気にするな。ただの殲滅係だ。」


一気に距離を潰して放った掌底が鳩尾にヒットし、人語を話すゴリラは派手に吹っ飛んだ。ド素人め。目の前の敵から視線を切っちまってどうすんだよ。視界の端に相手の姿を捉えておくのがセオリーだろうに。


「こ、この卑怯もんがぁ!不意討ちなんぞかましやがって…」


吹っ飛ばされて無様に尻餅をついたゴリラ顔は、戦槌を杖代わりに使ってなんとか立ち上がる。


「笑わせるな。真っ当に商売やってる行商人を襲って、積荷を奪おうとしたのは誰だ?」


よしよし、ヒャッハー狩りは順調だな。ナツメと雪風の足から逃れられる雑魚はいない。殲滅に加わったリリスは空中からサイキックキャノンの乱れ撃ち。キルマークを一番稼ぎそうだな。さほど価値のないマークではあるが。


「弱肉強食がこの世のルールだ!強え奴は何をやっても許されるんだよ!」


「なるほど。では弱者のおまえは何をされても文句は言えない訳だ。」


「俺様が弱者だとぅ!……殺す前に名を聞いておこう。」


声音から演技臭さを感じるな。コイツは名乗りを上げて、いざ尋常に勝負ってタイプじゃない。


「掌底一発で膝が笑ってるんだろ。だから会話を引き延ばして回復したい。どうだ、図星だろう?」


「ングッ!……そ、そんな訳があるか!貴様のヘナチョコパンチなど屁でもねえ!」


カマかけに引っ掛かって唾を飲み込みやがった。ま、いかに重量級でも不意討ちされればダメージは大きい。筋肉を固めて防御出来ないからな。キャラバンの被害が増えそうならサッサと殺すんだが、もう雑魚どもは戦意を喪失して逃げにかかってる。少し遊んでやるとしようか。


「不意討ちされて負けました、なんて言い訳されてもつまらんからな。おまえが仕掛けて来るまで待っててやるよ。」


何度か肩で息をしたゴリラ顔はダメージが回復したらしい。下卑た唇を歪めてニヤリと笑った。


「バカめ。余裕ぶって俺様を倒せる絶好のチャンスを逃したな!」


そこそこタフに出来てるらしい。腐っても重量級ってところか。


「おまえも3000万Crの賞金首なんだ。芸の一つや二つは持ってるだろう。遠慮せずに見せてみろ。」


口では勝てないと思ったのか、ゴリラ顔は無言で戦槌に念真力を纏わせる。……なるほど。それがおまえの芸か。


「……クックックッ。俺様の念真強度の異常さに気付いたようだな。そうだ!俺様の念真強度は前人未到の150万n!破格の念真強度と鍛え上げた豪腕で繰り出されるこの戦槌にかかれば、戦車だろうと木っ端微塵よ!」


何が前人未到だ。四半世紀戦争でオレ達は、念真強度1000万nの人外とも戦ってんだよ。ま、念真強度150万nは大戦時代でもそうはいない。オマケにかなりの質量で戦槌に念真力を纏わせている。逃げる手下どもを薙ぎ払った巨大念真波といい、念真力の操り方を心得ているようだ。


平均的兵士の3倍以上の念真強度に、恵まれた体格と膂力。それで3000万Crの値札が付いたのか。サンプルがコイツ1人じゃ心許ないが、この時代の相場観は掴めた。


「フフフ、ビビって動けねえのか。直撃したらミンチになるぞ!肉片を棺桶に入れたいなら頑張って避けるんだな!」


勝ち誇ったゴリラ顔は猛ダッシュ、棒立ちのオレに向かって両手持ちの戦槌をフルスイングする。


「……この程度か? どうやら自慢の両腕は、オレの左手一本にも及ばないらしいな。」


片手で戦槌を受け止めてやると、ゴリラ顔の額から大粒の汗が流れる。おまえにガタイ以上のパワーはない。念真強度は相当なもんだが、適合率は凡庸だ。これまで斃してきた異名兵士の中には、おまえを超えるパワーの持ち主なんて腐るほどいた。


「井の中の蛙ならぬ井の中のゴリラに教えてやろう。オレはそこに転がってるバイクぐらいなら指2本で持ち上げられる。おまえに出来るか?」


「……ま、待て……早まるな……」


「念真強度が御自慢のようだが、オレの念真強度は……300万nだ。」


右拳にゴリラ顔を遥かに凌駕する質量の念真力を纏わせながら、ゆっくり腕を引く。


「ヒィッ!!た、助け…」


動きの鈍い巨漢が体を翻す前に、渾身の右ストレートが胸板に炸裂。血飛沫をぶちまけながら上半身に大穴が空く。目をひん向いたまま絶命した巨漢は、糸の切れた操り人形みたいに仰向けに倒れた。


「カナタ、こっちも任務完了だよ!」 「バウ!(褒めて!)」


腕を振って拳に付いた返り血を落とすと、ナツメと雪風が駆け寄って来た。


「ご苦労様。リリスは?」


「怪我人の手当てをしてる。」


「そうか。ナツメ、シオン達を連れて来てくれ。衛生兵は多い程いい。」


「わかった!呼んで来るね!」


天使ちゃんは風を纏って颯爽と跳び去った。


「……あの…危ないところを助けて頂いて、ありがとうございます。」


唐装帽子って言うんだっけな。とにかく央夏風の帽子を被った中年男性がやって来て、何度も頭を下げてくれた。


「大した事じゃない。あなたがキャラバンのリーダーかい?」


「はい。私は張泰然チャンタイラン、このキャラバンの責任者です。」


見るからに人の良さそうなオジさんだな。


「張さん、怪我をしてるクルーのところに案内してくれ。医者じゃないが、外傷なら治せるかもしれない。」


「お願いします。医術の心得がある仲間が腕に怪我をしてしまって…」


「まずその人からだ。何処にいる?」


「こちらです。」


カーゴ車の貨物室の中には、右腕に止血パッチを当てようとしている青年がいた。


「出血が酷いな。腕を真っ直ぐ伸ばして体を楽に。痛みを和らげるから。」


腰の愛刀・紅蓮正宗の力を借りて、癒しの白炎を手のひらに生み出す。


「白い炎!? 僕に何を…」


「動かないでくれ。大丈夫だ。」


白い炎が傷口を優しく包み込み、青年は止血と鎮痛の相乗効果に驚いたようだった。


「凄い!まるで魔法だ!」


「念真力の一種だよ。褒めてもらって恐縮だが、白炎の治癒力は医療ポッドに入るのと大差ない。」


思ったよりも白炎の効果が出てない。この青年もバイオメタル化はしているようだが、念真強度も適合率も低いようだ。腕以外も怪我してるみたいだけど、比較的軽傷だ。とにかく腕だけに集中して、癒しの力を高めよう。30分程かけて傷口を塞いでいると、いきなり青年は立ち上がった。


「もう大丈夫!痛みはずいぶん和らぎました。僕はみんなを手当てします。」


「ちょっと傷が塞がっただけだ。無理をしたらすぐに痛み出すぞ。」


「僕より酷い怪我を負ってる仲間がいるんです。腕が動くならやれる事をやりたい。」


「わかった。痛み出したらオレのところに来てくれ。」


皆で手分けして傷の手当て。JJやトニーはカーゴ車両の修理。ひと段落ついた頃には夜になっていた。護衛の傭兵は20人いたらしいけど全滅、キャラバンのクルーも15人のうち3人が亡くなったらしい。生き残ったクルーも軽傷なのは張さんだけ。積荷が奪われなかった事だけが救いとは、やるせないぜ。


護衛と仲間を失って落ち込んでいるはずの張さんは中華鍋、こっちじゃ央夏鍋だろうな。とにかく大鍋を使って皆に酢豚を作ってくれた。さっき食った携帯食がアレだったから、めちゃくちゃ旨く感じるな。リリスが毒を吐かないんだから、本当にいい出来栄えなんだろうけど。


「そうだ。キャラバンに冷凍庫とかある?」


酢豚を食い終わったJJは、張さんに質問する。


「食品庫ならありますけど、死体を入れるのはちょっと……」


「そういやコイツらは賞金首だったな。JJ、冷凍庫は必要ない。シオン、頼む。」


「ダー。」


シオンは氷結能力を使って3つの死体を凍らせた。


「シオンさんは氷結能力を持ってんのかよ!ナツメちゃんは颶風使いだし、やっぱ遺跡帰りはハンパねーな!」


遺跡帰りと聞いた張さんの顔が青ざめる。まあ、狂犬が遺跡帰りだってのは有名らしいし、そりゃ怖がるかもな。


「張さん、オレ達が遺跡帰りだってのは内緒にしてくれ。それからさっき見たオレらの能力は全部忘れる事。ヒャッハーに襲われたが、たまたま通りがかった正義の味方が八面六臂の大活躍で助けてくれた。そういう事でよろしく。」


知道了わかりました。私も仲間も、誓って口外いたしません。」


張さんは何度も頷きながら約束してくれた。


「オレらはリグリットに向かう。護衛ナシじゃ危険だろ。良かったら張さん達も一緒に来るかい?」


「行商を待っている人達には申し訳ないのですが、一度リグリットに戻るしかないと思っていました。喜んで同行させて頂きます。戻ったら改めてお礼をさせて…」


「いらないよ。対価を期待して助けた訳じゃない。そこで氷漬けになってるような輩が、心底嫌いなだけでね。ナツメと雪風が下っ端を3人ばかり生け捕りにしてくれたから、街に戻ってからアジトの場所を吐かせよう。金目のものを貯め込んでるなら、張さん達に損失補填してもらわなきゃな。」


悪銭身に付かずって言うから、過度な期待はしない方がいいけど。


「権利があるのは貴方がたですよ。そのお刀、貴方は龍ノ島のご出身のようですね。の島に、"命あっての物種"という諺がございますように、我々は命を助けてもらっただけで十分です。それより恩人の名前をお伺いしていませんでした。貴方様のお名前は?」


張さんは遠慮したが、金はいくらあっても荷物にならない。ましてや、尋常ならざる被害を受けた身にとっては。


「天掛彼方だ。ろくでなしトリオの首に掛かった懸賞金はこちらが遠慮なくもらう。オレ達は現金、張さんは現物、戦利品の分配はフェアじゃなくちゃな。商人が現物を手に入れたら、高く売り捌けるだろ。あ!そうだ。コイツらの乗ってたバイクも張さんが貰っとけばいい。ないよりはマシだ。」


「で、ですが無法者を倒したのは貴方がたで…」


張大人チャンターレン、酢豚のお礼だと思って受け取っておきなさいよ。亡くなったお仲間もしっかり弔ってあげないといけないんだし、お金は必要でしょ。」


この場合の大人は、"分別のある人"って意味だろうな。外見は超美少女なリリスさんに尊称付きで名前を呼んでもらった張さんは嬉しそうだった。


「ご厚意に甘えさせて頂きます。このご恩は決して忘れません。」


「ふふっ、善意の押し売りもたまにはいいものね。で、悪党からは、尻毛の一本まで残さず毟り上げる。だけど少尉ったら、ホントに順応が早いわねえ。私達、さっき目覚めたばっかりよ?」


この世界に来た時なんて、平和な国の半ニート大学生が、目覚めた途端にいきなり秘密研究所のクローン実験体になってたんだ。そんな激変を経験してりゃあ、この程度の変化ぐらいヌルいヌルい。ましてや弱くて独りぼっちだったあの時と違って、頼れる仲間がいて、自分自身も鍛え上げてんだからな。クリアデータでニューゲームをやってるようなもんさ。


「リリスに褒められるのは嬉しいねえ。」


本当に嬉しいのだ。……滅多にない事だけに。


「……隊長、さっき銃腕男をわざと即死させずに苦しめましたね?」


目尻の下がったオレを、シオンさんは氷のような目で睨んだ。参ったな、うっかりシオンとの約束を破っちまったぞ……


「あれは……その……なんと言いますか……ごめんなさい。」


「外道は楽に死なせない。気持ちはわかりますが、そんな事を繰り返していると、隊長の心まで荒んでしまうような気がして怖いんです……」


「……本当にごめん。オレはいつもシオンに心配かけてばかりだ。」


「我が恩人。キャラバンには海馬補腎丸、至宝三鞭丸、桂枝加竜骨牡蠣湯、十全大補湯など各種取り揃えてありますぞ。」


張さんは朗らかな笑顔で、意味のわからない言葉を羅列した。


「張さん、なんだよそれ?」


「……精力剤よ。」


博識美少女(13歳)にジト目で睨まれる。新米傭兵カルテットは、"へぇ、そうなんだ~"って顔に書いてあるような気がするぞ。ナツメは雪風にブラッシングしてて、我関せずか。


「みんな誤解するな!オレとシオンはそういう関係じゃ…」


「ふぅん。……ではどういう関係なのですか?」


今度はシオンにツンドラビームで射抜かれる。すいません。ガッツリそういう関係でしたね。おい、張さんとカルテット!腹を抱えて笑ってんじゃねえ!



とにかく、今夜はもう休もう。目覚めたら世界がひっくり返ってて、何から何までもうめちゃくちゃとか、オレの人生って波瀾万丈過ぎるだろ。

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