第5話 天から与えられた才

 ――魔力が一切ないわね?

 そう聞かれたマルテは、一瞬の間のあと笑顔を作った。


「はい、冒険者ギルドで測ってもらったらまったくのゼロだそうですよ。何度測っても結果は同じで、これっぽっちもないんです。あなた死人では? なんて言われたこともあって、すごいですよね。ちゃんと生きているのに、笑っちゃいますよね、あは、あははは」


 それはマルテの一種の自己防衛だった。

 自分から笑って、笑い話にする。

 そうすれば相手から笑われても、少しだけ心は楽で。


「ゼロ、それはすごい」

「ですよね、全然ダメダメの――ぇ……?」


 だから、アウレーリアが言ったことが即座に理解できなかった。

 すごい? すごいと言ったの、この人……?

 ダメダメでもなく、落ちこぼれでもなく、欠陥品でもなく、異常でもない。


 すごい、と。


「わからないわね、何を呆けているの?」

「え? いや、だって、すごいって、え?」

「すごいでしょう?」

「え、え?」


 マルテがどうして呆けているのか、何が疑問なのかもまるでわからないとばかりに、きょとんと首をかしげるアウレーリアからは嘘や慰めを言っている様子は一切感じられなかった。

 いつも言われ慣れているマルテだからこそ、そういうのには敏感になっていて、どんなに隠すのが上手い人でもわかってしまう。


 それなのにアウレーリアからはそんなものが感じられず、それどころか掛け値なしに本気でそう思っている。

 ならば馬鹿にしているのか、と言われればそうでもない。

 彼女の澄んだ紫水晶の瞳には、一切の邪気がない。嘲りの念どころか、見下すもの一つ、ない。


「どうして……?」

「だってあなたは、このわたしすら持っていないものを持っているじゃない」

「ど、どこがですか!? あたしには才能なんてなにも……!」

「どこって……。良いわ、教えてあげる。まず、天才って何かわかる?」

「え? えっと、すごい才能があって人にできないことができる、人、ですか……?」


 自分とは真逆の、とは言わなかった。

 でもそう言ったようなものだった。


「ある側面を見ればそうかもしれない。けれどね、それだけではないの。わたしはこう思う。天才とは誰よりも前を歩ける人のことだって」

「誰よりも、前を……?」

「そう。天才には天から与えられた才能がある。人にはない物を持ってる。それを使って誰も知らなかったことを解明して、誰もできないと思っていたことをできるようにして、誰よりも先へ進んで、他の人たちの為に道を示す人」


 ――それが天才。


「だから、あなたも天才。誰も歩いていない場所を、誰よりも最初に、一番前を歩いてる」

「でも、あたしには魔力もなにもなくて……」


 それどころか魔力汚染から一人生き延びてしまった罪人だ。

 こんな自分を天才と言われて良いはずがない。

 そうだというのにアウレーリアは、純粋にすごいという。


「魔力がない人は今まで見たことがないわ。唯一無二ということはまぎれもない才能よ。あなたにしかできないことがある証明なの」

「そんなの、ないですよ……」

「はぁ……わからないわね。本気で言ってるの? それとも言われたいだけかしら」

「えっ、と……」

「あなたは魔力汚染を受けない。それはつまり魔力汚染領域に入っていけるということ。汚染領域に何があるかを調べることができる。それを唯一無二の才能と言わずしてなんと言うのかしら」


 魔力を持つことが当たり前のこの世界で魔力を持たないことは異端だろう。

 迫害もされたのだろう。

 役立たずだと言われてきたのだろう。


 アウレーリアからしたら、だからどうしたというのか。

 この世界の未来にとって彼女ほど素晴らしい存在はないかもしれない。

 人と違うということは、確実にこの世界の何かを変えられること意味している。


「わからないわね。人と違うから、大多数と違うからなんだというの? むしろそこを誇りなさい。それはあなたにしかないあなただけの紛れもない才能よ」


 本当に、そんなことを思っても良いのだろうか。

 そんな風に自分はダメダメなやつではなく、本当はすごいやつだなんて思ってしまってもいいのだろうか。


 そんな前向きなことを思えば心の底から声がするのだ。


 ――忘れるな。


 脳裏に響く声にマルテは、びくりと肩を震わせる。

 あの日を忘れるなと声が言う。


 ――自分だけが生き残ってしまったあの日を。

 ――自分の罪を。


 忘れるな。

 一人生き残ってのうのうと生きているような罪深い自分が、すごいやつなわけがないだろう。

 じくじくと傷が痛みだすように、心が痛んだ。


「っ……」

(うん。そうだね……。あたしなんかが、そんなこと思っちゃいけない……一人だけ生き残るような、あたしなんかが……)

「?」


 どういうわけか暗く沈んだマルテの様子にアウレーリアは首をかしげる。

 今の話のどこに暗く沈むところがあったのだろうか、良い話をしたと思う。


 魔法の才能だけじゃなく話術の才能もあるとは流石わたし、と自画自賛しても良いくらいだろう。

 なのに、なぜそんな顔をするのか。まるきりアウレーリアには意味が分からなかった。


「どうかした?」

「い、いえ! なんでもないです! えへへ、あたしが天才なんて風に言ってくれた人初めてでびっくりしちゃっただけなんです」


 先ほどまでの暗い表情を隠すように明るい笑顔をマルテは浮かべた。

 訝し気に眉をひそめるアウレーリアであったが、話が進むのならまあいいかと立ち上がる。


「それじゃあ、もっとあなたのことを調べに行きましょう」

「調べに行くって……どこに行くんですか?」

「教会よ」

「教会にあたしのこと調べられるところがあるんですか?」


 ディアマンテにはいくつかの神を奉る教会があるのはマルテも知っている。

 しかし、数年この街に住んでいるのに自分の身体のことを調べることができる教会があることは知らなかった。


「んー、あるようでないかな」

「???? じゃあ何をしにいくんですか?」

「何って、子作りだけど?」

「え゛?」

「子作り、出産」

「ええええええええ!?!?!?」


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