第57話 楽園へ

 叙勲から一か月後。


 二人は再び船の上にいた。


 誰もリリーの身分を咎める者がいなくなり、何の障壁もなくなった彼女の日常はそれから目まぐるしく変わり始めた。薬草園は人員を増員し、万能薬草を更に三名の子女に使用した。薬草の効能が市民の目にさらされるようになるにつれ、万能薬草を王族や貴族だけでなく、市民に回すべきだとの論調が吹き上がった。


 リリーはその声を存分に利用し、苗木の挿絵つきで新聞社にある広告を出したのだった。


〝市民にも万能薬草を!その願いを叶えるため、王立薬草園では万能薬草の苗木を育てるための資金を募っております。〟


 この割と単純な文言の広告が、意外な反響を呼んだ。万能薬草は単なる薬ではなく、苗木も存在することが周知されたからである。これが育てば、市民にも万能薬草が行き届く。そう考えた商人や小金持ちが、一斉に薬草園へ寄付を始めた。


 気づけば、病院の建設費用が捻出できていたのである。


 そういうわけで、王都の片隅に大きな病院工事が始まった。それを見てひと仕事終えた気分のリリーは、次の事業案に着手した。


 万能薬草から、いくつか実をもいだ頃。


 チャドから、新発見の南の島があると報告が上がって来たのだ。


 リリーとエディ、それからヤルミルと万能薬草の苗たちは、早速ランドールから船を出した。


 そして今、その船の甲板で二人は満天の星空を見上げながら、幸福に南の島までの航路を進んでいる──




 朝がやって来る。 


 南の島に近づくにつれ、余りの暑さにリリーとエディは服を脱いだ。半裸のヤルミルは平然としている。


 まだ花をちらほらと咲かせている万能薬草たちは、口々にわめいた。


『あー!あったかーい!』

『こういう気候の場所に住みたいよ。ランドールは基本寒くて、花を出すのも一苦労だし』


 甲板にチャドと船長が出て来て、望遠鏡である方角を熱心に覗き込んでいる。


「ご覧下さい。あれが名もなき新しい島です」


 リリーとエディは海から小さく突き出ている島を眺めた。ランドールから島々を渡って幾週間。思ったよりも近かったが、何せ暑い。


 船はある場所で停まり、そこからボートを使って島へと漕ぎ出して行く。日差しが照り付け、リリーたちは既にぐったりしているが、ヤルミルと万能薬草たちは元気だ。


 砂浜に刺さるようにボートをつけると、既に小さな手作りの桟橋がかかっていた。


 妙にきしむ橋を歩いて行くと、そこは緑あふれる無人島だった。


 既に、見たこともない草花が咲き誇っている。


 意外と背の高い木は少ない。万能薬草が言った。


『ここはどんな土なんだろう。ねえ、一回植えてみてもらっていい?』


 リリーは地面にしゃがみ込むと、穴を掘って苗木を入れてみた。土をかぶせると、万能薬草がすぐに反応する。


『土、あっついね!もう少し日影がいいかな』


 リリーは苗木を鉢植えに戻し、更に奥へと進む。リリーたちには声が届いているが、商会の面々は何も聞こえていないのでリリーが奇行に走っているようにしか見えていない。


 日陰に植えると、万能薬草は息を吹き返した。


『あっ、ここ好き!』

「吸い上げる栄養分はある?」

『雑草が生い茂ってるだけあって、かなりあるよ。あとは雑草にやられないか、リリーたちに気をつけてもらうしかないかな』

「雑草を常に抜いて行けば、その内土壌が改良されるものね」

『そのためにはもっと万能薬草を植えなければ。仲間が多ければ多いほど、万能薬草向けに土壌が改良されて行くはずだよ』


 エディが感心して言う。


「そうだよな。自分が育ちやすいよう、根っこから成分を出す植物も多い。万能薬草もその類か」

『人間も植物もその点は同じだよ。朱に交われば朱くなるんだ、良くも悪くも』


 ヤルミルがリリーに言う。


「ここはカラバルに似ているな。雑草にさえ気をつければ、問題はなしだ。あとは島に在中させる従業員を確保しなければならない」

「カラバル国からは引っ張って来れないかな?」

「無理だ」

「うーん、ランドールから連れて来るしかないか。でも、みんな家のことがあるし、何人がついて来てくれるだろう?」


 リリーは腕組みして考えた。


 誰かを南の島に移動させようとすると、反発されることは容易に予想がつく。


 それならば──


「ねえ、エディ。まず、私たちが住めばいいんじゃないかしら?」


 チャドの顔が凍ったが、ヤルミルが平然と同意する。


「そうだな。リーダーが誘わないことには、誰もついて来ないだろう」


 それを聞いてエディはポカンとしていたが、静かに青空を見上げた。


「うーん。確かに毎晩あのきれいな星空を見上げるのも悪くないかもな……?」


 チャドが横やりを入れる。


「殿下!」

「それにヤルミルの言うことにも一理あるよ。リーダーが動かずに安全圏から指示出しするのは、一番従業員から嫌われるやり方だ。大事な万能薬草を育てるためには、俺たちが楽をしてちゃいけないと思うんだよ」


 チャドがぐぬぬと歯ぎしりをする。当人も商会の主なので、エディの言うことが真っ当であることがすぐに理解出来てしまうのだった。


「ねえ、エディ」


 リリーがねだるようにエディに寄り添った。


「あの丘に、お屋敷を作りましょうよ。そこで万能薬草を育てながら暮らすの」

「あー、いいねぇ」


 チャドは頭を抱えたが、万能薬草たちは歓声を上げる。


『いいアイデア!』

『私たちが選んだ人間は、やっぱりあなたたちで間違い無かったのよ!』


 ヤルミルが言う。


「決まりだな。これだけの広さと気温があれば万能薬草も大きくなれる。カラバルに戻って、他の苗にも行きたい奴がいないかどうか聞いて来るよ」


 思わぬ申し出に、リリーの目が輝く。


「もっと持って来てくれるの!?」

「ずっとそのつもりだったよ。そういうわけで、君たちとはここでお別れだな。チャド、私を暗黒大陸まで送り届けてくれないか?」


 リリーは島の青空を見上げる。


 今まさに、ここに楽園が出来ようとしているのだ。

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