第38話 万能薬草、高騰

 近づいて来る足音の主は、アレクシスだった。


 リリーは苗木を背中に隠し、身構える。彼は鉄格子からリリーを盗み見ると、にやりと笑った。


「……何だ、起きてるじゃないか」


 リリーはごくりと喉を鳴らす。寝ていたとしたら、一体どんなことをされていたのであろうか。


「まあいい。実は君宛に、ここ最近手紙が来るんだ。誰からの手紙か分かるかい?」


 リリーには心当たりがなく、首を横に振った。アレクシスは少し表情を固くしてこう続けた。


「各国の王からの手紙だ。内容は既にこちらで読んだ。万能薬草を独占するカラバル国の首長ヤルミルの面通しには君が必要だということらしいな。おい、リリー。君はカラバル国で何をして首長の信頼を得た?言え」


 リリーは、そういったことはなるべく謎のままにしておいた方が好都合であると考えた。


「言えません」


 そう告げると、アレクシスはこともなげにこう言うのだった。


「まさか、色仕掛けか?」


 リリーはもう、口を開くのも嫌になった。彼の不幸は、その顔の良さからどうしようもない女がわんさか寄って来ることだった。女は誰もがそんなことをしていると思っているのだろう。


「言えません」


 リリーはより頑なになった。アレクシスは肩を落とす。


「……まあ、私の前で言いにくい話ということなのだろう。だがな、この手紙の王族たちには君から説明するべきだ」

「……私と彼らが面通しするごとに、シェンブロ家は一体いくら稼げるのですか?」


 リリーの質問に対し、アレクシスは黙って髪をかき上げた。


「おっと、そこに気づくとは……さすが愛しのリリー。君は非常に賢い。やはりシェンブロ家次期当主の奥方になるには、それぐらい察しが良くなくては務まらないな」

「そして、恐らくその手紙は暗号文で、万能薬草の裏取引を持ちかけられたのでしょう。レミントン国王が知らない間に取引してしまおう、と」

「……!」

「万能薬草を裏取引する場合、かなり法外な値段での取引であると思います。けれど、アレクシス。今万能薬草を売りさばくのは軽率です。その薬草は、これから長く持っていれば持っているほど価格が高騰するのだから」

「……!?」


 アレクシスは、明らかにうろたえた。よもやリリーがそこまで話を見通しているとは思いもしなかったらしい。


 彼のリリーを見る目は、好色な視線から畏怖の視線へと変わって行く。


「む。なるほど……そう言われてみれば、そうか」

「まさか次期当主ともあろうお方が、そんなことにもお気づきにならなかった、と?」

「いやいや、気づいていた!無論、気づいていたとも!ははは!リリーを試しただけだよ、嫌だなァ!」


 アレクシスはそう強がって見せたが、声は若干震えていた。


「つまり……リリーは、もう少しこの万能薬草を手元で寝かしておくべきだ、と言いたいわけだな?」

「ええ」

「しかしだな、そこまで持っているといつか国王にバレる」

「つまりはバレそうになったら売ればいいのです。恐らく一週間から一か月はバレないのではないですか?各国の王族が闇取引を持ちかけて来たということは、彼らが皆同様に〝レミントン国が万能薬草がシェンブロ家にあるということにまだ気づいていない〟と認識している証左でございましょう」


 アレクシスは息を呑んだ。


「なるほど。王族がそう判断して取引をねだったということは、そうなのか……」

「時間を稼ぐべきです。ですから、私が行く必要はありませんね。万能薬草を手に入れる方法を彼らに教えるなど、万能薬草全体の価値を下げるだけです。中間マージンなど、万能薬草が高騰して行けばいつか微々たる収入としか思えなくなるでしょう」

「……確かにな」


 アレクシスは馬鹿だが、真っ当な意見ならどんな人間の意見も素直に聞き入れてしまう奇妙な真面目さを持ち合わせていた。


「もう一度、父上と話し合うか」


 そう言ってから、アレクシスはどこか不思議そうな顔でこちらを見下ろした。


「……なぜ今更、こちらの益になることを?」


 リリーは首を傾げて誤魔化す。


〝エディたちが来るまでの時間稼ぎです〟とは口が裂けても言えない。


 リリーは苦し紛れの演技をした。


「ほら、教えてやったんだから私を解放しなさい!」

「ふん、取引のつもりだったのか……まあいい、忠告は感謝するよ。やっぱり結婚するなら君しかいない」


 静かに鉄格子が閉められ、リリーはほっとした。


 公爵家側は万能薬草の取引に彼女の力が必要と判断したらしい。昼に差し出されたリリーの軽食には、睡眠薬は入っていなかった。


(よしっ。この感じなら、一週間は生きられる)


 リリーはパンをかじりながら、自由を夢見るように小窓の遠い空を見上げた。




 同じ空の遠く向こうランドールでは、エディの旅の準備が整った。


 リリーを救うべく、セドリックの用意した護衛とサイラスの小隊を加え、彼はまずレミントンへ向かうことにする。


 王宮の前に整列した小隊のために、セドリックがやって来た。


「エディ、これを持って行け」


 その手には、万能薬草の雄の苗がある。更に、蕾を二~三個つけていた。


 万能薬草が言う。


『俺、頑張って寒いの我慢するよ。しばらく通信媒体として使ってくれ。あ、そうそう。蕾が取れないように気をつけてくれよな。日中の送受信が出来なくなるから』


 エディは頷いて、麻袋に突っ込んだそれを背負った。土がバラバラと崩れる音がして不安だったが、ナワ・カラバルが案外呑気な様子だったのでその不安もすぐに薄れた。


「待ってろよ、リリー」


 エディが空を見て呟いた。


 小隊は、レミントンへ向けて歩き始めた。

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