第32話 引き裂かれた二人

 リリーが看護係たちと王座の間に入ると、彼女たちは遠ざけられ、リリーだけが玉座の前へ促された。


 玉座にはヒューゴが座っている。その横には、マリーの姿もある。


 遠くからばたばたと騒がしい足音を響かせながら、エディが入って来た。


「ヒューゴ!リリーに何を……!」


 ヒューゴは泰然と弟を見下ろした。


「お前も来たのか。まあ、ちょうどいい。おい、あいつもここに入れろ」


 あいつ?と、リリーはヒューゴの視線の先、エディより更に後方に目を凝らした。


 そこに立っていたのは──


 金髪の美男子、アレクシス。


 リリーの表情が凍った。恋人のただならぬ表情に気づき、エディは彼女にそっと寄り添う。


 アレクシスはヒューゴへ向かってうやうやしく膝をつき礼をすると、再び立ち上がってリリーに近づいた。


「久しぶりだね、リリー」


 リリーが怒りに震えていると、玉座からヒューゴの勝ち誇ったような声が響く。


「リリーよ。お前はシェンブロ薬草園の任務を放棄して王立薬草園に紛れ込んだらしいな。シェンブロ薬草園と王立薬草園、双方の雇用契約に違反しているのではないか?」


 リリーは頭が真っ白になる。そんなわけはない。彼女はシェンブロ公爵から「出て行け」と言われ、出ただけだ。


「そ、そんなわけは……!」


 リリーが反論しようとすると、


「これを見るがいい」


 ヒューゴがぺらりと一枚の紙を見せた。


 その紙の下方には、父コンラッドと母ウェンディの署名がある。リリーはその内容を読んで真っ青になった。


 王太子はほくそ笑む。


「これはリリーの父母が結んだ、シェンブロ薬草園との契約書だ。12歳から18歳までの期間、衣食住を保障する代わりに修道院で奉公させると書いてある。君はその契約に違反し、任務中にランドール王立薬草園との契約を勝手に結んだ。これは明らかにこの雇用契約に違反している」


 リリーはまだ16歳である。契約は満了していない。エディが青ざめて行く様を楽しそうに眺めながら、ヒューゴは続けた。


「それに──実は君は、公爵家から大役を任されていたのだろう?〝万能薬草を採取せよ〟という任務を」


 リリーは愕然とした。


 確かに、話の流れとしてはその通りだった。しかし、それはリリーを追い出すのに都合のいい理由がそれだったというだけで、任務と言うにはほど遠い仕打ちだったはずだ。


 足が震え出したリリーをよそに、更に背後からアレクシスが追い打ちをかける。


「よくぞ万能薬草を探し出してくれた、リリー。任務は遂行された。この努力に免じて、二重契約を結んだことには目をつぶろう。さあ、今すぐ万能薬草を持ってシェンブロ薬草園に帰るんだ」


 アレクシスが気安くリリーの肩に腕を回す。リリーが「いやっ……」と呟いた、その刹那。 


 彼の手を、エディが掴んで捻り上げる。


「……ぐっ!」


 アレクシスは声にならない叫びを上げると、大袈裟にもんどりうって床に倒れた。


 エディの視線が、這いつくばるアレクシスを明確な殺意でもって貫く。


 アレクシスは王族の手前呪詛の数々を飲み込んだが、余裕を装うような軽口を叩いた。


「おや……第四王子ともあろうお方が、暴力ですか?」


 エディは憤怒の表情のまま黙っている。


「やれやれ……怒りたいのはこちらの方ですよ。大体、王立の薬草園がろくに身元確認もせず人を雇うとはどういうことですか?〝王族が雇い主に断りもなく勝手に人材を引き抜いた〟という噂が広まれば、混乱を生むことは明らかでしょう。リリーの能力の高さに目が眩み、身辺調査が足りなかったと見える。こんなことでは、王立薬草園の未来は暗いですね」


 アレクシスの嫌味を聞いて、遠くで看護係たちがワーワー文句を言う。玉座の間の正面扉は閉められた。


 ヒューゴが言った。


「エディ。お前も雇用主なら分かるだろう。契約は契約だ」


 エディは震えるリリーの肩を抱き、小声で問いかける。


「リリー、あの男の言うことは本当か?」


 埃を払い、済ました表情で立ち上がるアレクシスを横目にリリーは答えた。


「確かに……その時はシェンブロ公爵から〝万能薬草を採集せよ〟との命を受けて出て行ったわ。でもそれは、オーガスト様が私を手篭めにしようとする息子──あの不埒なアレクシスを庇い、私を修道院から追い出すための方便だったのよ」

「……」

「わ、私は……下手に公爵に抗って始末されないように、言うことを聞くしかなかったの……!」

「リリー……」


 エディは人目もはばからず凍えるリリーを抱き締めた。リリーはエディの胸に抱かれ、ぼろぼろと涙をこぼす。


「おい」


 ヒューゴが空気を読まずこう言い放つ。


「やはりリリーはスパイだったな。レミントン国からエディに差し向けた美人局だったのではないか?今回は陛下の病の治療に専念したことに免じて、魔女裁判にはかけないでおいてやる。国家転覆罪で打ち首にされたくなければ、今すぐ万能薬草を半分持ってランドールから出て行け!」


 美人局という言葉に対しては、アレクシスが反論した。


「殿下。その戯言は、我が公爵家にも浴びせ掛けられたというわけですか?」

「ふん……レミントン国家と公爵家の多くは主従関係にあるではないか。何を今更」


 ヒューゴとアレクシスの間に、一瞬だけ火花が散る。エディがリリーの涙交じりの頬に慰めのキスを落としたのを合図に、アレクシスはリリーの元へすっ飛んで行った。


「……リリー!ヒューゴ様の気が変わらない内に、早くここを出るんだ!」

「いやっ……エディ!」


 エディはアレクシスからリリーを引き剥がそうとしたが、


「エディを捕らえよ」


ヒューゴのその一言で、エディは近衛兵に捕えられる。


「なっ……ヒューゴ!」

「私が現在、王の代理だ。王に逆らう者は反逆罪に問われる。しばらく牢獄で頭を冷やすんだな、エディ」

「……!」


 今度はエディが床に押し倒される。リリーが泣き出すと、エディは彼女に向かって大声で宣言した。


「絶対に、君を取り返しに行く!」


 リリーは涙に濡れた目を見開いた。


「万能薬草は、対だ。ふたつ揃わなければ、意味がないんだ」


 リリーは鼻をすすりながら頷いた。


「君を手放さざるを得なくなるよう、シェンブロ公爵に必ず音を上げさせてやる。すぐに行くからな、リリー」


 アレクシスは「また物騒なことを……」と、大袈裟に呆れ顔を作る。リリーはエディの力強い眼差しに勇気づけられ、頷いた。


「エディ、私待ってる。絶対……」

「どうせあいつらは、君の万能薬草が狙いなんだ。それを奪うだけが目的だ。俺はそんなものよりも、君が──」


 今度はアレクシスの腕が、リリーの肩を掴んだ。


「リリー、これ以上公爵家に恥をかかせるな。行くぞ!万能薬草はどこだ、すぐに寄越せ!」


 王座の間から、兵士に付き添われアレクシスとリリーが出て行く。複数人の兵士に取り押さえられたエディは、それを目で追うことしか出来ない。


 ヒューゴはどこかほっと胸を撫で下ろし、傍にいたマリーは扇子で口元を隠しながら不敵に微笑んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る