イマジナリーフレンドだと思ってた神社の神様がなんか普通にいた話
小村ユキチ
第1話
イマジナリーフレンドなんて言葉があるだろ? 子どもが頭の中で作り出す、空想上の遊び友達のことだそうだ。精神医学なんて詳しくは知らないが、どうやら俺にもそのイマジナリーなフレンドがいたらしい。それが結構変というか、珍しい話だったんだって気がついたのはだいたい中学生くらいの頃だったかな。俺は小学3年まで結構な田舎に住んでた。壁の割れ目から時々小さなトカゲが顔を出してるような家で暮らしてたんだが、近くの山の中にこれまた古いボロボロの神社があって、そこで親が探しに来る夜中まで小さな"かみさま"と喋ったり遊んだりしてた。いつも浴衣で、狐みたいな耳を生やした黒いおかっぱの女の子……まあ、そういうことだな。
一人の時しか会えない友だち……いかにもな感じするよな。
でも9か10歳くらいの頃に街へ引っ越すことになって、気がつけばそれっきりさ。お別れは悲しかったような気がするんだが、それもよく覚えてない。
ま、子どもの脳ってファンタジーな作りしてるからな。
……と思うじゃん?
だから俺は、23になって久しぶりにその神社に来てみて、驚いたよ。
フツーにいるんだよ、狐耳のあの子が。
いるの。
風雨でぼろぼろになった賽銭箱に背中を預けて、飛んでる夏虫を目で追いながら、昔のまんまヒマそーに口笛吹いててさ……。
空は紅に近い
俺は、そんな事ある? って思いながら、恐る恐る近づいたよ。しばらくはその子、こっち見なかったんだけど、ふとこっちを見上げたと思ったら、
「どなた?」
とか言うわけ。ふつーに。
とりあえず自分の名前を答えたよ。拓哉って。
「たくやって……え、よしだたくや?」
昔背負ってたランドセルの名札に書いてあった名前だな。俺は頷いた。
瞬間、ぱちんと、頬を叩かれた……と思う。
実際は冷たい風が顔に吹き付けたみたいだった。
「遅いっ!!」
鈴みたいな声だった。紛れもない、"かみさま"の……。
「すぐ会いに来るって"約束"した!!」
プルプル、白い顔が震えてる。目尻を上げて俺を睨んでる顔はホント、びっくりするくらい記憶のまんまだった。ただ、当たり前かもしれないけど、随分と小さく見えたな。そういう距離感? みたいなのもちゃんと生々しいもんだから、俺は嬉しいやら懐かしいやら怖いやら、色んな感情が浮かび上がって、しばらく目をパチパチさせちまってた。
でもやっぱり、懐かしくてさ。
「いや、まさかホントにいるとは……」
そうやって言ったら彼女、
「はあ!? 私はいつもいるって言ったじゃん! 記憶力なさすぎ! まさか約束のことも忘れてたの!? うーわ、背は伸びたクセにバカのまんま!!」
なんてさ……そうそう、口めっちゃ悪かったなあとか思ってたら、自然に笑えてきたよ。色んな疑問も一旦吹っ飛んだ。
「でもかみさま、大人には見えてなかったじゃん」
思わずそう返したら、彼女、
「そんなにんげんの事情なんか知らんわ! てか大人になる前に来いよバカ!!」
って……。
ちゃんと見てみると、かみさま、口をきゅっと結んで、すっごい怒ってるんだよ。でもそれって待っててくれたって意味でもあるだろ? そう考えたらすごい申し訳なくてさ。ちょっと、言葉が詰まっちまった。
素直に謝りゃいいのにな。
「……あれ、後ろの人は、ともだち?」
彼女の言葉に、自然と振り向いたら、一緒に来ていた友人と目があった。
「なんか真剣なお願い事か?」半笑いでそいつは言ってる。
また俺は彼女の方を見た。
誰もいない。
賽銭箱があるだけ。
ろうそくの火みたいに音もなく消えちまってた。
「……俺昔さ、ここでよく女の子と遊んでたんだよね」ジーンとくるような寂しさを胸に覚えながら、確かぼんやりそんなことを呟いたかな。
「へー」
「その子がなんか、さっきまで見えてたんだよな」
「え、おばけの話始めてる?」
「かもしれない」
「こっわ」
「いやまじで見えちゃってさ……今度は一人で来るわ」
「そうしてくれ」
「絶対……来るから」
「おいおいおい死んだわ拓哉」
なんて雑な会話をしながら、俺は賽銭箱に百円玉を投げ入れて鐘を鳴らして、そのまま上ってきた階段を引き返しちまった。そもそもマイカー買いたての友人の運転練習がてらの小旅行を男4人でやってた、そのついでにちょっと寄っただけだからな。俺はギリギリ学生だったが働いてるやつもいる。長居はできない。
なんて……半端に大人びたこと考えてるから見えなくなっちまったのかもな。
でも、近い内にもう一回ここに来るってのは誓ってたよ。やっぱり夢で片付けるには記憶も景色もハッキリしすぎてたし、何よりほら……会えて嬉しかったからな。
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