エアの勇者 外伝 〜そのころの天使さま〜

サンサソー

第1話 もしも番外編が本編だったら

主公人ぬしきみひと

中高1貫の男子校に在学中の高等2年生。

成績はそこそこ、つるむ仲の友達もいる。しかしそれらすべては周りに流された結果であった。


親に言われた通りの学校に入り、担任の教師に言われた通り適当な部活に入り、特に共通の趣味も持たないグループに同じ班だからと入っているだけ。

何かを全力でやったことがない。興味を持てても本腰を入れる前に他の事に気が逸れて続かない。そうしているうちに、人生適当に流されるままに生きてきた。


――だからこそ、彼はチャンスだと思った。


 教室の机で昼寝をしていたはずだが、目が覚めればゲームや漫画で見る王宮のような場所にいた。そして僕の前には同じグループの友達たちがいた。


足元には巨大な魔法陣。僕たちは神官と思しき男女に囲まれ、少し離れたところには兵士を控えさせるいかにもな格好をした王様がこちらを見下ろしている。


その時、僕は悟った。僕たちはラノベ小説とかでよく見る異世界召喚に巻き込まれたのだと。





ところ変わって禍津星。

心静まる緑の匂いと鹿威しの音。整えられた庭園に面する長い廊下を、俺は逆立った金髪を弄りながら静々と渡る。


画面の前のみんな。

どうも、パデウスでございます。


この世界に転生して数百年、縁あって神の一柱『たまも』様に仕える天使をやっております。


たまも様というのは、トーホー星出身の獣人……正確には前世で言うところの《妖怪》に分類されるお方。例に漏れず九尾の狐だ。


この世界では特定の条件を満たせば神となることができる。たまも様は太陽神として大成、恵みの星として皆を照らす……はずだった。


住んでいる星の名を見ればわかるだろう。妖怪として暴れに暴れたたまも様は災厄をもたらす荒神としての立場を確立してしまい、泣く泣くこの星に引きこもっているのだ。滑稽だぜ。


たまも様の寝室の前に着けば、中から獣のような唸り声が聞こえてくる。どうやら寝覚めが悪かったようだな、夢の世界で他の神に何か言われたのかな?


さて、この状態のたまも様は危険だ。具体的に言えば飛び起きた勢いのままに空の彼方へと飛んでいってしまう。


巻き込まれれば宇宙で長い時を優雅に過ごすことになるのだ。神となったたまも様はともかく、世話役として人間から天使となった俺だが肉体の強度では人間と大差はない。確実に死んでしまいます。

だからこそ、迅速かつ精密な対処を行わなければならないのだ。


意を決して襖を開ける。視界いっぱいに飛び込んできたのは、弾丸と見紛うほどの速度で飛んでくる毛玉だった。


「ごふぅおっ!!?」


咄嗟に出した両手は毛の中に埋もれ、空へ向かって一直進。新しいパターンだな、前回までは頭突きだったというのに。


さて、まずは落ち着いて腕を引き抜こう。そして両手両足でしがみつくように巨大な毛玉を抱きしめた。


「《天賦てんぷ・たまも流し》!!」


俺の力を突き進む毛玉のエネルギーと一体化させ、力の受け流しの応用で毛玉の進行を一瞬だけ停止させる。

そして停滞させたエネルギーの方向を下へと向けてやれば、空中で止まっていた毛玉は猛スピードで地面へと向かっていった。


毛玉の脅威の弾力性をもってしても、着弾地点であった中庭は原型をとどめていなかった。


「あーあ。これ直すのは私なんですよたまも様」


ま、地面に落としたのは俺なのだが。

さりげなく責任を押し付けつつ毛玉へ言葉をかけるも、返答は僅かに揺れるだけだった。


「起きてください。夢の世界で何があったのかは知りませんが、この時間に起こしてくれと言ったのはたまも様ではありませんか」


「んー……」


生返事ばかりで動く様子はない。なんとも情けない。これが宇宙で恐れられる禍津神の姿か?


「仕方ありませんな。そんなに眠りたいのなら私が一つ子守唄でも…ぐえっ」


毛玉から小さな手が伸び、退避する暇も与えずに俺の首を絞めてきた。息ができない、どころか骨から嫌な音が聞こえる。

首の骨をへし折られると悟った俺は必死に抵抗するが、全力を持ってしてもまったく振りほどけない。


「パデウス?いまおぬし、余を子ども扱いせんかったかの?」


「滅相もございません!偉大なる神であるたまも様を子どもだなどと…ギブギブギブ!」


「ふんっ」


ようやく解放され、咳き込みながらも精一杯空気を肺に取り込む。まったく、あの小さな手のどこにこんな力があるというのだ。


息を整えていると、毛玉がゆっくりと解かれていく。毛玉の正体はモフモフの九つに分かれた主の身の丈以上の尻尾、その中心には幼女が一匹。


「ふかぁ……おはようなパデウス」


「おはようございます。次はもっと機嫌よく目覚めてください」


「知らん。祈れ」


金毛九尾らしく金色の尻尾を揺らし、数年ぶりに動かす身体からはポキポキと気持ちのいい音が鳴り響いた。


「今回はどのような夢を見たのですかな。あれほど荒ぶるとは、相当他の神々から受けた仕打ちに堪えたと見えますが……大丈夫でしたか?」


「これを読んでみい」


たまも様から手渡されたのは一枚の葉書であった。なになに、題名は『生贄になりに来た忌み子を助けたら嫁になった件』とな?


「なんですかこれ。差出人は……トーホー星の龍神様ではないですか」


「そうなのじゃ!あのとかげめが、わざわざ夢に現れては結婚報告をしおってな。しかも夢から覚めてみると余の手にこの葉書があったのじゃ!」


葉書にはウザさ全開の笑顔をした龍神様と、その妻となったらしき少女が写った写真までも付けられている。


なんだくだらない。どうも俺の目は節穴だったようだ。少しでも心配した俺を殴ってやりたい。


「永い時をすごした。しかしまだ良い仲の男もいない余への当てつけじゃ!この余に向けた宣戦布告じゃ!」


「煽っているのは確かでしょうね。随分とだらしない表情をしている……本当にトーホー星の至高神なのだろうか」


「じゃろ!?神の威厳なんてこれっぽっちもないんじゃ!」


アンタが言うなと言いたいがここは堪えておこう。


「余だってその気になれば恋人の一人すぐに作れるしな!」


「はっはっはそうですか」


話を聞き流しながら、天使由来の僅かな神力を行使し庭を直していく。たまも様?少しくらい手伝ってはくれませんかね。


「トーホー星にいた時も、男どもを囲ってはブイブイ言わせとったし!」


「それ、お偉い方を妖力で洗脳して服従させていただけですよね。時代が時代で若い衆はみんながふくよかな女性にばかり目が行きがちだったとか」


「ふぐぅ!」


少なくともこんなロリはそういう対象に選ばれないことは確かだ。異世界ゆえのゆるーい観念からしても少女どころか幼女には発情しにくいだろう。


「そ、そういうお前はどうじゃ!?余の美しさに見惚れ声をかけてきたじゃろうが!」


「あー……」


馴れ初めの話を言っているのだろうか。俺がトーホー星にいた頃は、侵攻してくる魔王とかもいない平和そのものだった。

転生先の世界で何事もなく前世と同じような生活をするのは、記憶を保持する転生者として凄まじい虚無感があった。これといったチート能力もなかった俺は、ただただ絶望していたのである。


そんな中で出会ったのが、たまたまトーホー星に遊びに来ていたたまも様。当時は変化の術によって色っぽい大人の女性の姿をしていたために惹かれ、どうにかこうにか取り入った。

しかしそれも本当の姿がだらしない性格のロリババアだったので興味が失せてしまった。

ああいや、たまも様にも需要があることは認めよう。可愛い。しかし俺は大人の女性が好きなのだ。しっかり凹凸のあるボディーと、余裕のある落ち着いた性格を併せ持つ女性がタイプなのだ。


とにかく、取り入った結果、私は世話役として従属し天使となれた。これは神へ成るための第一歩、やがてはたまも様を倒し新たな神となって全宇宙を跪かせてやる。本当の異世界無双ライフを始めるのだ。


「憂鬱じゃ〜。なぜ余は結婚ができぬのじゃ?」


すぐだらしない本性が見えて、気分屋で何かあればすぐに星ごと破壊しそうになるから、などと言えるはずもない。

ストレスも溜まっているし、適当に答えてこの話は終わりにしよう。


「災いをもたらす不滅の神に末まで付き合える人がいるとは思えませんがね」


「………………」


ピタリとたまも様の嘆きが止まる。ゆらゆらと尻尾を揺らめかせながら、無表情のままこちらへ振り返るたまも様の顔に俺は静かに悟った。


あぁ……言葉選びミスったな。



その日、壮絶な鬼ごっこが禍津星で開催された。

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